EP 9
ギルド長の提案と、ドワーフブランドの偽装
アルクスの中央に位置する冒険者ギルドの本部。
そこは、昼間から酒を飲む戦士や、依頼掲示板を眺める魔法使いたちで溢れかえり、熱気と喧騒に包まれていた。
「うわぁ、凄いな……」
太郎がその迫力に圧倒されていると、サリーは慣れた足取りで受付へと向かった。
「こんにちは!」
「あら、サリーさん? 久しぶりね」
受付の女性が、業務用の笑顔を崩して親しげに手を振った。
「ヴォルフさん、居ますか?」
「ギルド長にね? 分かったわ。今は会議も入っていないから大丈夫よ。2階の奥の執務室に居るわ」
「ありがとう!」
顔パスである。さすがは村長の娘であり、ギルド長の娘の幼馴染だ。
太郎はサリーの背中を追いかけ、木製の階段を上がっていった。
重厚な扉の前で、サリーが深呼吸をしてからノックをした。
コンコン。
「入れ」
中から響いたのは、岩が擦れるような低い声だった。
扉を開けると、そこには書類の山に埋もれた巨大なデスクがあり、隻眼の男が座っていた。顔には古傷、禿げ上がった頭には刺青。どう見てもカタギではないが、その眼光には知性が宿っていた。
「おぉ、サリーか。久しぶりだな。大きくなったか?」
ヴォルフが強面を少しだけ緩めた。
「おじさん、久しぶり! 実はね、今日はヴォルフさんに相談したい事が有って来たの」
「ほう、何だね? お転婆娘の相談となれば、ただ事じゃなさそうだが」
サリーは太郎を前に押し出し、ここまでの経緯――太郎が異世界から来たこと、不思議なスキルを持っていること、そしてゴルド商会との一件で抱いた懸念――を丁寧に説明した。
ヴォルフは黙って話を聞いていたが、太郎に向き直ると鋭い視線を向けた。
「……なるほど。百聞は一見にしかずだ。その『品』とやらを見せてみろ」
「は、はい」
太郎は緊張しながらウィンドウを開き、リュックからいくつかの品物を取り出した。
プラスチック製のスリングショット、半透明のビニール傘、そしてLEDライト。
ヴォルフはビニール傘を手に取り、広げ、その素材を指で弾いた。
「……見たことがない素材だ。ガラスのように透き通っているが、布のように柔らかく、しかし破れない。それにこの金属の加工精度……ドワーフの名工でもここまでの均一な物は作れんぞ」
ヴォルフの声色が真剣なものに変わった。
「成る程な……。これらをそのまま市場に出せば、間違いなく大混乱が起きる。『未知の古代遺産』か『禁忌の技術』として、国軍や闇組織がお前を拉致しに来るレベルだ」
太郎の懸念は的中していた。経済学部生の読み通り、希少すぎる技術は身を滅ぼす。
「どうしよう? ヴォルフさん。どうにかならない? 太郎さんは悪い人じゃないの!」
サリーが机に身を乗り出して訴える。
ヴォルフは顎鬚を撫でながら、しばらく沈黙し……やがてニヤリと笑った。
「ふむ……刃物も使いようだ。太郎、この品を冒険者ギルドに卸してくれれば、**『冒険者ギルドお抱えの変わり者のドワーフが作った試作品』**と称して販売する事は可能だろう」
「えっ? ドワーフ製……ということにするんですか?」
「ああ。ドワーフの技術力はこの世界でも飛び抜けている。『ドワーフの新作』と言えば、多少奇妙な素材でも、人々は『そういう魔法技術なんだろう』と納得する。隠れ蓑にするには丁度いい」
ヴォルフは指を一本立てた。
「当然、仲介料は貰うし、売上の一部はギルドの運営費に回させてもらう。だが、お前は『ギルド専属の納入業者』という立場を得られる。ギルドの名において、お前の身元と安全は保証してやる。……悪い話じゃ無いだろう?」
太郎はゴクリと喉を鳴らした。
これ以上ない提案だった。身元の保証、販売ルートの確保、そしてリスクの分散。
「太郎さん……」
サリーが心配そうにこちらを見ている。
太郎は顔を上げ、ヴォルフの目をしっかりと見返した。
「分かりました。お願いします。僕の力、ギルドの為に使ってください」
「よろしい。交渉成立だ」
ヴォルフが分厚い手を差し出し、太郎はその手を握り返した。痛いほど強い握手だった。
「これより、冒険者ギルドと太郎さんはビジネスパートナーだ。よろしく頼むよ、異世界の商人殿」
こうして、佐藤太郎は表向きは「冒険者ギルドの職員」、裏では「謎のドワーフ製アイテムの供給元」として、このアルクスでの生活基盤を手に入れたのだった。




