十一月 辻本 望
足並み揃えて、同じ場所を目指して。
普段はあまり好きじゃないけど、まぁ今回はいいか。最後だし。
いつもは机を並べて授業を受ける教室が、今日は違った。表現するなら材木屋?あちらこちらにベニヤだ角材だが転がっている。私はそれらを飛び越えながら真紀の所へ行った。
もう空気は冷たいこの季節。上着を着ていないと寒いはずだが、私も真紀も脱いでいた。特に真紀は腕まくりまでしてる。代謝がいいのかしら?動いている量も私と真紀じゃ違うってのもあるだろうけど。真紀は軍手をはめた手で角材を切っていた。椅子にそれと足を乗せてノコギリを引く姿は何処かの棟梁のようだ。親方ぁ、と呼びたくなる。
「おつかれ。」
私が声をかけると丁度角材が切れて床に落ちる。真紀はふぅっと息を着いてノコギリを置いた。
「女子の仕事じゃねぇ。」
「なら何でやってんのよ。」
私は差し入れのジュースを渡した。
「んー、最後だから?」
「は?」
「この先大工にならない限り、ノコギリなんて触らないかもしれないじゃん?その最後のチャンス。」
私は笑った。真紀らしい。
「お、やってるね。」
と、教室の入り口から朝子が顔を出した。手には何やら書類。私と真紀は朝子の元へ。
朝子のクラスは文化祭不参加だ。三年生は基本的に参加自由で、出し物を出しても出さなくてもいい。朝子のA組は国立難関大受験組。この時期、文化祭どころではない。きっとお祭り好きの朝子は不服だろう、と思っていたが意外とそうではなかった。
「これから美術室?」
「うん。」
彼女も美大受験のために追い込みをかけている。朝子は美術部に入っていたわけでも、絵画教室に通ったこともない。絵は非常に上手いが受験となるとそれだけでは心許なく、彼女は日々美術室に通って基本を叩き込んでいる。努力家になったな、前より。
「それは?実行委員の?」
と、真紀が朝子の持つ書類を指した。そう、この馬鹿はそうやって受験に向けて努力する反面、やっぱりお祭り好きの血が騒ぎ不参加クラスのくせに文化祭実行委員になったのだ。
「そ。これ生徒会室に届けて、で美術室。文化祭に展示してくれるって言われたんだけど実はまだ上がってないんだよね。」
ケラケラと笑う朝子。その余裕はなんなんだ?そして「じゃ。頑張って」とサクっと言うと、忙しそうに駆けていった。
「・・・あれは頭いいのかただの馬鹿なのかわからんな。」
真紀の言葉に、私は静かに深く頷いた。
段々と形になって来た教室。煌びやかに装飾された壁。至る所に並べられたテーブルと真っ赤な椅子。さて、ここで一体何をするのかと言うと・・・
「男子衣装合わせ出来たよ。」
真紀に髪を結んで貰っていると、派手なスーツやらチャイナドレスやらを着た・・・男子生徒たちがゾロゾロと教室に入ってきた。男子全員が女装!すごい迫力。開き直っている奴もいれば、顔を上げられない奴もいて、なんか哀れだ。
うちのクラスは『倶楽部あずさ』。男女総入れ替えのキャバクラをするのだ。ちなみに『あずさ』は担任の名前。
その衣装合わせをしたのだが・・・インパクト強すぎる。逆に私たちはパンツスーツを着ていた。私は苦しかったので胸元を広く開けている。
「似合ってるじゃん。」
紫のチャイナ服を堂々と着こなした館君がやってくる。うわっ、やや化粧もしてるな。ちょっと不気味・・・
「紫・・・」
どこから調達してきたんだ、それ。
「色っぽいでしょ。」
科を作ってウィンクする。だからキモイって。
「あ。」
「え?」
館君はいきなり私の襟を掴むと、ぎゅっと胸元を閉じた。私は目を丸くする。
「お前肌出しすぎ。健全な男子には目の毒。」
と、そっぽを向いたまま言う。太股までスリットの入ったチャイナドレスを着ている一見不健全な男子に言われても、本来ならあまり説得力はないのだが・・・この時ばかりは、柄にもなく照れた。
「・・・ごめん。」
私は言われた通りボタンを閉じる。隣で真紀がニヤニヤしているのがわかった。くそっ。
「健全な男子なら見たいってもんじゃないの?」
と、真紀が尋ねると、館君はまだそっぽを向いたまま返した。
「知らねぇよ。ただ俺が嫌なの、何か。」
そう言って、館君は不機嫌そうに女装男子の群へ帰っていった。俺が嫌なのって言われても・・・
「独占欲・・・」
はぁ?
