出発準備
「皆、準備はいいか?」
「ん……いつでも……」
団長からの合図を受け、私含めた団長グループ全員がゆっくりと頷いた。背中から下ろしたばかりだというのに、既に槌を握る手には汗が滲んでいる。これから始まるであろう大戦乱に周りの例に漏れず、緊張や不安を感じているワケだ。
「……よし! 皆行くぞ!」
しかし、そんなどうしようもなく押し寄せてくるネガティブな気持ちは何処かへ行ってしまうように思われた。この人、団長が私達についている限り負けることはない、屈することなく前に進める、そんな何処から来たかもわからない自信が私達の背を力強く押すのだった。
「んー、まあこんなもんでいいだろ」
「ん? おー、ユズと一緒だ!」
「ああ、色々考えたがなんだかんだユズちゃんハープちゃんの二人はやっぱりひと組で考えた方が良いからな」
とうとう作戦実行前日となり、私達は作戦内容を同盟の各団長含めた一部メンバーで確認し直していた。特に実行日ギリギリな今でも、三箇所とココの防衛や陽動部隊に振り分けられるメンバー選考には練り直しが重ねられ、たった今もバラバラだったユズハープが同じ場所に配置させられた。
「ん。私……団長と一緒……?」
「おう、クアイは俺とギルドホーム奪還だ。何か不満とかあるなら言ってくれて構わないぞ」
「いえ……無い、ですけど……団長はてっきり……カイトの方に行くのかと……」
「ああ、そこは適材適所って奴だよ。助けに行きたいのは山々だが、あそこは静かに素早く攻略していった方がやりやすいだろ? 俺みたいな速さ&派手が売りの奴よりも手際の良さとか重視の方がずっと良いしな」
団長はその他にも、私達が担当する奪還すべき内一つのギルドホームは地理的に本部と近い為に何かあった時に引き返しやすいということを挙げていた。
団長なんかは本人が言う通りに派手さが際立つ戦闘スタイルだし、団長自らって感じで目立つだろうから陽動に行けば、とも思ったが、なるほど陽動だとなかなか帰って来れないのか。
「そのカイトの救出任務はシェーカに指揮執ってもらうんだが、流石に悪いからここの部隊はウチだけのメンバーで構成することにするって話だったな」
「すまないな、ブラストさん。いざって時は協力し合うっていうのがこの同盟の取り決めだったのに」
「いいんだいいんだ。この戦争に巻き込んじまってる上に既に二人のギルドと団長達を奴らの手の内に落としてるこの状況で、たった一人のメンバー助けに行く為にアンタらの優秀なメンバー割くワケにはいかないからな。それよりも防衛とか各方面に充ててくれ」
まあ団長の言う通りで、同盟関係であるとはいえ流石に他人でしかないたった一人のメンバーを助けに行くというのは気が引ける。団長なんかは特にそう感じてることだろう。
「……それでサラだが」
「はいはーいせんぱい! 陽動ですよねっ! 私、頑張っちゃいますよー!!」
「お、おう。どうしてそんなに張り切ってるのか知らないが、よろしく頼むぞ」
いつにも増してこの馬鹿が元気なのも、恐らくは最近目立った活躍が無かったからだろう。まあこれくらい有り余りそうな気力があれば陽動もしっかり機能するだろう。
あとあまり珍しいことではないけど、今回の陽動部隊は別ギルドの人が指揮を執るらしい。まあサラの扱いには頑張ってくれとだけ言っておこう。
「まあそれぞれのメンバーはだいたいこんな感じでいいだろ。これ以上色々変えても混乱するだけだしな」
「ええ、あとはもう装備とか防衛設備とかの最終確認くらいかしら」
防衛設備といえば、あの情報部拠点に繋がるトンネルは無事開通した。地盤とかそういうのの問題がこのゲームには一切無かったからほぼ一直線で掘り進められた。
因みにこのトンネルは、情報部拠点直上のギルドホーム奪還にも使用されたりする。まさか地下にトンネルなんて掘ってるなんて思わないだろうから、奴らに目に物見せてやれると思う。
「……で、俺達の留守番は変わらないんですか」
そうやって、私達の作戦で相手を屈服させる楽しみにそわそわしていると、後ろから若干の怒気と焦りを含んだ声が聞こえてきた。
リンと共にほぼユズとハープの付き添いと化しているケイである。一応は二人が私達と出払っている中でもココで防衛設備の建設や修理などを手伝ってもらっているから完全に暇にさせているワケではないのだが。
「あーほらケイ君、ブラストさんも言ってたじゃん? 今回の作戦じゃ土魔法使いは騒乱の会拠点の防衛が一番の活躍の場っていうか、適材適所で余り物を割り当てた訳じゃないって」
「そうよ、ケイ。心配しなくたってリンちゃんとケイの代わりに私達がビシバシやって取り返して来ちゃうんだから」
