第十五話
カーマ―――。
あの妖しさ。愛欲の神さえも虜にしてしまうと思われるほどの、魔性の男。
こうしているあいだにも、ナーガの胸を支配するのは、死んでいった民でなければならぬのに、彼の心を震わせるのは、耳朶によみがえるのは、暗黒の内にうかぶのは、あの哀れな子どものことだけであった。
何者かが、この冷たい房に入ってきた。
数人だ。
房に足音が近づいていたことは、わかっていた。
牢屋番のひとりが、ナーガを立たせようと腕をつかんだ。
ナーガは壁に手をかけ、立ち上がろうとした。
如何せん、彼は両の脚を砕かれている。うめきこそしなかったが、おおきくよろけた。
ちっ、と誰かが舌打ちした。
ナーガは壁づたいに半ぶん引きずられながら、運ばれていった。
ここは、入り口のあたりであったろうか。
ひとの気配がした。
―――ガルーダ・・・
喉はかすれ、声はでなかった。
引きずられながら、なおもうしろをふりかえろうとするナーガを、牢屋番は数度、打擲した。
ナーガの痛ましい姿は、ガルーダの眼に映しだされていたのだろうか。
おそらく、見えていなかったであろう。
ガルーダは扉の横に座りこんだまま、呆けていた。
視線は見るともなく、床の汚れの一点にそそがれている。
からだを動かすのも億劫なようだ。
昨夜のあれがなんであったかわからぬほど、ガルーダは疎くはない。
男たちに陵辱され、衝撃をうけたことは否めない。男を知ったのは昨夜がはじめてなのだ。
だが、そのことに深い喪失感をもったわけではなかった。
それを通して、なにかを知ってしまったような気がしたのだ。とてつもなくおおきな、なにかを―――。