第38話 モブ執事は診察される
上機嫌なダリアに連れてこられたのは勿論いつもの作業場。
途中で、何故か彼女の歩みが寝室へと向きかけたときは何事かと思ったが、間違いは起きなかった。
「うわぁ……」
「そ、そんなにひどくないでしょ!? ……ひどくないわよね?」
「いや、これは酷い部類に十分入りますよ」
久方ぶりに訪れた作業場は……それはもう酷い有様であった。
表の店内とどっこいどっこい。いや、色んな道具や素材類が店内よりも雑多に敷き詰められているこの部屋の方がやはり散らかり具合で言えば軍配が上がってしまう。
机や床、棚などいたるところで道具や錬金素材などが取っ散らかっている。
──足の踏み場も怪しいぞこれは……。
逆に、どうしてこれで彼女はそんなに酷くないと思えるのか不思議でならない。
「……ま、まあとりあえずセナはこっちに座って!」
「はぁ……わかりました」
色々と調べ物が終わればここも掃除しなきゃなぁ~、なんて思考を巡らせながらも、俺は彼女に促されるままに椅子に座った。
そんな無理やりこちらの気を逸らそうとしてくるダリアと言えば、器用に床に散らかった道具類を飛び越えて、もう何が入っているのかも判然としない道具箱や素材棚からいくつかの道具類を的確に見繕う。
その中には物騒な形をした──俺も初見の道具や素材が存在し、これから何をされるのか分からなくなってくる。
「これとこれと……あ、あとこれも──」
──え? 俺、これから悪魔を追い出す方法を調べてもらうんだよね?
ならなんであのお師匠様はノコギリとかペンチとか、変な色したホルマリン漬けの目玉とか取り出してるんだ。
「よし!それじゃあ始めましょうか!」
「お、お手柔らかに……」
妙な不安感を掻き立てられながらも、道具類を作業机にドカッと置いたダリアはテキパキと俺の身体を調べ始める。
「はーい、チクッとしますよぉー」
「うす……」
血の採取から始まり、
「心音に異常はナシ、口内に変なデキモノもないけれど……」
悪魔がいることで体調に変化はないか、心拍数は正常か、喉は腫れていないかなど……言ってしまえば病院で診察を受けているような気分であった。
──じゃあそのノコギリとかはなんなんだよ……。
ギラリと光るギザ刃は全く出番が来る気配はない。
「何より気にならざるを得ないのはこの赤く変色した右眼ね……。瞳孔に色彩、網膜に変な魔力残滓を感じるけれど、これがあの悪魔の魔力だとして──」
ゾっと背筋を冷やしながらも、そんな俺を他所に、ダリアはぶつぶつとあーでもないこーでもないと作業を進めていく。
「血石晶の反応も異常なし、濃度や比率も一般的な人のソレね──」
今は抜き取った血を調べているのか、羊皮紙に描かれた魔術陣に血を垂らして反応を見ている。
「うーーーん……──」
いったい、その行為・反応の有無で何が分かるのかは俺にはさっぱり全く分からないが、何やらダリアの反応は芳しくない。
そうして、ある程度俺ができることは終了して、そのままダリアの取り調べを横で眺めていると、彼女は不意にこちらにその怜悧な視線を投げた。
「大体わかったわ」
「おお。それで、何か手立てはありそうですか?」
その魔術師然とした真面目な雰囲気に、そこはかとない期待感を抱く。
やっぱこういうときの彼女は頼りに──
「いえ、そこはさっぱり。この天才錬金術師であり魔術師でもある私の天才的な頭脳を以てしてもさっぱりね」
「……つまり?」
「今の私じゃ、何もできないと言うことが分かったわ」
「……」
とても真剣な表情で情けないことを言うものだから、一瞬聞き間違えかとも思うがどうやら違うらしい。
前言撤回。かの黒輝の錬金術師殿にも不可能はあったらしい。
「あ! いま「この年増ババア使えないな……」って顔したぁ! 絶対したぁ!!」
「いや、そこまでは……」
「そこまでってことは「使えないな」とは思ったんじゃあんっ!!」
「……」
どうやら、ダリアは機敏に、俺の表情に出てしまったなんとも言えない気持ちを察してしい、子供のように喚き始める。
自分から指摘してきといて、精神的ダメージを勝手に負うとか厄介すぎる。
──いや、俺も露骨に顔に出したのは悪いとは思うけどさぁ……。
だとしても、あんな自信満々に「大体わかったわ」とか言われると期待しちゃうじゃん。変に見栄を張る方も悪いと思うんだ。
なんて思考をおくびにも出さず、今度はちゃんと表情筋を働かせて俺は言葉を続ける。
「ほ、本当に思ってませんって! それに、「今は」ってことは時間があれば何とかできるんですよね?」
そうだ、今のダリアの言葉にはまだ続きがある……はずだ。
もし本当に手の打ちようがなければ「今は」なんて言葉を使わないはずだ。そうだ、だから別に俺は本当に期待外れなんて思っていない。……いや、本当だよ?
