視線の意味は
猫が人になりました、ご注意
町に入って役所と呼ばれる赤煉瓦の大きな建物の前へやって来た。
アーケードを潜る時からここに来るまでの間、ユースヴィルに向けられる視線は意外にも暖かな事に気付いた。
お年寄り達は暖かな視線でユースヴィルを見て口元に笑みを浮かべている。
それに気付いていないのか、緊張しているのか、ずっと下を向いて居たユースヴィルは「あー……」とまた表情を歪めてしまう。
「……ユースヴィル」
「うん、ごめん……大丈夫だ」
深く深呼吸をして、ユースヴィルは一歩前へと進んだ。
私もそれに笑顔で頷いてその後へと続くのだった。
中は広いロビーと、中央付近に「受付」と書かれたテーブルに、沢山の椅子が並べられている。
三階までの吹き抜けのフロアの両側には、等間隔に明かりを取り込む為の窓が設置されて居て、時折入ってくる風が気持ち良い。
さらに奥には二階フロア。三階フロアへと繋がる広い階段もあった。
知っていたらここをお昼寝の場所に選んでいたくらいにステキな場所だ。
「あんず、こっちだ」
「うん」
手を引かれて向かうのは、二階フロアの様で、上には「住所登録等の手続き、ペット、遺産運用等ご相談」と書かれている。
残念ながら前回までの一生を過ごす中である程度の人の言葉に理解があるので、ここが何をするところなのか分かってしまう。
「……領主様!これはこれはご足労を……」
「いや、楽にしてくれ。
今日は普通に家人が増えるのでその手続きと……あと、ペットに猫を飼うからその保険の手続きに来ただけなんだ」
困った様にそう言うと、きょとんと目を丸くした役人は私を見てハッとした様に首を振った。
「かしこまりました、ではこちらの書類に記入をお願いします」
緊張しながら紙とペンを机の上に用意して、役人とユースヴィルの話し合いが始まった。
この街で暮らすための書類か……と、ユースヴィルの隣から書類の中を覗き込んだり、フロアに溢れる人からの視線に笑顔で手を振り返したりしているうちに、あっと言う間に終わってしまった。
「……はい、ではこれで間違い無く。
本日はどこか寄って行かれるのですか?」
「え?」
「お連れ様とお出掛けでしょうか?
それなら最近出来たパン屋がおススメです、向かいの通り三件隣にあるローシェットと言うパン屋で、つい最近クリームパンが売られているのですよ」
にこやかに笑みを浮かべる役人に少しだけホッとした様に「尋ねてみるよ」と苦笑して、ユースヴィルは立ち上がる。
「ありがとう、またよろしくな……」
「はい領主様、良い休日を」
深く頭を下げる役人に悲しそうな表情をして、ユースヴィルは私の手を取って歩き出す。
町の中ではあんなに暖かかった視線だったが、役所の中の人達の視線は色んな意味がありそうなものに感じた。
強い憎しみを向ける視線、哀れみの様なものを孕んだ視線、単純に物珍しさで見ている人も居る。
それは、ユースヴィルを見て慌てた様にしていた門番達と同じで、何かに怯えているからだろうか?
それとももっと別の何かに大きな理由があるのだろうか。
もしかして……と、役人との会話に出て来た「領主様」と言う呼ばれ方のせいなのだろうかと、私は肩を落としたユースヴィルを見ながら考えていた。