カイア
「何度も言ってますけど……ただの腐れ縁……」
捕虜のまとめを団員に任せて団長と合流した私は撤退寸前の陽動部隊の前に現れたという幹部クラス、またはそれ以上と見られるプレイヤーについて話していた。
「まあまあ、とりあえず送られてきたの見てくれよ」
そう言って団長が私の方に送ってきた写真には、少し離れたギルドホームらしき建物の前にボロ布に全身を包んだプレイヤー達が立って何か話し合っている所が見て取れた。
「こいつ、その中心に居るの団長さんで合ってるか? ってもこれだけじゃ何ともって感じだが」
どうやらその人物が奴らの団長か調べてほしいとのことだ。調べると言っても団長の言う通りこれだけでは色々判別し難い。この集団、皆してボロ布を着てフードを深く被っているから怪しさ満点ではあるがそれ故個々がわかりにくい。もうちょっと距離が近ければ名前の表示が出るだろうし、せめて動画であれば奴のわかりやすい仕草がアテになるのだが。
「すみません……これじゃ、やっぱりわからない……」
「まあそりゃそうだよな……ってああ、いいんだいいんだ。こんなのわからなくって当然だしな!」
私がちょっと申し訳なさそうにしてると団長が焦って励ますようにしてくれた。なんか気を遣わせて余計申し訳ない。
いやしかし、これらが奴やその周りの幹部クラスだとすれば再三言うがマズい。奴らがいつも通り戦うつもりならまだしも、捕虜を取るつもりであるなら早めに退避させなければならない。
「まあアレだ。別にわかんなくったって今すぐどうにかなるワケじゃないから安心してくれ」
一人で焦っているとヤケに落ち着いた様子の団長が変なことを言い出した。
「え……でもこれ、陽動部隊のとこに居るんじゃ……?」
「あー違う、違うんだ。この写真自体情報部からのモノでな。ここに写ってるのはもう一個ぐらいあっちの本部に近い方のギルドホームだ」
ああ、そういうことか。やたら平然としてるからどうしたものかと。てっきりこれが陽動から撮られたのだと思ってたから目に見えて焦ってしまった。
にしても早速情報部が役に立ってるな。こうやって斥候を出さなくても相手の行動が知れるというのはリスクが少ない上に楽だし、この戦いにおいてだいぶアドになるのではないか。
「ってことだからな。奴ら、そこを暫く前線基地にするんだろう。これがわかったからにはある程度立ち回りやすくなるな!」
「ん……帰ったらまずは、作戦会議……!」
早くも形勢が好転し始めたのを確かに感じ、心做しか語調も弾んでいた。とりあえずはギルドホームも奪還したし、事は順調に進んでいる。ふふ……奴め、ざまぁないな。
「────だから言ったんじゃないの、あんなことしたって意味無いって」
「お嬢、そりゃマトモな対策しなけりゃあーなりますぜ」
絢爛豪華な室内に語気の強い物言いをする女が玉座のような煌びやかな椅子に、それに対面して、やれやれというように手ぶりをする無精髭の男がソファーにどっかりと横柄にそれぞれ座っている。この二人は上下関係にあるようだがそこまで絶対的というようには見えず、さながら親しい友人のようだ。
「ふん、そもそもそんなまだるっこしいことやらないでいつも通り皆と雑魚共纏めて突撃しに行けばいいのよ」
「ハハ、せっかちだと嫌われますぜ……おっといけね。お嬢は元々」
わざとらしく焦る男に燃やすわよ、とお嬢と呼ばれた女は特に激昴するでもなく慣れたように返す。
「私はね、ローゴゥ。チンタラやってるのが嫌いなの。今もこっちが取ってやったギルドホーム取り返しに来てたりしてるでしょ? 彼らにはそれを餌にして、こちらに陽動か何かに来てるハエ共はその辺の雑魚に任せて一気に攻め込んだ方が効率的だと思わない?」
「お嬢のソレは効率的というより好戦的じゃ……というかギルドホーム奪ったことに関してはまだるっこしいってさっきまで否定的だったろうよお嬢」
「うるさいわね、そういうこと言って慎重にし過ぎてるとチャンス失くすわよ? 今だってもうギルドホーム素直に返しちゃって攻め時逃してるじゃないの。だいたいあなたは──」
「ああ、こりゃダメだな」
彼女は目に見えて不機嫌そうにくどくどと理不尽に文句を言い出した。こうなってしまうともう暫くは止まらない。説教に夢中になった所でこっそり抜け出してやろうとローゴゥは企てる。
「っと、まったく……しっかりしなさいよね。それにほら、あなたが彼らほっとくから撤退始めちゃったじゃないの」
すると思いのほか早く切り上げられた。どうやら騒乱の会達が撤退を始めた報せが入ったようで、ローゴゥは奇しくも間接的に敵側に助けられることとなったのだった。
「ま、前線の方に出てきたんだからせめて陽動の奴ら叩きに行くだけはしておきましょ」
彼女は立ち上がり、彼を見下ろす形になる。その高圧的な目線は自分が絶対的強者であるのを示しているかのようだった。
「えぇっ、今からですかい?」
「当たり前でしょ。目の前で敵を黙ってのさばらせてみすみす返すなんて、『紅姫』の名が泣くもの」
そうドアの方に歩きながら言った後、あなたも来るのよ、とぶっきらぼうに顧みることもなしに付け足す。
一見そこらの団員に向けてする冷ややかな対応と同じように見えるが、彼女の場合そもそも路傍の石などに誘いはしない。何も言わずとも付いてくるのが当たり前。傍若無人で傲岸不遜、カイアはそういう女だった。
「ただいまぁ……」
