# 第121話 作られた最強
能力反応の爆発が、円形の実験室を内側から揺らした。
固定台を中心に空気が弾け、六本の支柱が外へ傾く。観測窓には蜘蛛の巣状の亀裂が走ったが、天城が領域を広げ、砕けた破片の動きだけを床へ押さえ込んだ。
「零士!」
『外部送信は止めた! けど最終負荷は室内だけで回っとる。電源落としたら呼吸器も止まるで!』
「小春さん、生命維持を分けられますか」
「直接触れられれば。ただし、今の状態で一人にするのは危険です」
固定台の男は、自分の能力を制御できていなかった。身体から漏れた力が床、空気、支柱へ無差別に伝わり、その反動が再び本人へ戻っている。出力を上げるほど肉体が損傷し、損傷が増えるほど装置が薬液を追加する構造だった。
綾乃は観測窓の亀裂と、実験室へ続く二つの扉を見た。通常扉は内側から封鎖され、保守扉には緊急投薬装置が連動している。天城なら壁ごと抜ける。しかし、それでは中の男も装置も記録も衝撃から守れない。
「ミナさん。保守扉の内側へ入れますか」
「一人なら。でも、あの人の周りは無理。何が飛ぶか分からない」
「内側の投与管だけ外してください。小春さんの経路を作ります」
「了解」
ミナの身体が白い壁へ沈む。天城は広げていた領域を観測窓の向こうへ絞り、飛散物と能力の発生位置を一つずつ捉えた。
「俺が止める。さっさと入れ」
「対象を殺せば契約違反です」
「誰に言ってやがる」
綾乃の念押しに、天城は苛立った目を向けた。殺さず止める方が難しいことは分かっている。だからこそ、それを自分へ回されたことも理解していた。
観測窓の向こうで、固定台の男が喉を鳴らす。呼吸器の隙間から血が滲み、焦点の合わない目が天城を探した。
「たす、け……」
自分を止めてくれという願いだった。死なせてくれという意味まで含んでいるのかもしれない。それでも天城は、都合よく一つへ決めなかった。
「助けを求める相手を間違えてんぞ」
天城の琥珀金色の瞳が細くなる。領域の中心が固定台へ移り、暴れる力の流れと男の身体を別々に捉えた。
「俺はてめぇを楽に死なせる善人じゃねぇ。生きたまま、こいつらの失敗になれ」
男の目が僅かに見開かれた。希望を語る言葉ではない。それでも、死ぬ以外の結果を一方的に押しつける宣言だった。
かつての施設で、止めてくれと声を上げた者がいたかどうかを、天城は覚えていない。苦痛の声も動かなくなる身体も珍しくなく、誰か一人の願いだけを残す理由がなかったからだ。
今は、その願いを聞いた。聞いた上で、装置の決めた結末へ渡さないと選んだ。それを善意と呼ぶ気はなく、昔の自分へ言い訳するつもりもなかった。
「始めます」
綾乃の合図で全員が動いた。
奏は白衣の男が触れた操作部を《残留解析》で絞り込み、最終負荷と記録消去が別系統だと告げる。零士は最終負荷の電子制御へ偽の継続信号を返しながら、生命維持側だけを小春の携帯装置へ受け渡した。
ミナが壁を抜け、固定台の下へ通じる二本の投与管を閉じる。薬液の追加が止まった瞬間、小春が保守扉から滑り込み、床へ伏せたまま男の手首へ触れた。
「心拍と呼吸をこちらで支えます。天城さん、出力だけを止めてください。身体へ戻さないで」
「注文が多いな」
天城は観測窓へ拳を打ち込んだ。力任せに砕くのではなく、亀裂がすでに走っている箇所だけへ圧を通す。窓は大きな破片にならず、細かな粒となって内外へ落ちた。
開口部を越えた天城へ、無指向の衝撃が襲う。床材が浮き、黒い支柱の一本が横から飛んだ。天城は支柱の根元へ掌を当て、勢いを殺して床へ伏せる。同時に足元の領域を狭め、男の胸から溢れようとした次の能力出力へ干渉した。
背後では、綾乃が白衣の男を操作卓から遠ざけながらも、完全には気絶させていない。停止手順を知る人間を失わず、抵抗だけを封じるためだった。奏は操作卓に残る反応を追い、男が右手で負荷、左手で記録処理を使い分けていたことを突き止める。
完全には消えない。天城自身の《領域掌握》とは構造が違い、無理に押し返せば行き場を失った力が男の内側を壊す。
「右肩側に偏っています」
小春が生命反応から損傷位置を告げる。天城は押さえる力を左へずらし、漏れた出力を壊れた支柱へ逃がした。支柱が大きく歪む代わりに、男の呼吸が一度だけ深くなる。
『あと十二秒で偽信号がばれる!』
「十分だ」
操作卓の白衣の男が、記録消去へ手を伸ばした。奏が動作を告げると、綾乃が間へ入り、手首を捻って卓から引き離す。
「再現工程を停止してください」
「今止めれば、ここまでの全てが無駄になる!」
「止める気はねぇらしいな」
天城は固定台から目を離さず言った。白衣の男は拘束されながら、それでも声を張り上げる。
「君も同じだろう! 犠牲を使って強くなった。多くを殺して、さらに上を目指した! 君に私たちを否定する資格はない!」
「ねぇよ」
即答だった。
「俺もてめぇも同じ悪だ。死んだ後は、仲良く地獄行きだろうな」
天城の口元が歪む。正義の側へ逃げず、相手へ反省も求めない。ただ、自分と同じ場所まで引きずり下ろした上で、なお力の差を突きつける。
「だが今ここで残るのは俺だ。てめぇの仕事は、天城皇牙が上から潰す」
男の能力出力が最大まで膨れた瞬間、天城は全てを正面から押さえなかった。発生位置を六つへ分け、零士が停止させた支柱へ順番に逃がす。奏の指示、小春の生命反応、ミナが外した管の位置を一つの領域へ収め、最後に残った力だけを自分の両腕で受け止めた。
轟音とともに六本の支柱が折れた。固定台は動かず、男の胸も上下している。
『最終負荷、停止』
『基準再現、失敗』
赤い表示が消え、零士が記録消去系を完全に切り離した。ミナは固定具を外し、小春が男を携帯生命維持装置へ接続する。綾乃は白衣の男へ拘束具を掛け、操作卓と一緒に証拠保全の封印を施した。
天城は折れた支柱の中央で、まだ意識のある被験者を見下ろした。
「死ぬなよ。てめぇが生きてねぇと、俺が潰した証拠にならねぇ」
被験者の唇が、呼吸器の下で僅かに動いた。返事は聞こえなかったが、握られていた指から少しずつ力が抜けていく。
第三測定室の最終工程は、基準へ届く者を作れないまま、確かに停止した。
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