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リアルサウンド  作者: cline
9/15

五月   後藤 真紀

゛何で水泳部に来たの?゛

入部する時部長に聞かれた。

何で?

好きだから。それもあるけど・・・

「真紀センパーイ。」

放課後、ジャージ姿でプールに来てすぐに二年の子が駆け寄ってきた。その子は二年部員のリーダーで、一年の指導も任せていた。頑張り屋で信頼できる後輩だ。だがそんなしっかり者が困った顔を浮かべていた。

 「例の一年がまた来てないんです。」

例の一年。というのは、サボり魔三人組の一年。タイムはそこそこ良いんだけど、なんせ態度が不真面目。部活は遅れてくるし、ロード中はサボるし、雑談がすごく多いし。でもまぁ・・・

「ほっとけば?」

「あんた一応キャプテンでしょ。」

副部長の千里が突っ込む。んなこと言われても我関せず体質なもので。生意気な一年をシメようなんて思わない。実力勝負だし、サボってても好タイム叩き出すんならいい。水泳はリレー以外個人競技だから。ただ、まぁ・・・部活動、という団体として見ると・・・

「お前らん所もか?」

男子部の部長の高梨がやって来た。こちらも困った顔をしている。

「この時期多いよな。」

そろそろ学校や部活に慣れてきた頃。また五月病の流行る頃。力の抜き方を覚えるというか思い出すというか・・・


 「ったくまいるぜ。新入部員のほとんどが根性ないわ、やる気がないわ。頭来るぜ。」

 次の日、ホームルーム前に館君がぼやいた。館君と望の席は前後同士で、さらに私は望の隣の席。自然と会話を始めていた。

「そっちも?」

私の返しに、館君は仲間を見つけたように嬉々とした。そういや館君も野球部のキャプテンだったっけ。

「水泳部もか。」

「あぁ。不真面目な子がいてどうしようかって。一応私も部長だからほっとくわけにもいかないし・・・」

すると、まだ眠そうな望が欠伸をしながら言った。

「部活ってのも大変なのねぇ。」

他人事かよ!まぁ他人事だけど。いいよな望は帰宅部で。でも彼女は、サボり魔の一年達とは明らかに違う。望にはちゃんとあるのだ。やるべきことが。やりたいことが。

 昼休み、駄目もとで生物準備室へ行った。なぜ駄目もとか。

「ほっとけば?」

予想通りの答えが返ってきた。だから駄目もとなんだ。水泳部顧問でD組担任の東谷先生。綺麗な顔だが性格は鬼。だから三十路前のくせに独りなんだよ。

「そんなことでもめてるほどうちの部は暇じゃないし、私も今年はあんたら三年生の担任だから忙しいのよ。」

なんて冷たい・・・。というか、それでいいのか、教育者として。言い返したかったが怖いので止めた。それに、先生の言うこともわかる。

「ほっとこうか。」

 帰り道、千里に言うと彼女も゛うーん゛と腕を組んで考え始めた。退部届を出せばそれでいいし、強要する気は端からない。だけど・・・

 放課後になり、部活に行く。すると今日は例の三人はちゃんと来ていた。やる気があるのかないのか・・・。アップし終わった彼女たちにロードに行くよう指示して、私もアップした。

 体をほぐしながら、自分が一年生の時のことを思い出していた。水泳部に入ってすぐ、部長になんで水泳部に来たのかを聞かれた。私は昔肥満児で、体質改善のために小さい頃から水泳をやらされていた。中学でも水泳部に所属していた。続けていたのは、基本的に泳ぐことが好きだから。だけどもっと深いところで、何かを思っていた。精一杯泳ぎたい、精一杯何かをやりたい。なんだろうな・・・

 私もアップを終えてロードに出た。コースは学校の内周と外周を一回りずつ。途中グラウンドの上も通る。野球部では丁度館君と仲林君がキャッチボールをしていた。そして、私の先には、あの一年生達がそれを眺めていた。

「館先輩かっこいいよね。」

「サッカー部のキャプテンも超かっこよくない?」

「私はやっぱ仲林先輩。かわいいもん。」

休憩と運動部男子の品定めか。まぁ、ありがち。だけどこの子たちは何を・・・

   あ。

   そういえば。

三人は私に気が付くと、ばつの悪そうに並んで顔を逸らした。私は足を止めた。怒るつもりはない。ただ、言っておきたいことがあった。

「ほっとくから、好きにしていいよ。どうしようとあんた達の勝手だから。」

嫌みではない。彼女たちがどう受け止めるかはわからないが、そういうつもりで言ったのではない。だって今生きてる時間は私の時間じゃない。彼女たち自身の時間なのだ。それをどう使おうとそれは勝手なのだ。

「後悔しない選択をしなよ。」

そう言い残して、私はまた足を動かした。三人はただ立ちつくし、私を見送る。

 そんなことを思ったんだ。自分に何かを残したいって。大げさだけど死ぬ時、いろいろあったなって思いたかった。

「あ、真紀ちゃん。」

渡り廊下の脇を通ると、朝子に会った。朝子は手を振って応援する。私も声を出すと余計に体力を使うので笑って手を振り返すだけした。

   朝子は絵を描く。

   望は歌う。

   私は泳ぐよ、やっぱり。

 水着に着替えて、連続二百メートル十本の号令をかけた。すると、例の一年生三人が息を切らせて慌ててやって来た。水着姿の彼女たちは途切れ途切れに、

「待って下さい、すぐ入ります。」

と言って、準備を始めた。その必死な様子に、私と千里は顔わ見合わせて軽く微笑んだ。

 一年と二年が泳いでいる間、記録を付けながら私と千里はプールサイドで休憩していた。

「一年ってやること決まっててつまんないんだよね。」

千里はスポーツドリンクを一口飲見ながら続ける。

「だからサボったり怠けたりしちゃう。でもそれが大切ってことまだ知らないんだよね。」

「そーだなぁ。」

力も、思いも、積み重ねなければ形にはならない。だから積める時に積もう。後悔しないように。


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