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9. 逃走

あの日以来、朝起きたら首に痛みを感じるのは当たり前になってしまった。


「慣れ始めてる自分が怖い。」


「いいことじゃん。これから一生続くわけだし。」


「は?絶対嫌。」


「なんで?俺強いし守ってあげられるよー?」


「そもそも守ってもらいたいなんて思ってないです。」


「じゃあ勝手にする。もともとハンナの意見なんて求めてないよ。俺は俺がしたいようにする。」


「…ほんと最悪。自己中心的過ぎ。」


「吸血鬼なんて皆、そんなものだよ。人間なんて地面を這う虫を踏み潰すより簡単に殺せる存在だし。」


その言葉に心の底から引いた。

暗殺者=吸血鬼という認識はできてきたが、ここまで厄介な存在なのかと大きなため息を零していると彼から楽し気な表情が見える。

ニコライにとってどんな表情をするハンナであっても愛おしいと感じられるくらいの存在になっているなど彼女が気付くはずもなく、次なる脱出手段を考えていた。

この生活をいつまでも続けるわけにはいかないだろう。

そんなとこを考えていたある日。

任務が入ったから数日間留守にするからと少し寂し気な表情をしたニコライの言葉に内心喜んでいるのを隠しながら見送った。

私物など殆どないが、ボロボロになったエプロンドレスに着替えてから廃城を後にする。

山奥というだけあって深い森に以前熊に襲われたことを思い出したが、この辺りには危険な動物は居ないという彼の言葉通り襲われることはなかった。

土地勘の全くない山に入るなんてどうかしていると自分でも思うが、いつまでも彼の傍に居ることが最善策だとはどうしても思えないのだ。

悪役令嬢であるナディアの侍女に戻れるとは思っていないが、生活力には自信がある。

町や村に辿りつけさえすれば、一人で生きていくことは可能だろう。

そんなことを考えながら歩みを進めていくが、いつまで歩いても景色が変わることはなく頬を伝う汗を軽く拭ってから突き進んでいく。

あれからどれくらい経っただろうか。

水の音が聞こえ始め、川でもあるのかと速足で音の場所へ向かえば綺麗な小川が見える。

飲めるのか心配ではあったが、水分補給をしなければこれ以上歩くことはできないだろうと判断して口に含んでみた。


「…美味しい。」


少し甘く感じる水は疲れた身体を癒していくかのようだ。

しばらく満喫してからよしと気合を入れて立ち上がると後ろに人の気配を感じる。

まさか、ニコライじゃないよねと恐る恐る振り返ってみると黒い馬を連れた茶髪の青年が立っているのが見えた。


「こんなところに人が居るなんてね。君は?」


「わ、私は…。」


「そっか。人に尋ねる前にこちらが名乗るべきだね。僕はライアン。こっちはシャイアンだよ。」


愛おし気に馬を撫でるライアンに身構えていた緊張を解いて皴になっていた裾を払ってから、背筋を伸ばす。


「私はハンナと申します。ライアンさんはこの森にはよく来られるのですか?」


「シャイアンの散歩のためにたまにね。もしかして、ハンナさんこの森は初めて?」


「ええ、もしよろしければ町か村にまで案内していただけませんでしょうか…?」


「もちろん。馬には乗ったことあるかな?ここから徒歩で戻るのはとても時間がかかるから。大丈夫。僕が後ろから支えるから心配いらないよ。」


彼に促されるままシャイアンに乗馬するとすぐに走り出した。

この世界に転生してから得た知識ではあるが、乗り心地だけで素晴らしい馬であることはわかる。

1時間ほど経ったころだろうか。

目の前が開け、大きな町が見えてきた。

白い煉瓦で舗装された道が遠くにある大きな屋敷に続いている。


「ライアン様!また森に行かれていたのですか!?あの森には化け物が住み着いていると噂があるのですから…そちらの方は?」


「森で会った女性でハンナさんだよ。」


「…森で…?まさか貴女が化け物…。」


「サミー。それは失礼だよ。彼女は僕らと同じ人間の女性。とりあえず僕の家に行こうか。怪我もしているみたいだから手当しないとね。」


「そこまでは!町にまで連れてきてくださっただけで十分です。ありがとうございました。」


そう言って降りようとしたが、しっかりとホールドされているため身動きが取れなかった。


「ダメだよ。僕が手当てすると決めたんだから、君は大人しくしてるんだ。」


耳元でそっと囁いたライアンは楽し気にしながらシャイアンの手綱を器用に操作しながら屋敷へと向かっていった。

エントランスに入るとすぐさま侍女に連れられ、湯あみをさせられる。

身体と髪を隅々まで洗われてから怪我の手当てを済ますと真新しいドレスに包まれていく。

こんな高価なものを着ていいのかと聞いてみるが、侍女の彼女たちは答える気はないようで無言のまま出て行ってしまった。

どうしたものかと視線を彷徨わせているとノック音が聞こえてくる。


「ハンナさん。ライアンだけど、入ってもいいかな。」


「も、もちろんです。」


すぐさま迎え入れれば、満面の笑みを浮かべたまま入ってきた。

先ほどまでの軽装ではなく、正装に身を包んでいる。

ライアン様と呼ばれていた時点で薄々気付いてはいたが、やはりここの屋敷の高貴な存在なのだろう。


「どうしたの?」


「高貴な方とは知らず、数々の非礼をお許し下さい。」


「公の場ならまだしも、森の中で僕が高貴かどうかなんて知る由もないでしょう。だから非礼なんて一つもないよ。改めまして、僕はこの屋敷の主でライアン・ツヴァイク。ツヴァイク侯爵とか呼ばれたりするけど、あまり好きじゃないからライアンと呼んでね。」


「ツヴァイク侯爵…。」


ツヴァイク侯爵家という言葉に血の気が引くのを感じる。

ゲーム内で描かれていた彼は笑顔のまま悪役令嬢であるナディアの命を奪う冷酷な一面を持つ青年だった。

何故すぐに気付かなかったと自分を責めながらどうするべきかと思案していると黙っていることが気になったのか。

彼の足音が近づいてくる。


「酷い怪我はしていないと聞いたけど、体調が悪いのかな。ベッドで休む?」


「い、いえ!何から何までお世話になってしまい申し訳ございませんでした。この御恩は必ずお返しさせていただきます。」


「気にしなくていいのに。」


「大変申し訳無いのですが、急いで行かなければならない所がありますので…。」


「行かせるつもりはないよ。君から僕に近づいてきてくれるなんてこんなチャンス見逃すわけないだろう。」


「…それはどういう…。」


「ナディア・プレイステッドの専属侍女ハンナ・モンセイ。姿を消したと聞いていたけれど、森で何をしていたの?」


強く掴まれた腕は酷く痛む。

睨みつけてみても全く意味をなしていないようで、ニコライが浮かべる歪な笑みとは違う恐怖に襲われるのを感じながら抗うすべのないまま立ち尽くすのだった。

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