ケイは恐らく、あの四人の中でちゃんと戦える戦闘職であるにも関わらず後方部隊ばかりで不満が溜まっているのだろう。その不満というのも別に功に急いでいるのではなく、ユズとハープの二人が前面に出ているのに自分だけ何もしていないことへの焦りや罪悪感から来るものだろう。それを察してか、ユズとハープはそれぞれケイを優しく宥める。
「まあアレだ。こっちには奴らの捕虜も居るから、それをあっちも俺らと同じように取り返しに来るかもしれない。そういう意味での防衛でもあるんだ」
「……そういうことなら」
団長が説得に入った所で、ようやくケイも落ち着いたようだ。まあ奴らがあんなガキをわざわざ助けに来るとも思えないが、ここで揚げ足を取るべきではない。
リンに至っては自分の力を自分なりに理解しているのか、ケイのように異議を唱えることなく心配そうに見つめるだけだった。
それからは実行前日とあって、張り詰めた空気の中、皆して何度も各場所の最終確認をしたり相手の動向を監視・予測してそれぞれ過ごした。かく言う私も何だか居ても立っても居られなかったから、傍から見たらだいぶそわそわしているように見えただろう。
まあ大ギルドとその同盟同士の本格的な衝突なんて、多分イベント以外では初めてなんじゃないかってぐらいだから仕方の無いことで、更に存亡がかかるレベルとなるのだから尚更。
それからこれは私の予想なのだが、早速ココで奴らは大きくぶつかりに来るだろう。これといった確証は無いが、あのお高くとまった性悪女なら自身や配下の力に物を言わせて一気にケリをつけようとしてくる。そんな強大な奴らが一気に攻め込んで来るのを相手することになるかもしれないことを考えると、そわそわついでに手まで震えてきてしまう。
こんな調子で大丈夫だろうか、いやいや仕方ないことだ、もっと元気出さないと、などと頭の中でクアイちゃんABCが脳内会議を始める中、震えを誤魔化すように作業に勤しむのだった。
「……あー、皆。とりあえず朝っぱらから集まってくれてありがとう」
寝不足特有の息苦しさはVRにはなく、スッキリとした朝を騒乱の会で迎えた私は寝不足の原因となった昨晩の緊張を、準備万端で門前に集まる団員達の中で呼び起こした。しかし、そこそこ親しかったり一緒のグループの団員から「今日は頑張りましょうね!」だの「今日もかっこいいこと見せてくださいね!」だの、やたら張り切った感じの声で話しかけてくるものだから緊張はすぐに引っ込んでしまった。
8時きっかりに団長が皆の前に用意された壇上に立つと、ワイワイガヤガヤとごっちゃになって騒いでいた団員達は綺麗に整列し、辺りには葉擦れの音が僅かに聞こえるのみとなった。
「今日は皆知っての通り奪還作戦だ。奴らの手に落ちたギルドホームは必ず俺達の手で取り返そう」
拡声器が要らないレベルの、それでいてしっかりとした大声で話す団長はいつもよりどこか気合いの入った雰囲気で、それだけで今度の戦いで負けることは絶対に有り得ないと思わせるような様子だった。
「だが奴らも一筋縄で行かせてはくれないだろう。もしかしたら今日が泥沼の大戦乱の始まりの日となるかもしれない。わかってるとは思うが皆、絶対油断するんじゃないぞ?」
因みにカイトの件は一般団員には知らせていない。奴は幹部レベルとはいえ、普通の末端団員からして見れば滅多に顔を出さず素性のよくわからない一構成員に過ぎない。そんな奴をわざわざ助けに行くともなれば反発は免れないと考えた副団長と私は団長に提言し、渋々団長も納得してくれたので皆には伏せておくこととした。
まあ救出部隊は副団長と彼女の選び抜いた精鋭の少数で構成されるモノであるから、勘繰られても「極秘任務」とでも言っておけば問題無いだろう。
「──まあ色々話したが、そうだな……よし。皆、何度も言うようだが今度の敵はとんでもなく強大だ。だが決して勝てない相手じゃない。もし相手が全力でこちらを潰そうと攻め込んで来たとしても、俺達が諦めなければ必ず勝てる。皆! このGSOで王座にどっかり居座ってるつもりでいる奴らに目に物見せてやろうぜ!!」
「おう! ぶっ潰してやろう!」
「手始めにギルドホーム奪還だ! さっさと片付けて連盟サイドに突撃してやろうぜ!」
「前々からいっぱいいやーな思いさせられて来たからね。ここらで一発キメてやるわよ!」
色々思考を巡らせていると、いつの間にか団長が締めに入っていた。団長の盛り上げる声に合わせて皆がそれぞれ紅蓮連盟へ思いを叫んでいる中、私は一人、場の雰囲気に呑み込まれないで静かにじっと覚悟を新たにしていた。
……別に叫ぶタイミングを逃したワケでは決してないから勘違いしないでほしい。
とまあ、こんな感じで私達の戦いは始まったのだった。その後はさっさとグループ毎に分かれて作戦内容や装備などの最終確認を完了させ、早速陽動部隊が出発した。
