EP 22
金貨10枚の重みと、進まないフォーク
アルクスに戻った頃には、空はすっかり茜色に染まっていた。
太郎たちは重い足取りで――しかし、確かな戦果を携えて冒険者ギルドの扉を開いた。
「おい、あれ見ろよ……」
「あの赤い毛皮……まさか」
太郎たちがカウンターに置いた紅蓮の毛皮と、握りこぶし大の禍々しい魔石を見て、ギルド内がざわめき始めた。
「魔狼だと!?」
「普通のウルフじゃねぇ! 変異種だ!」
「あんな新米パーティーが倒したのか!? すげぇぇ!」
どよめきは瞬く間に歓声へと変わった。
荒くれ者たちの視線が、驚嘆と称賛を含んで三人に注がれる。
「魔狼を退治したんですね! 素晴らしい!」
受付嬢も興奮気味に身を乗り出した。
「討伐証明部位の確認、完了しました。通常のウルフ討伐報酬に加え、変異種討伐の特別功労金……合わせて、金貨10枚になります!」
「金貨、10枚……!」
サリーが息を呑む。日本円にして約10万円。
命がけの死闘の対価としては安いかもしれないが、新米冒険者にとっては破格の大金だ。
「ありがとう!」
サリーが満面の笑みで金貨の袋を受け取る。
「フフっ、中々の金額ですね。これなら装備の修繕をして、美味しいものを食べてもお釣りが来ます」
ライザも満足そうに頷いた。死線を越えた高揚感が、彼女の表情を明るくさせている。
「えぇ! 私たち、頑張ったもんね!」
二人が手を取り合って喜ぶ横で、太郎だけが無言で立ち尽くしていた。
「…………」
周囲の賞賛の声も、金貨の輝きも、今の太郎には遠い世界の出来事のように感じられた。
脳裏に焼き付いているのは、自分の目の前で鮮血を吹き出したライザの姿だけだった。
「さぁ、リーダー。祝勝会を開きましょう」
ライザが太郎の肩を軽く叩く。
その手には包帯が巻かれていない。魔法で傷は塞がった。だが、斬られた事実は消えない。
「……うん、そうだね」
太郎は乾いた笑みを浮かべるのが精一杯だった。
いつものレストラン『大樹の梢亭』。
テーブルには、前回よりも豪華な料理が並んでいた。
肉厚のステーキ、山盛りのフライドポテト、そして高級なワイン。
「かんぱーい!」
サリーとライザの声が弾む。
「ん~っ! このお肉、柔らかくて最高!」
「ええ、ワインも格別ですわ。やはり勝利の美酒というのは美味しいものです」
二人は死の恐怖を振り払うかのように、明るく振る舞い、よく食べた。
それが冒険者としての「切り替え」であり、明日を生きるための儀式なのだ。
しかし、太郎の皿の料理はほとんど減っていなかった。
「…………」
フォークでパスタを突っつきながら、太郎は俯いていた。
(僕がもっとしっかりしていれば……)
(あんな玩具のレーザーポインターじゃなくて、もっと確実な武器があれば……)
(次もまた、運良く勝てる保証なんてどこにもない……)
「太郎さん? どうしたんですか? 食べないんですか?」
サリーが心配そうに覗き込む。
「あ、いや……ちょっと疲れちゃって。お腹空いてないんだ」
「そうですか? でも食べないと力がつきませんよ?」
ライザがステーキを切り分け、太郎の皿に乗せてくれる。その優しさが、今の太郎には痛かった。
「……ありがとう」
賑やかな店内で、盛り上がる二人と、孤独感を深める太郎。
金貨10枚の入った革袋は、リュックの底で鉛のように重く、太郎の心を押し潰していた。




