EP 18
ゴブリン卒業? そしてウルフ討伐へ
あの日以来、太郎たちのパーティーは順調そのものだった。
「画鋲作戦」は完璧に機能していた。
太郎がゴブリンを見つけ、通り道に画鋲をばら撒く。
太郎が弓で釣り野伏せ(挑発)を行う。
突っ込んできたゴブリンが画鋲を踏んで悶絶。
動きの止まった隙にサリーが魔法を放ち、ライザが首を刎ねる。
この必勝パターンが確立され、三人は「画鋲の狩人」などという妙な二つ名で呼ばれることもなく、地道に小銭を稼いでいた。
しかし、そんなルーチンワークにも終わりの時は来る。
ある晴れた日の朝。冒険者ギルドの掲示板の前で、太郎は腕を組んで唸っていた。
「う~ん……今日はゴブリン討伐が出ていないぞ」
掲示板のFランク・Eランクの場所には、『薬草採取』や『ドブさらい』といった雑用クエストしか残っていない。これでは素材ポイントも稼げないし、実入りも少ない。
「どうしましょう? 薬草採取にしますか?」
サリーが残念そうに尋ねる。
「いや、今の僕たちの装備維持費を考えると、もう少し稼ぎたいところだね……」
そこで、ライザが視線を少し上のランク――Dランク相当の依頼書に向けた。
「リーダー。そろそろ、ウルフ討伐なんてどうでしょう? 報酬も悪くないですよ」
「ウルフ……?」
太郎は依頼書を剥がして内容を確認した。
【 依頼:森の牙討伐 】
【 場所:ルルカ村周辺の森 】
【 報酬:1体につき金貨1枚 】
【 備考:家畜や村人を襲う被害が出ています。至急求む 】
「いち、いちまい……!?」
太郎は目を見開いた。
ゴブリン数体で銀貨数枚だったのが、ウルフならたった1体で金貨1枚(約1万円)。破格の待遇だ。
「美味しいわ! 行きましょう、太郎さん!」
サリーが計算高い瞳をキラキラさせて食いついた。
「ま、待ってサリー。ウルフって、僕が転生した初日に襲われたあの狼だよね? あいつら、速いし怖いよ……?」
「大丈夫ですよ! あの時の太郎さんは丸腰でしたけど、今は私たちが居るじゃないですか!」
サリーは太郎の返事を待たず、依頼書をひったくると受付カウンターへと走っていった。
「ああっ、サリー!」
「ウルフ討伐ですね。承りました」
受付嬢が深刻な顔つきでスタンプを押す。
「場所はルルカ村周辺の森です。最近、群れの動きが活発で、旅人が襲われる被害も出ています。狂暴な魔物ですので、どうか気を付けて」
引き返せなくなった太郎たちは、アルクスから少し離れたルルカ村方面へと足を向けた。
道中、太郎の表情は優れない。
「……しかしどうする? ゴブリンとは訳が違うぞ」
太郎はリュックの中の画鋲ケースを触りながら懸念を口にした。
「ウルフは俊敏だ。ゴブリンみたいにドタバタ走ってくれない。肉球があるとはいえ、針を避ける反射神経もあるかもしれないし、飛び越えてくるかもしれない。画鋲作戦は使えない可能性が高いよ」
それに、と太郎は自分の弓を見る。
「僕の弓の腕じゃ、高速で動くウルフには当たらないかも……。スリングショットやスプレーもあるけど、接近されたら終わりだ」
以前に遭遇した時の、あのギラついた殺意に満ちた赤い目を思い出し、太郎は身震いした。
そんな太郎の不安を吹き飛ばすように、ライザが凛とした声で言った。
「心配に及びません、リーダー」
彼女は腰の長剣を軽く叩いた。
「ウルフ如き、私が斬り捨てます。ゴブリン相手には罠を使いましたが、本来、ウルフ程度の魔獣であれば、私の剣技で遅れは取りません」
その言葉には、ギルド長の娘として、そして一人の剣士としての絶対的な自信が満ちていた。
「真正面から来る相手なら、速かろうが重かろうが、私の間合いに入れば一刀両断です。太郎さんとサリーは、私の背中に隠れていてください」
「頼もしい! さすがライザ!」
サリーがライザの腕に抱きつく。
太郎も、彼女の力強い言葉に少しだけ肩の荷が下りた気がした。
「そっか……。頼りにしてるよ、ライザ。でも、油断だけはしないでね」
「ええ、勿論です」
森の入り口が見えてきた。
ゴブリンの森とは違う、張り詰めたような静けさが漂うルルカの森。
一行は陣形を整え、金貨を稼ぐべく、深く暗い木立の中へと足を踏み入れた。




