13. 訪問者
屋敷での暮らしは廃城と違い快適過ぎるもので。
広いキッチンには猪や野兎ではなく、牛肉や豚肉。
鶏肉に卵という慣れ親しんだものが並び、久しぶりに料理の楽しさを見出していた。
昨日パイ生地を作っておいたからそれを使ってキッシュを作ろうとベーコンと玉ねぎ、じゃがいもにブロッコリーを手に卵液を作っていく。
コンソメと塩コショウで味を整え、少しブラックペッパーを加えれば完成だ。
予熱しておいたオーブンに入れてタイマーを掛け、汚れた調理器具を片付けていると背中に重みを感じた。
「ハンナ、血頂戴。」
「嫌。」
「なんで?俺、お腹すいた。」
「ついさっき飲んだばっかりでしょ。せめて間隔開けて。」
「えーじゃあ飲まないから。」
「いや、飲まないなら噛む必要ないよね。」
「んーこうしてると落ち着く。」
煩わしいと抗議してみるが、首筋に噛みついたまま身体を預けてくる。
せっかくひとり楽しく過ごしていたのにいつもこうだ。
ニコライは暇さえあれば首筋に噛みついてくるため、自由に動くことも出来ない。
大きなため息を溢してみても自分には関係ないという態度で気にした素振りもなく。
期待した私が馬鹿だったと片付けに集中することにした。
「ふえふあふあ。」
「毎回言ってるけど、噛み付きながら話したら何言ってるかわからないから。」
「美味しそうな匂いしてる。何作ったの?」
「キッシュだよ。昨日パイ生地作っておいたからお昼ご飯にしようと思って。」
「楽しみにしてる。」
「血は無しだからね?」
「ん?なんで?」
「何でって…毎回貧血になるから!お昼から何も出来なし、本当に困る。」
「ベッドでゴロゴロ出来るよ?嫌?」
「嫌。」
「じゃあ今にしよう。」
「は!?」
がぶりと噛み付かれるのと同時に血が奪われていく感覚に余計なこと言うんじゃなかったと早速後悔している。
身体の力が抜けた私を当然のように抱き上げるとそのままベッドへ移動させられた。
せっかく作ったキッシュ。
オーブン中に入れておいたら火事になるからと彼に伝えようとしたが、意識が遠退くまま深い眠りに落ちていく。
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。
勢いよく起き上がると既に日が落ちているようでカーテンが閉められダウンライトのみ点けられている。
「目、覚めた?」
「キッシュは!?火事に…。」
「ドルザがいるから問題ないよ。」
「良かった…じゃない!暫く飲むの禁止。」
「それは無理。諦めて。でも今日は飲まないでおいてあげるよ。」
ニンマリと笑みを浮かべ満足気な表情をする彼にあれだけ飲めばそりゃ十分でしょうね!なんて突っ込みを心の中で入れながらも先程から主張するお腹に何か入れようとベッドから出れば、当然のように後ろに気配を感じた。
「何でついてくるの。」
「ハンナは俺のだから。」
「それとついてくるのと関係ないから。」
「つれないなー。俺、ハンナだけには優しいのに。」
「優しいなら嫌がることはしないよ。」
扉を開こうとドアノブを掴んだ手を上から押さえられ、動きを遮られる。
邪魔しないでと振り返ると唇にふっくらとした感覚。
キスしたのだと理解するまでに数秒掛かった。
「ハンナが本気で嫌がるならしない。アイシテルって言っただろ。」
真剣な眼差しでそう言われてしまうとそれ以上文句も言えず、ただ彼の瞳を眺めていると聞き覚えのない声が聞こえる。
「ニコライからその言葉聞くなんて久しぶりだなぁ。どんな子?きっと可愛い…ってえ!?趣味悪、こんな色気のない女のどこがいいわけ?ましてや人間だろ?うわーこれはシルヴェストルも怒るよ。」
後方から覗き込まれ、そこまで言うかと反論したくなるほどの言葉をつらつらと話す彼は白銀の髪に真紅の瞳が印象的な男性で呆れたように溜息を零し始めた。
「ログナル、何しに来たの。」
「シルヴェストルがニコライの贄を連れてこいって煩くてさ。とりあえず見に来たんだけど、それ守る意味ある?代わりならいくらでも居るだろーし。連れてきてあげようか。」
「…ハンナ目閉じて。」
「え?」
「アイツ殺してくるから。」
何も言い返さないニコライにもしかして少しでも心揺らいでいるんじゃないかと一瞬不安になったのだが、すくにそれは杞憂だったと理解する。
ライアンに捕まったときに感じた怒気と同じかそれ以上を纏い、ログナルと呼んだ彼に向き直った。
「もしかして怒った?ごめんって!そんなにその人間が良いとは思わなっ!!」
有無を言わさず斧を振り下ろしたニコライに何処からか出された大剣で防いだ彼だが、強い力に薙ぎ倒される。
見るも無惨に破壊されたベッドはフカフカで気に入っていたのにと残念に思うが、人間である私が彼等を止められるはずもない。
ここに居ても意味ないと気になり続けていたキッシュを確認するべくキッチンを目指すのだった。




