EP 2
【欲望の渦】破格の優勝賞品と、狂乱の参加者たち
『号外! 号外! 第1回 太郎国レモン早食い選手権開催! 優勝賞品はなんと、金貨100万枚と国王・佐藤太郎の「何でも願いを一つ叶える権利」!!』
翌朝。アルクス城下町は、ルナミス新聞社がバラ撒いた大量の号外と、街頭の魔導ビジョンから流れるルナミスTVの特別報道によって、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「おい、見たか!? 金貨100万枚って……日本円に換算したら100億円だぞ!?」
「しかも、あの太郎王が『願いを一つ叶える』だぁ!? 領地をもらうことも、貴族になることも可能ってことじゃねぇか!」
「で、でもよ……その『レモン』ってなんだ? 魔獣の肉か? それとも伝説の霊薬か?」
「新聞には『黄色い果物』って書いてあるぜ。……はっ! 果物を食うだけで100億円!? 太郎王もついに狂ったか!」
ファンタジー世界の住人たちにとって、『レモン』という果物は完全に未知の存在であった。
彼らの常識では、果物といえばリンゴやブドウのように「甘くて美味しいもの」である。それを食べるだけで莫大な富と権力が手に入るというのだから、街中の冒険者、商人、そして一般市民までもが目の色を変えてエントリーシートに殺到したのは言うまでもなかった。
ただの果物食い競争。誰もが「楽勝だ」と信じて疑わなかったのである。
あの黄色い悪魔が持つ、致死レベルの『酸味』を知らないままに――。
***
一方、その頃。
城下町の外れにある公園のベンチで、ルナミス新聞の号外を血走った目で見つめている少女がいた。
ピンク色の芋ジャージに身を包んだ、地下アイドル(人魚姫)のリーザである。
「き、金貨100万枚……。100おくえん……っ!!」
リーザの手は、新聞を持つ手がガクガクと震えていた。
彼女の膝の上には、今日の朝食である『パンの耳(パン屋のおじさんからの施し)』と『水道水』が置かれている。
このド底辺の食生活から抜け出せる。それどころか、自分専用の豪華なライブステージを建設し、毎日高級ステーキを食べ、ファン(札束)に囲まれる夢の『Love & Money』生活が実現するのだ。
(……でも)
リーザの脳裏に、昨日タローソンで味わったあの地獄の記憶がフラッシュバックする。
一口かじった瞬間に、脳天を突き抜けたあの破壊的な酸味。全身の毛穴が開き、顔面が梅干しのように収縮し、己の意思とは無関係に床を転げ回らされた屈辱。
レモン。あれは果物などという生易しいものではない。人間の尊厳を奪う『拷問器具』だ。
「うぅ……っ。思い出しただけで、耳の下あたり(唾液腺)がキュゥゥって痛くなりますわ……。あんな恐ろしい果物、二度と食べたくありま――」
リーザは首をブルブルと振り、号外を捨てようとした。
しかし、彼女の視線が再び『金貨100万枚』という文字を捉えた瞬間。
「――いいえ! アイドルは、いつだって試練を乗り越えて輝くものですわ!!」
リーザはパンの耳をガシッと握り潰し、立ち上がった。
「私には、ユニークスキル【貧乏神】がありますの! 運は悪くても、悪運と逆境への耐性はMAX! この理不尽な貧乏生活で鍛え上げられたド根性の胃袋があれば、あんな黄色い果物の三つや四つ、気合いで飲み込んでみせますわ!!」
恐怖よりも、強欲が勝った瞬間であった。
リーザは「待っていなさい、100億円!」と叫びながら、受付会場である魔獣コロシアムへと猛ダッシュを開始した。
***
そして、欲望の渦に飲み込まれたのは、底辺アイドルだけではない。
太郎国の中枢――王城の特別応接室では、国を揺るがすほどの凄まじいプレッシャー(魔力と闘気)が激突していた。
「……お二方とも、本気ですのね」
「当然ですわ。旦那様の『願いを一つ叶える権利』……これ以上の至宝が、この世界に存在するとでも?」
「ふふっ。私は別に、どっちでもいいのだけれど。まぁ、旦那様がどうしても私に黄金の城をプレゼントしたいと言うなら、勝ってあげるのも妻の務めかしらね」
