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115/120

# 第115話 同じ三つの項目



 拘束した男と回収物は、同じ車両へ載せられなかった。


 男は綾乃と天城が同乗する移送車へ収容され、手首端末、記録消去用の小瓶、制御中枢はそれぞれ別の耐衝撃容器へ封入された。零士と奏が証拠車両へ付き、ミナは二台の間を走る外周車両から追尾の有無を確認する。証言、電子記録、能力痕跡のどれか一つを失っても、残る二つから事実を組み直せる配置だった。


『救出した三名は、搬送先へ引き継ぎました。全員、生命状態は安定しています』


 小春の報告が車内へ届く。綾乃は礼を返し、男へ視線を移したが、救出者の状態を交渉材料には使わなかった。助かった事実と、男が知る情報の範囲は別々に確かめるべきものだった。


 移送先の地下収容区画では、男と証拠がさらに別室へ分けられた。男の聴取は外部回線を切った記録装置で行い、供述内容だけを独立媒体へ保存する。零士が端末を解析する部屋へは音声も映像も流さず、奏も先に採取した痕跡の時刻と位置だけを一覧へした。


「互いの答えを見て合わせられないようにするんや。嘘でも本当でも、先に一致しとった部分だけ価値が上がる」


「面倒くせぇな」


「せやから、壊して聞くより早いんやで」


 天城は零士を睨んだものの、聴取室の扉へ勝手に向かわなかった。机上には、回収端末から切り出された三つの項目だけが表示されている。


『出力』


『耐久』


『適応』


 綾乃は向かいの椅子へ座り、端末を天城側へ向けた。慰めるための間も、過去を語らせるための柔らかな声も用意しない。


「確実に覚えていることだけ話してください。推測と、後から聞いた知識は分けます」


「後から聞いた知識なんざねぇよ」


 天城は椅子へ座らず、壁へ背を預けた。白い髪の隙間から見える琥珀金色の目は、三つの文字を見たまま動かない。


「出力は、能力を一度にどれだけ出せるか。耐久は、その出力を身体へ通して、どこまで壊れずに残るかだ」


「適応は?」


「同じ負荷を掛けた後、次に何が変わったか。前より長く立ったか、出力が増えたか、壊れ方が変わったか。それをまとめてそう呼んでた」


 説明は簡潔だった。自分へ何をされたかではなく、測定器の使い方を述べるような口調だったため、かえって施設での日常が透けて見える。


「測定の結果で、扱いは変わりましたか」


「部屋と食事と、次に使う薬が変わった。数字が上がれば試す回数が増えた。下がった奴は見なくなった」


 綾乃の指先が一度だけ止まった。


「見なくなった理由は」


「知らねぇ。聞く必要もなかった」


 天城は言い訳も補足もしなかった。当時そう判断したという事実だけを机へ置く。今なら異常だったと語って自分を被害者の側へ移ることもできたが、そんな言葉を借りる気はないらしい。


 奏が別室から入ってきた。施設で採取した能力痕跡の一覧と、男の手首端末に残る操作時刻を重ねた紙を綾乃へ渡す。


「手動承認は十一件。今回の三人以外は、同じ場所で操作されていない。承認者の能力反応も別」


「こいつ一人の仕事じゃねぇのか」


「一人ではない。それ以上は分からない」


 天城が聴取室へ視線を向ける。綾乃は立ち上がり、扉の前で一つだけ条件を確認した。


「必要な情報を得ます。反省させる必要はありません」


「最初から興味ねぇよ」


 聴取室の男は、先ほどと変わらない姿勢で椅子へ座っていた。綾乃が三項目の意味を尋ねると、男は能力評価の共通項目だと答える。誰が測定しても比較しやすい指標であり、特定の施設だけが使う言葉ではないという。


「承認条件は?」


「三項目が通知された基準を超えていること。それ以外は知らされない」


「薬を使った後に変化するか、二度目の負荷へ耐えるかも見ていたか」


 天城が口を挟むと、男の瞳が僅かに揺れた。返答より先に表情が答えている。


「……現地測定には、再検査の項目があった。だが私は結果を受け取っただけだ」


「同じ三つを、何度も測ってたわけだ」


「私は指示された基準へ――」


「てめぇの事情は聞いてねぇ。数字を通した後、どこへ送った」


 天城の声には、責める響きも怒鳴る勢いもなかった。自分も同じ地獄へ落ちる側だと認めた以上、男の立場を正す必要はない。ただ次の仕事を潰すため、答えだけを要求している。


「住所は知らない。承認後、端末へ引き渡し完了の通知が返る。それだけだ」


「通知を出す相手も?」


「識別記号しかない」


 綾乃はそこで聴取を切り、同じ質問を重ねなかった。別室へ戻ると、零士が端末から抽出した一覧を画面へ並べている。男の供述を聞いていないはずの記録に、三項目の基準超過、再検査、承認、引き渡し完了が同じ順番で残っていた。


「ここまでは一致や。それと、引き渡し完了の返信だけ、毎回同じ古い有線網を通っとる」


 画面上の経路は複数の中継点で切られていたが、最後に応答した設備だけは共通している。学園都市西端、廃止された地下医療物資庫の管理番号だった。


「医療物資庫なら、人を運んでも医療搬送に見せられる」


 ミナが地図を拡大する。地上施設は八年前に閉鎖され、現在は倉庫としても使われていない。しかし地下電力の使用量だけが、承認のあった夜に増えていた。


 奏は経路記録へ指を添えた。


「引き渡し通知の時刻と一致する。搬送先か、中継点」


「どちらでも構いません。現地で確かめます」


 綾乃が次の確認対象へ印を付ける。三つの言葉が同じだからといって、天城の育った施設と今回の選別を一つへ結びつけることはできない。それでも測定方法と運用手順、承認後の経路まで重なった以上、偶然として捨てる理由もなかった。


「現地確認は外周から始めます。電力、搬入口、出入りの痕跡を確かめ、被害者の存在が確認できるまで突入しません」


「中で消される前でもか」


「その兆候があれば変更します。ただし、あなたが昔を思い出したという理由だけでは変更しません」


 天城は綾乃を睨んだ。自分の記憶が嘘だとは思わないが、三つの言葉だけで壁の向こうまで決めつければ、無人搬送車の囮を一人で追うのと変わらない。過去へ近いからこそ、自分の判断が最短とは限らなかった。


「オレが先に壊そうとしたら止めろ」


「承知しました」


「あまぎっちが自分から頼むん、珍しいな」


「殺されてぇのか」


 零士は肩をすくめながらも、地図へ監視点を三か所追加した。天城が任せたのは善悪の判断ではない。見落とした証拠と、逃げた相手と、まだいるかもしれない被害者を、自分一人の衝動で潰さないための役割だった。


「天城。施設で、医療物資庫という呼び方を聞いた記憶はありますか」


「ねぇな」


「なら、まだあなたの過去へ帰る場所とは限りません」


「帰る気もねぇよ」


 天城は地図上の印を見下ろし、口元だけを歪めた。


「そこに次の仕事がある。それで十分だ」


 同じ三つの項目は、過去の答えにはならなかった。


 だが、過去と同じ方法で人を選ぶ場所へ続く扉にはなった。


この小説をお読みいただきありがとうございます。

よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!

完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!

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