EP 8
【創造神の悲鳴とライバルの嘲笑】テンプレ崩壊と女神のレスバ
『ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォッ!!!』
太郎国の空が禍々しい赤紫色に染まり、空間そのものがヒビ割れるような轟音がタローソンの上空に鳴り響いた。
そして、天を劈くような悲鳴――いや、怒号が降臨した。
「あんたらぁぁぁぁっ!! 私の治める街で、一体何をやってんのよぉぉぉっ!!!」
ズドォォォォンッ!!
タローソンの駐車場のど真ん中に、凄まじい衝撃と共に一人の女神が着地した。
高級ハイブランド『ルイ・ルナ』の最新作ドレスを振り乱し、頭上のダイヤモンド光輪を怒りの赤色に明滅させている月の世界の女神、カグヤである。
彼女の顔は夜叉のごとく歪み、片手に握りしめたエンジェルスマートフォンの画面を、太郎の顔面に突きつけてきた。
「ちょっとこれ見なさいよ! どうしてくれるんですの!!」
「うるさいな。近所迷惑だぞ。なんだその画面は」
太郎が微糖の缶コーヒーを啜りながら目を向けると、そこにはゴッドチューブの『ムーンキャピタル・チャンネル』の視聴率(PV)と、株価のような折れ線グラフが表示されていた。
そのグラフは、つい数時間前まで右肩上がりだったにも関わらず、現在は『垂直落下(ナイアガラの滝)』を描いて見事に底を打っている。
「私の完璧な『女性向けテンプレ世界』が、たった半日で木っ端微塵にされましたわ!!」
カグヤが血の涙を流さんばかりの勢いで絶叫する。
「いいですか!? 視聴者(神々)が求めているのは、『何もできない可哀想なヒロインが、イケメン公爵に無条件で溺愛される』という甘ったるいお花畑ファンタジーなんですのよ! なのに……っ!」
カグヤはワナワナと震える指で、ムーンキャピタルの現状を映し出したモニターを空中に投影した。
「追放された悪役令嬢たちは、イケメンの助けを待つどころか、謎の芋ジャージ女に唆されて『パンの耳販売シンジケート』を立ち上げ、街の経済を牛耳り始めましたわ! 大理石の路上で、血眼になって複式簿記の帳簿をつけていますのよ!? 誰がそんな生々しい起業サクセスストーリーを見たいんですの!!」
「健全でいいじゃないか。労働の喜びを知ったんだろ」
太郎が適当に相槌を打つ。
「健全すぎますわ! ファンタジー特区に現実の資本主義を持ち込まないでちょうだい! しかも……!」
カグヤの指先が、今度はエミリアとヴァルターに向いた。
「私の最高の推しカプになるはずだったエミリアちゃんと氷血公爵が! なんでプレハブ小屋のメンタルクリニックの前で、ソーシャルディスタンス(2メートル)を保って直立不動で向かい合ってますの!? 距離感がおかしいですわ! そこは顎をクイッとして強引に地下室に連れ込む場面でしょうが!!」
「あいつは中二病とコミュ障をこじらせただけのストーカーだったからな。今、俺の指導のもとで『まともな人間関係』の更生プログラム中だ」
「ヒーローが精神科に通うファンタジーなんて誰が読みますのぉぉっ!! PVが! 私のスパチャ(広告収入)がぁぁっ!!」
頭を抱えて発狂するカグヤ。
自身の承認欲求と現金収入の源であった『完璧な箱庭』を、太郎の圧倒的な現代コンプライアンスとインフラ指摘によって完全に破壊されたのだ。
その時である。
『カランコロン♪』
タローソンの自動ドアが気の抜けた音を立てて開き、中から一人の女性がフラフラと歩み出てきた。
ピンク色の芋ジャージに、健康サンダル。片手にはストロング系の缶チューハイ、もう片手には焼き鳥の串を握りしめた、タローソン専属のニート女神・ルチアナである。
ルチアナは、駐車場で発狂しているカグヤの姿を認めると、これ以上ないほど邪悪で、そして心底嬉しそうな下品な笑みを浮かべた。
「ギャーッハッハッハッハ!! カグヤざまああwww」
「なっ……!?」
カグヤがギリッと奥歯を噛み鳴らして振り返る。
「ウケる! マジでウケるんですけど! あんたの箱庭、ゴッドチューブの裏実況で全部見てたわよ!」
ルチアナがチューハイを煽りながら、腹を抱えて爆笑する。
「『今日からお前は俺のものだ』とかイキってた公爵が、太郎に正論で詰められて『俺は……どうすれば……』って泣き崩れてんの、最高にダサかったわー! しかもあのモフモフ聖獣、中身完全にエロ親父じゃない! あんたのプロデュース能力、底辺の同人誌以下ね!!」
「キィィィィッ! 黙りなさいこの芋ジャージ! クレカのリボ払いで首が回らなくなって、コンビニバイトで日銭を稼いでる底辺女神が、世界神たる私に口答えするんじゃありませんわ!」
カグヤが顔を真っ赤にして反論する。
「はぁ!? あんただってこの間、太郎の店でボッタクリ駐車料金払えなくて泣きながらモップがけしてたじゃない! 献上品を質屋にぶち込んでギャラ飲みしてる厚化粧の港区女子(偽)が、神の威厳とか笑わせるわね!」
「厚化粧とはなんですの! これはハイブランドのオーラですわ! あんたなんてスッピンでチューハイ飲んでるただのおっさんじゃない!」