円卓を囲むのは、太郎の最強の妻たち。
第一夫人・サリー(全属性魔法使い)。
第二夫人・ライザ(世界一の剣士)。
第三夫人・フレア(不死鳥・調停者の一角)。
彼女たちにとって、金貨100万枚などただの紙切れ(金属片)に過ぎない。
真の目的は、愛する夫・佐藤太郎の「願いを一つ叶える権利」の独占であった。
「私は願いますわ。旦那様と二人きりで、誰にも邪魔されない一週間の『極上温泉・愛のハネムーン旅行』を……! そのためなら、レモンだろうが魔王だろうが、この竜殺しの魔刀で微塵切りにして差し上げます!」
ライザが、腰の刀の柄に手をかけながら熱く語る。
「温泉旅行……! 抜け駆けは許しませんよ、ライザさん。私は、旦那様と四人目の子供を……いえ、家族全員でゆっくりと過ごせる『永遠の休日』を願うつもりです。……魔法兵団総隊長として、この勝負、絶対に負けられません」
サリーが、ニコニコと微笑みながらも、背後に全属性の魔法陣をチカチカと明滅させる。
「あらあら。二人とも健気ねぇ。私は『一ヶ月間、私のお世話だけを専属でする権利』を願うわ。旦那様にご飯を食べさせてもらって、マッサージしてもらって……あぁ、想像しただけで最高ね。不死鳥の炎で、レモンごと貴女たちを焼き尽くしてあげるわ」
フレアが扇子で口元を隠しながら、傲慢に笑う。
三人の視線が交錯し、応接室の空間にバチバチと火花が散る。
それはまさに、愛する男の寵愛を巡る『聖杯戦争』の勃発であった。
最強の魔力と闘気を持つ彼女たちは、己の力を全て『酸っぱい果物を早く食べるためだけ』に注ぎ込む決意を固めたのである。
***
その熱狂は、国中の強者たちにも波及していた。
ラーメン街の『豚神屋』では、竜王デュークが新聞を片手に豪快な笑い声を上げていた。
「ガーッハッハッハ! 太郎の奴、また面白い遊びを思いついたようだな! 優勝者の願い……ならば我は『毎日タローソンで新作のカップ麺を先行試食する権利』を願おう! 竜族の強靭な胃袋の前に、果物の酸味など児戯に等しいわ!」
また、獣人国から訪れていた人狼族の執事・リバロンは、主である月兎族の姫・キャルルのために密かに暗躍を開始していた。
「……お嬢様の喜ぶ顔を見るためならば、このリバロン、いかなる手段も辞しません。ゴルド商会のオロチ会長に連絡し、あの『レモン』なる果物についての情報を集めるとしましょう。……場合によっては、中身を甘いオレンジにすり替える工作も視野に入れねば」
銀のトレイを磨きながら、恐るべきイカサマの計画を企てる執事。
街のあちこちで、冒険者たちが「レモンとは何か?」という情報戦を繰り広げ、魔法使いたちは「胃袋の容量を拡張する魔法」の開発に没頭している。
誰もが、己の欲望を満たすために、たった一つの『酸っぱい果物』に向けて全精力を傾けていた。
「ははは。みんな、完全に釣られてるな」
その夜。
タローソンのレジカウンターで、防犯カメラのモニター(魔導具)越しに街の狂乱ぶりを眺めながら、仕掛け人である佐藤太郎は、微糖の缶コーヒーをプシュッと開けた。
「たかが100均のレモン一つで、世界最強の連中が血眼になって争うんだから。ファンタジー世界の住人って、本当にピュアで最高だよ」
太郎の横には、亜空間から大量に召喚された『防ばい剤不使用・フレッシュレモン』が、段ボール箱に山積みになっている。
その数、ざっと数万個。
これが全て、参加者たちの胃袋(と味覚)を破壊する『黄色い爆弾』である。
「さぁて。腕力も魔力も通用しない『酸味』という絶対的な理不尽の前に、最強の嫁たちや強者どもがどんな顔をして悶絶するのか……。お手並み拝見といこうか」
太郎がニヤリと悪戯っぽく笑う。
太郎国の歴史上、最もくだらなく、最も過酷で、そして最も笑いに包まれる『第1回 太郎国レモン早食い選手権』の開幕まで、あと三日。
欲望の渦は、アルクス城下町を完全に飲み込んでいた。
読んでいただきありがとうございます。
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