そんなこちらの指摘に、件のお師匠様はハッと思い出したような顔をして、威厳たっぷりに椅子に座りなおす。
「そ、そう! そうよ! 早とちりしないことねセナ!」
正に、我が意を得たり、水を得た魚のように生き生きとダリアは言葉を捲し立てる。
「確かに今の私じゃあ、あなたの身体──具体的に言うなら右眼ね──に寄生している悪魔はどうすることもできない。そもそも、錬金術や魔術はそんな何でも望むことを可能にしてくれる便利なモノじゃないし、解呪という手もあるけれど……私はそっち方面はあんまりだし、そもそもその悪魔は呪いの類じゃない」
「……なるほど?」
急に専門的な知識を交えて饒舌になるダリア。なんて単純な……とは指摘せずに彼女の言葉に耳を傾ける。
「それに色々とセナと悪魔がどうやって今の状態を維持しているのかを調べてみたけど、なんというか……不安定なのよね」
「不安定?」
「確かに悪魔はセナの右眼を依り代として、あなたの身体の一部として定着している。定着しているんだけど……ある意味で定着していない」
──つまり、どういうことだ?
要領を得ないダリアの言葉に謎は深まるばかり。首を傾げることしかできない。
そして、彼女の言葉はまだまだ続く。
「つまり……セナの身体を部屋に例えるでしょ? その部屋にはセナ以外の居住者はいない。そしてふとした時、その部屋はどこかの悪魔に空き巣に入られて、それをセナは認識しているんだけれど放置……黙認しているような感覚?」
「はぁ……?」
「あーーー、だからあれよ。自分の部屋に勝手に居候されてる状態。追い出すも追い出さないもセナ次第ってことよ」
「いや、俺はずっとこの悪魔を追い出したいと思っているんですけど……」
ダリアの結論を聞いて、俺は思わず反論をしてしまう。
なにせその実、俺は彼女の言うところの居候(悪魔)を今すぐにでも追い出して、早く縁を切って不安要素を取り除きたいと思っているのだから。
そんな俺の思考を見透かしたかのように、ダリアは両手を上げておどけて見せる。
「そこが悪魔の厄介な所と言うか……ただ思っているだけじゃダメなのよ。今、あなた達はお互い不干渉を貫いている状態で、この悪魔を追い出すには少なからずセナから悪魔の存在を受け入れて、その力を支配する必要がある……かも?」
「ハッキリとしない言い方ですね……」
「私だってそんな状態の人間を見るのは初めてだからね。けど、この仮説は結構的を得ていると思うの。寧ろ、どうしてまだセナがあの悪魔に精神を乗っ取られてないか不思議なくらいだもの」
「……」
「奇跡的な状況よ」と言葉を付け加えた魔女に俺はそれ以上何も言えなくなる。
この悪魔が俺の身体を支配できない理由は分かりきっている。なにせ悪魔本人がご丁寧にも説明してくれていたのだから。
そして、その悪魔をこの身体から追い出すこともできていない、この状況はどうやら自分自身の問題──つまりは俺の実力不足が原因と言うことだ。
……確かに、改めてダリアの話を噛み砕いてみると「家の部屋に勝手に居候されてる状態」と言うのは的を得ているのかもしれない。理屈は何となくわかった。
それじゃあ──
「具体的に、この悪魔を部屋から強制退去させるには、俺は何をすればいいんですか?」
こういう話になってくるわけで、俺の全く丸投げな質問に眼前のお師匠様は今度こそ頼もしく答えを示してくれた。
「そうね……まずは魔力操作技術の向上と、セナの右眼の中で遊ばせてしまっている悪魔の力を少しずつ掌握していくことね。それも結構早いうちに始めないとダメね。このまま右眼に滞留した魔力を放置し続ければ、近いうちに悪魔の力が勝手に暴走して周囲に危害を加えてもおかしくない状況よ」
「なるほど……つまり俺はいつ爆発するとも知れない爆弾を抱えていると」
「そういうことね」
その方法は実に分かりやすくて、そして俺の得意分野でもあった。
つまり──
「修行をしろってことか……」
死ぬ気で己の身体と精神を研ぎ澄ませて、鍛え上げろと言うことだ。
単純明快……かどうかは諸説ありだが、俺としては馴染み深いことをするだけなのであまり抵抗感はない。
ただ一つ、懸念点を上げるとするならば、俺のようなクソ雑魚ナメクジな魔術適性でどうにかなるのかであるが……まあ駄目なときは駄目でまた別の方法を模索すればいいだけだ。
『なんだ……ようやく私を受け入れる気になったかい、ご主人?』
「渋々だがな」
「え?」
ここまでだんまりだった悪魔の軽薄な声にぶっきらぼうに答える。
傍から見れば急な独り言なので、ダリアは当然首を傾げて不思議がっているがそれは仕方ない。
しかし、すぐに彼女は気を取り直して言葉を続けた。
「そしてなんと! 愛弟子思いな師匠の私は、セナにとっておきの修行場を提供します!!」
「修行場の……提供?」
急なダリアの言葉に要領を得なず、首を傾げる。そんな俺の反応を見て黒輝の錬金術師は得意げにこう言った。
「セナには私の為に裏社会の闘技場で戦ってもらいます!!」
「……はぁ?」
それが、とてつもない面倒ごとの始まりなのは……まぁ、その後に続いた彼女の話で何となく察しはついた。