「言ったわね!? あんたのその光輪のダイヤモンド、ローン滞納で差し押さえ寸前だってバラしてやろうか!」
「あああああっ! 許しませんわ! 月の制裁を受けなさい!」
「上等よ! 芋ジャージの機動力を見せてやるわ!」
タローソンの駐車場のど真ん中で、二人の最高神による『一切の神聖さがない、ただの醜い胸ぐらの掴み合い(キャットファイト)』が勃発した。
「痛い! 髪引っ張らないでよ!」「あんたこそ、私のシャネリアのジャケットを伸ばすんじゃありませんわ!」と、魔法すら使わない物理的な泥仕合である。
「……あーあ。また始まったよ、あいつら」
太郎がベンチに座り、呆れ顔で微糖の缶コーヒーを傾ける。
「た、太郎さん。神様同士の喧嘩を止めなくていいんですか……? 天変地異とか起きませんか?」
エミリアがオロオロと心配するが、太郎は鼻で笑った。
「放っておけ。あいつらは表ではニコニコしてるくせに、裏垢では毎日あんな感じでレスバしてるんだ。リアルで殴り合ってる分、まだ健全だろ」
一方、取っ組み合いの喧嘩をしながら、カグヤはなおも自身の『テンプレ復活』を諦めていなかった。
彼女はルチアナのジャージを引っ張りながら、後ろに控えていた氷血公爵ヴァルターに向かって叫んだ。
「ヴァ、ヴァルター! なにを突っ立っていますの! 貴方は帝国最強の俺様ヒーローでしょう! 今すぐそのジャージ男(太郎)を氷漬けにして、エミリアちゃんを無理やりお姫様抱っこして、地下室に拉致監禁しなさい! それが貴方のキャラ設定ですわ!!」
創造神からの、絶対的な命令(シナリオの強制)。
「……っ!!」
ヴァルターの青い瞳に、かつての『狂気(中二病)』の光が再び宿りかけた。
エミリアを自分のものにしたい。誰にも渡したくない。その強烈な衝動が、彼の口を動かそうとする。
(そうだ……俺は氷血公爵。俺の思い通りにならないものなど、この世にあってはならない……! エミリア、お前は俺の……!)
ヴァルターが、エミリアに向かって一歩踏み出し、その冷徹な口を開きかけた、まさにその瞬間。
『……お前が「俺のものになれ」とか「監禁してやる」とか、中二病全開のセリフを言いそうになったら、必ずこの薬を三粒舐めろ。そして、口の中がスースーしている間は、絶対に喋るな』
先ほどの、太郎による『カウンセリング(物理)』の記憶が、彼の脳裏にフラッシュバックした。
「…………っ」
ヴァルターは、開けかけた口をピタリと閉じ、震える手でポケットから『100均のミントタブレット(フリスク)』を取り出した。
そして、カチャカチャと三粒を手のひらに出し、それを無言で口の中に放り込んだ。
「……(スースーする……)」
ヴァルターは、極寒の冷気を纏うどころか、口の中のミントの爽快感に耐えながら、直立不動の姿勢で完全に『沈黙』した。
そして、エミリアに向かって、深く、静かに『一礼』をしたのである。
「なっ……!?」
カグヤが、信じられないものを見る目で硬直した。
「な、なんでそこでフリスクを食べて黙り込んでますの!? 貴方は強引で冷徹な公爵様でしょう!? なんでそんな、面接試験に来た就活生みたいに行儀よくお辞儀してますのぉぉっ!!」
カグヤの絶叫が虚しく響く。
「……ヴァルター様」
エミリアが、そんなヴァルターの姿を見て、クスッと優しく微笑んだ。
「太郎さんの言いつけを守って、ちゃんと自分の衝動を抑える練習をしてるんですね。……そのほうが、ずっと人間らしくて、私は素敵だと思いますわ。リハビリ、頑張ってくださいね」
同情でも、恐怖でもない。
一人の『対等な人間』として、エミリアはヴァルターにエールを送った。
「……っ!!(コクコクッ!)」
ヴァルターは口を開くことができない(スースーしているから)ため、顔を真っ赤にしながら、ブンブンと縦に首を振ってサムズアップを決めた。その瞳からは、一筋の感動の涙が流れていた。
「あ、あぁ……私の、私の完璧なヒーロー像が……完全に『コミュ障を克服しようと頑張る不器用なおじさん』に上書きされてしまいましたわ……」
パリンッ、と。
カグヤのスマホの画面で、PV数のグラフが完全に「ゼロ」を記録して消滅した。
同時に、カグヤは両膝を大理石の地面につき、真っ白に燃え尽きて倒れ伏した。
「ギャハハハハ! 完全敗北ねカグヤ! あんたの箱庭、太郎の常識とフリスクの前に木っ端微塵よーっ!」
ルチアナが勝利の缶チューハイを一気飲みして高笑いする。
「……ふぅ。これで鬱陶しい創造神も大人しくなったな」
太郎が、首のタオルで汗を拭いながら立ち上がった。
偽りのテンプレで塗り固められたお花畑の都市は、太郎たちの介入によって、現実的で、泥臭く、しかし確かな『生きる力(自立)』を持った街へと生まれ変わった。
「よし、お前ら! 厄介事も片付いたし、エミリアの『自立記念』だ。今日はポポロ村の極上野菜と、うちの肉で大宴会を開くぞ!」
太郎の号令に、その場にいた全員の顔がパァッと明るくなった。
次回、いよいよ最終話。
労働の喜びを知った者たちの美味すぎる飯と、哀れなセクハラ聖獣の末路とは。