ヘロヘロになったサラが本部のロビーでくつろぐ私の膝に倒れ込むように突撃してきたのはだいたい帰ってきて30分ぐらいした頃だった。うざったく思って押し返そうとは思ったが、撤退する陽動部隊への襲撃の報を受けたことを思い出して突っ伏させたまま話を聞いてやることにした。
「聞いてよぉクアイぃ……なんかめっちゃなんか、なんかぁ!!」
「ん……なんかじゃ……わからない……」
「んぅ、帰ってる途中で後ろの方でね? 炎がぼわってしたの。それでね? それからもう酷くって!」
なるほど、炎が……って待て。紅蓮連盟で炎となると、少し情報が足りないがだいたい絞り込める。
「団員の誰かがこっちまで吹っ飛ばされてきて、これはマズいなーって思ったの! それでねそれでね!! 誰か連れ去られても仕方ないし、対抗しようと思って敵対兵力確認しに私もそっちの方行ったの!」
「ん……それで、拳に炎纏わせて……なんかトチ狂ったこと、言ってたりした……」
「そ、そうだけどっ、クアイその人のこと知ってるの!?」
だいたい『吹っ飛ばされて』の辺りで察せたが、そいつはまあ……ストレートに奴だろうな。まさか一個手前のギルドホームから態々撤退してる所まで追いかけて攻撃しに行くとは……結果的に嫌な予感は当たってしまったワケだ。
「親玉……」
「親玉? って、ことはまさか! あの人があの、あのっ……! あ、なんだっけ二つ名……」
サラらしいと言えばサラらしいが、漫画みたいなタイミングでど忘れするものだ。まああんなクソ女の二つ名なんて覚えてなくて寧ろ良いことだから馬鹿サラとか罵倒するのはやめておく。
「紅姫……紅姫、カイア……」
「あっそれそれ!! いやーまさかあの人がそうとは……なんかでも、すごくこう、なんだろう、異世界の貴族令嬢みたいな感じだった……?」
サラが言いたいことはよくわかる。悪役令嬢って奴だろう。正に驕り高ぶってて悪役にぴったりだ。サラも偶にはちゃんと的確なことを言うものだな。
と思っていたのだが。
「クアイと似たような感じでたくさん暴言吐いてたよー。『ゴミはゴミらしく』とか『火だるまになりなさい』とか!」
前言撤回、やっぱりサラは馬鹿サラだしアホサラだ。床に膝を着いて私の腰に抱き着く形になっていたサラを容赦無く退けて立ち上がる。あぁー、とか言って名残を惜しむようにずるずると私の腰から脚へと手を滑り落とすサラ。残念だが私の優しさは無償ではないのである。あと普通にセクハラだ、セクサラ。
「で、結局クアイはあの人とどんな関係なの?」
切り替えの早いことで、ひょこっと起き上がったサラはどこかわざとらしく不機嫌そうにそんなことを聞いてきた。
「ただの、腐れ縁……」
どいつもこいつも、私があいつと仲良いとでも思ってるんだろうか、まったく……。
「ほんと?」
「ほんと……」
「ほんとにほんと?」
「サラ……うざい……」
暫くの沈黙。にらめっこするような形になり、私はしかめっ面を、サラは疑うようというよりかはうるんだ目で口をアワアワさせてどちらかと言えば何かを危惧するような面白い顔をしていた。
「良かったー。普段付き合いなかったり名前聞かない人にそれだけ嫌悪感出すなんて尋常じゃないからなんかあるのかと思ったよー……」
「何かって……何……」
「いやー、実はすごい親しいけどクアイの性格的に素直に言えないとか! それで愛情の裏返しって奴で余計にいやーな感じにしちゃうとか!!」
「なるほど……サラは私に嫌われたいと……」
「そんなんじゃないよー! って嫌われたい、ってことは逆説的に? クアイは私のこと好きってことだよね?? 私も好きだよクアイぃ!」
そう色々こじつけてガバッと抱き着いてくるサラ。いちいち鬱陶しいなもう……それに気分の乱高下がすごいから余計に。ただまあサラのことは悪く思ってないのは確かだし、そこは正直に言っておこう。
「はぁ……別に嫌いじゃないってだけで……まあでも……うん……」
「っ!? クアイがデレた! あっもうすき結婚しよ……」
そんなことを言うものだから私の中で悪戯心が働いた。ここまでのちょっとした仕返しだ、先手を打ったのはそっちだからなサラ。
「ん……わかった……」
「そうだよねー、冗談冗だ────えっ」
瞬間、サラが笑顔のまま固まった。
「え、えっ……いいの? っていうかその、私の方がその、心の準備が、出来てないっていうか……」
すると今度は顔を赤らめてしどろもどろになり始めた。今日はサラの表情がよく変わるもので面白い。こうなって来たら、前に『レズでロリコンとか私の身が~』とか言っておいてアレだが、もう少しからかってやるのも悪くないかもしれない。
「私は……サラがいい……」
「ぅ────」
だが、火の点いた悪戯心から軽い気持ちで発せられたその一言は悪魔の言葉となった。丁度今この惨劇を見始めた奴には、私が謎の最強魔法を使ったように見えたことだろう。
『サラがログアウトしました』
その魔法の正体はログにそうやってしっかりと記されている。つまりは心拍数や体温の上昇による強制ログアウトだ。サラは何気ない私の仕返しによって天に召されたのである。南無阿弥陀仏。
その後は作戦会議の招集で呼びに来た団長にサラの場所を聞かれて全てを諦めたように首を横に振ったり、その時ロビーに居た団員達によって『クアイさんにはそっちの気がある』だとか『サラさんとクアイさんはデキている』だの噂を後々流されたりしたこと以外には特に何も無かった。