陽動部隊にはサラ含む腕の立つ見知った団員達が居るし、あちらはさほど心配する必要はないか。サラなんかはあの集まりの中、満面の笑みで手を振りながら遠ざかって行くものだから余計にそう思えた。
「っし、陽動の奴らが目標地点に到着したら俺達も動くぞ」
ちなみに彼ら陽動部隊が出向くのは連盟の普段の縄張りの最前線にあるギルドホームで、連盟が猛威を奮うようになった当初より「鉄壁」と呼ばれてきた砦だ。その謂れは文字通り、敵意ある者をそれより先へ進ませない防衛力にある。 私達同盟側の陽動部隊はその先へと進む予定は無いものの、真正面から派手にぶつかりに行く。しかし当然ながら陽動であるため、無我夢中に攻撃して積極的に死にに行くのではなく、敵の主力を引き付けつつ時間を稼ぐよう派手かつ規律的に戦う。
これをギルドホーム奪還完了まで行い、その後は奪還作戦の進行具合や相手の出方次第ではあるが彼らはそのままに、同盟内ギルドの別部隊の手も借りて手薄になった別の拠点に侵攻したり「鉄壁の砦」をその流れで囲い込んで陥落させる計画もある。相手が相手だからそう上手く行くとは思わないが、順調に行けば大きくアドバンテージを取ることが出来るだろう。まあこちらには新たな戦力である情報部も居るからだいぶ自信を持って戦えそうだ。
「……と、なんでしょう?」
「ん……あ、いや……別に見てたワケじゃないから……」
再び思考の渦に呑み込まれていた所、ふと目の前の男から声を掛けられた。どうやら私がぼーっと色々考えながら適当に目を向けていたのを見られていると勘違いしたらしい。私が否定するとそいつは何故か少し残念そうに、「そうでしたか」とだけ答えた。
というかこの男、よく見たら最近どこかで見たような……。
「思い出した……カイトの代理だ……」
「ん? ええ。そうですがどこかで……あっ、確か貴方は先日の」
穏やかな物腰でそう言うこの男は、カイトの代わりで情報部の長を務めている奴だ。えっと、名前は……何だったか。
「ロタですよ、クアイさん?」
「あ……すまない……」
名前を思い出せないでいるのがうっかり顔に出ていたようで、私の名前も添えて教えてくれたものだから何だか悪いなと思った。
「いえいえ、こちらも嫌味っぽくてすみません。うちの部長のが伝染ったようで、はは」
「ふふ……なら、仕方ない……」
なんて、どこかの誰かを思い浮かべながら話を弾ませる。まったくこんな人の良さそうな部下、いったいどこで拾ってきたんだろうか。
「おーい、クアーイ! そろそろ行くぞー!」
こいつとは仲良くなれそうだ、と思った所で団長から声が掛かった。私は部長代理改めロタに今回のことについてよろしくと手短に伝えてその場を離れる。
「おう、クアイ。お前があんなにニヤけるのも珍しいな。何話してたんだ?」
「別に……今度の戦いはよろしくな、とだけ……というか団長、そんなに私の顔見てるの……」
「あーいや、クアイがあんま親しくない奴と二人でちゃんと話してること自体に目が行ったからな」
「なるほど……」
会話するきっかけも偶然からだったが、その後話が続いたのもまたも偶然に共通の、それも嫌な奴の話題だったからだ。そんなワケで話が弾み、ごく些細なことだが団長の言う通り私がああしてほぼほぼ初対面相手にマトモにマンツーマンで話すという珍しいことが起こった。
「なんというか、クアイも成長してるんだな」
よくよく考え直して私自身再三驚いていると、団長が子供に対して向けるような、どこか安堵した、優しそうな目をしながらそう言ってきた。
「ん……別に、私の性格の悪さが、突き動かしただけで……だから成長とか、そんなんじゃ……」
まさか私もこんないい歳になってから見た目はともかく中身を子供扱いされるとは思ってもみなかったし、これが団長とかじゃなかったら即座に吹き飛ばしてたと思う。だってこれ、遠回しに幼稚だって思ってたって言われたようなものだし……ほんとにどいつもこいつも。
「あっ……と、とりあえずもう出なきゃだからよ。ほら、行くぞっ?」
私の不機嫌オーラを直に感じてか、若干焦った素振りを見せて逃げるように団長は先を行こうとする。
「まったく……」
仕方ない団長だ、と思いつつも割といつも通りだったことを思い出して流そうとするも、それはそれでため息ものだなと呆れ直してそそくさと先を行く団長の後をついていく。
まあだいたいこんな緩めな感じで待機時間を過ごしていたワケだが、この後の週単位、酷ければ月単位で続くかもしれない熾烈で泥沼の戦いを考えればこれぐらい許されてもいいだろう。
「よぉし、ブラスト班出発だ!」
いつにも増して頼もしい団長の掛け声に周りが呼応する中、私はいつも通りに短く返事をする。しかし心の内では密かにしかと闘志を燃やしていた。