「独り占めしたいんでしょ?」
「な、何を?」
「さーぁねぇ?」
ニヤニヤしながら真紀は行ってしまった。残された私は結われた髪を弄びながら館君を見た。
九月、だったかな。もしかしてって、気づいちゃったのは。今も別に確信があるわけじゃない。館君の言動にいちいちときめいたりもしないし、目と目が合ってドキっとかもないし。ただ・・・
『独占欲』
真紀のさっきの言葉が胸をつついた。
館君は前から人気があった。背が高くてスポーツマンでひょうきん。所謂三枚目ってやつ。だけどただの三枚目じゃなく頼れる人。だから男子からも女子からも好かれてる。女子は当然彼を男性として見ているわけで。
「館くーん。かわいー。」
黄色い声に、私は振り返った。B組の女の子が三人で女装を聞きつけて覗きに来たらしい。館君もニコニコと愛想良く手を振っている。
・・・・・・・・・・帰れ、B組女子。
私はギクリとした。さっき私の胸をつついた『独占欲』が顔を出しているのに気が付いたから。これってやっぱり『アレ』か。『アレ』なのか。
そんな下らないことを考えながら真紀の所に行こうとした時。
「えっ。」
床に転がった角材の破片を踏んでしまい、私はよろけた。うわっ格好悪っ。で、すめばよかったのだけど、私の体はそのまま前へ倒れていく。まるで映画みたいにスローモーションで。しかも目の前には組上がったセットのひとつが。やばい。私もセットも怪我をしてしまう!
・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・・・・
思ったより痛くないなぁ。と、恐る恐る恐怖で固く閉ざした目を開いてみる。すると、開けた視界は水平で、真紀の顔が見える。しかも何故か笑っていた。
「あれ?」
「あれ?じゃねーよ。気を付けろよ。」
頭の上の声に、私はやっと状況を把握した。私は今館君の左腕に掴まっている。つまり、倒れそうになった私を館君が左腕一本で受け止めてくれた。よって、私は踏みとどまった。
答え:館君てやっぱり逞しい・・・・
じゃなくて!もー、自分で何言ってるかわからない!
「ご、ごめん!」
慌てて館君から離れる。ってか私も何焦ってるんだか。すると館君は私の顔を見るなりニヤニヤいやらしく笑った。何?何で笑ってんの?
「じゃ、いらない材料外に出すか。」
館君はそう行って他の男子達と角材や段ボールの束を軽々と持ち上げる。
「男の子って力あるよね。」
誰かが言ったのが聞こえた。
男と女じゃ体の作りが違う。どうやったって力じゃ男には勝てない。昔はそれを悔しいと感じたこともあったけれど、今はそれをとても頼りがいのあるものだと思える。例えばさっきの館君の腕みたいに・・・・
って!だから私はさっきから何を・・・
「あいつら自分たちが何着てるか絶対忘れてるな。」
真紀が含み笑いをしながらやって来た。さっきから何を笑っているんだろう、この子。
男子達は女装姿のまま肩に角材を担ぎ、両手に段ボールを抱え、ゾロゾロと教室を出ていく。・・・・馬鹿だ、あいつら。
そしてその出ていく教室のドアから私は教室中をゆっくりと見回した。
教室じゃない教室。
みんなで作った教室。
みんなと一緒にいた教室。
三年C組の教室。
私たちの、教室。
「・・・少し、寂しいね。」
派手に飾られていつも以上に賑やかなはずなのに、何故かポッカリ開いた穴にすきま風が入った感じがした。私だけかな、こう感じたのは。だけど・・・
「・・・そうだな。」
真紀は私と同じように教室を見渡してそう呟いた。
「最後のお祭りだからね。」
そう。これが高校最後のイベント。みんなで何かをするのはこれが最後。楽しいことはここでお終い。後に待つのは進路のことばかり。何だかもう遊びは終わりだよ、と言われているような気がした。一足飛びにとは無理だけど、大人になっていくのかなと思った。子供の時間が過ぎてしまうんだと思った。だからきっと寂しくなった。
「・・・望は結局どうするの?」
唐突に聞かれた質問。何を?と聞き返す必要はなかった。
「大学、行くことにした。」
九月に館君に言われてから色々考えた。そして出した答えは進学。特別行きたい所があるわけじゃないけど、とりあえず大学生になってみようと思う。もっと人に出会いたい、それが理由。一年生の頃はそんなこと全く思わなかったのに、今は心からそれを求めていた。
「ふぅん。いいんじゃない?」
素っ気なくも暖かい声で、真紀は微笑んでくれた。と、思うと、またニヤニヤと笑い出した。
「・・・さっきから何で笑ってんのよ?」
「で?結局どうするの?」
質問に質問で返すなよ。しかもさっきと同じ質問を。
「だから大学に・・・」
「館君のこと。」
なっ・・・・・・・・・!
「鏡持ってる?」
細い目を一層細くしながら、真紀はわけのわからないことを言う。取り敢えず私はポケットから手鏡を出した。
「それで顔見てみ?」
?何か着いてるのかしら。言われたとおり私は鏡を開いて自分の顔を覗いた。
・・・・・・・・・
真っ赤だ。
鏡に映った私の顔は、赤くなっていた。こんな顔、熱出した時以外見たことない。もちろん今日は平熱で、風邪も引いてはいない。顔が赤い理由、それはもうわかっていた。
「さっきもそんな顔してたよ。」
と、言うと、堰をを切ったように爆笑する真紀。お腹を抱えて、高い声を上げ、明らかに面白がって、馬鹿にして。私は一層赤くなった。真紀への怒りと、それよりも初めての自分への恥ずかしさ。
悔しい。
恋なんて初めてじゃない。
だけどこんな自分は初めて。
顔が赤い理由は、
館の馬鹿のせい。
「あぁぁぁ!」
窓の外から館の悲鳴が聞こえて、みんなで下を見た。すると、今頃になって自分たちのあり得ない姿に気づいて慌てていた。
「・・・馬鹿。」
悔しい。
恋なんて初めてじゃない。
だけどこんな恋は初めて。
あんな馬鹿好きになったのは、初めて。




