# 第111話 生きている信号
生体監視の表示が、保守端末の画面を一定の間隔で明滅させていた。
氏名も能力名もない。ただ一人の人間が下層第三区画で生きているという事実だけが、細い有線回路を通じて黒瀬班へ届いている。
「信号、動いた」
零士が端末を持ち上げた。表示される接続先が一つ先の中継点へ切り替わり、生体信号と搬送識別番号が保守経路の奥へ移っていく。
「こちらの接続を検知した可能性は?」
「ある。けど、人が動かしとるか自動処理かは分からん。回線には『保全搬送』としか出てへん」
綾乃は追跡速度を上げても隊列を崩さなかった。奏を零士の前へ置いて反応を追わせ、ミナを閉鎖区画の確認へ回し、天城には先頭で設備の動きを捉えさせる。
「生体信号を失う前に追いつきます。ただし、天城だけを先行させません。対象へ追加処置が連動していれば、搬送台を止めただけで死なせます」
「分かってる。壊す前に聞く」
「今回は確認される前に言えましたね」
「いちいち数えんな」
保守経路を抜けると、傾斜のついた円形通路へ出た。中央の搬送レールが緩い螺旋を描いて下り、一定間隔で設置された隔壁が、通過した搬送台の後ろから順番に閉じている。
天城の《領域掌握》には、二つ先の区画を走る駆動台と、その上に横たわる一人分の存在が入った。身体の周囲には複数の細い管と固定具があり、脈拍に合わせて小さな機械が作動している。
「見つけた。まだ生きてる」
「距離は?」
「隔壁二枚。下へ動いてる」
直後、最も近い隔壁が閉じ始めた。零士が監視器へ返していた正常値は通っているが、搬送台の保全処理だけが独立して進んでいる。
「止められる?」
ミナの声に、零士は走りながら首を振った。診断回線は、対象の位置を知る唯一の手掛かりであると同時に、搬送設備を動かしている線でもある。
「搬送命令を消したら診断回線も落ちる。今は追える道まで一緒に消える」
「なら、閉じる順番だけ変えてください」
綾乃の指示を受け、零士が直前の隔壁へ保守点検中の信号を送る。完全停止はできなくても、閉鎖までの猶予が数秒延びた。
「三秒や!」
天城は隔壁の下へ滑り込み、降下する板を両手で受け止めた。綾乃、奏、零士が順に通過し、最後にミナが壁を抜けてこちら側へ移る。
「全員通過」
綾乃の声を聞いてから、天城は隔壁をゆっくり床へ戻した。一人で先へ行けば、今頃は対象へ追いついている。だが隔壁の向こうへ四人を残せば、搬送台の管も記録も、自分には見分けられない。
次の隔壁は、零士が信号を送る前から閉鎖を始めた。ミナは足を止めず、そのまま金属板へ身体を沈める。
「先に見る! 壊さないでよ!」
「早くしろ」
ミナの姿が消えた数秒後、通信へ短い息が入った。隔壁の向こうでも立ち止まらず、移動する搬送台へ追いついたことが足音から分かる。
『搬送台を確認。意識なし、呼吸あり。首と両腕に管、胸に監視器。前方に縦穴みたいな搬出口がある!』
「管の接続先は見えますか」
『台の下。外から抜いたら何か動くタイプ』
零士が診断回線から搬送台の個別構造を探す。生体監視、固定具、薬液制御、経路制御が同じ端末へまとめられているが、どれか一つを切れば何が代わりに作動するかまでは表示されていない。
「小春、映像送る。管を止める順番、見られるか?」
『確認します。胸の監視器は外さないでください。首の透明な管は投与側、腕の二本は採取と状態確認です。まず投与側を台の内部で閉じてください』
「ミナ、聞こえた?」
『やってる!』
天城は閉じた隔壁の中央へ手を当てた。向こうでは搬送台が縦穴へ近づき、床下の駆動部が次の固定動作へ入ろうとしている。
「天城、隔壁は錠だけ。開いた後、搬送台の後部を止めてください。管と対象の身体へ衝撃を伝えないように」
「止めりゃいいんだな」
「破壊ではなく停止です」
「同じことを二度言うな」
零士が電子錠を解き、天城が隔壁を横へ押し開く。視界の先で搬送台はすでに縦穴手前の固定枠へ入り、左右から金属爪が伸び始めていた。
天城は一歩で距離を詰めた。台そのものを正面から掴まず、床下の駆動部と繋がる後部連結器へ手を掛ける。引けば対象へ衝撃が伝わるため、進む力と同じだけの圧力を返して、その場へ静止させた。
連結器から伝わる力は、人一人を運ぶ設備としては異様に強い。天城が真正面から引き剥がせば簡単に壊せるが、その瞬間に管と固定具が対象の身体を傷つける。圧倒的な力を持つ天城に求められたのは、破壊ではなく、機械が動いていると誤認するほど正確な停止だった。
「止めたぞ」
「投与側、閉じた!」
搬送台の下からミナが腕を戻す。零士が薬液制御だけを切り離し、奏は対象と拘束帯に残る能力反応が先ほどの痕跡と一致すると確認した。
綾乃の合図でミナが固定具の内部ピンを外し、天城が金属爪を開いた。胸の監視器と状態確認の管は残したまま、対象の身体を搬送台ごと縦穴の固定枠から引き戻す。
『生体信号、維持されています。上層まで動かせます』
小春の判断が届き、五人の間に張り詰めていた呼吸が僅かに緩んだ。救出した人物はすぐには目を開けなかったが、天城が搬送台の向きを変えた時、固定を外された指先が小さく動く。
「……二人」
聞き取れないほど弱い声だった。天城は搬送台を押す手を止めずに答える。
「上で生きてる」
閉じかけた瞼が僅かに持ち上がり、安堵より先に何かを確かめるように天城を見た。視線は定まらず、呼吸も浅いままだが、次の問いだけは手放していない。
「道……残った……?」
監視器へ能力を使ったのは、偶然の暴走ではなかった。自分が逃げ切れなくても、異常を残せば、連れていかれた先へ誰かが辿れるかもしれない。その一度へ残った力を使っている。
「ああ。半端な抵抗にしちゃ、役に立った」
天城の答えに、相手の口元がほんの僅かに緩んだ。それ以上の言葉は続かず、意識が再び沈む。
綾乃は退路へ向けた搬送を指示し、零士に現在区画の記録保全を求めた。対象を救出した以上、正体不明の深部へ負傷者ごと突入する理由はない。
「一度上層へ戻ります。対象三名の生存確保を完了させ、回収記録から次の進入条件を――」
「待って」
零士の端末に新しい表示が浮かんだ。搬送台から生体信号が外れたことで、深部側の制御系が対象喪失を認識している。
『搬送対象 喪失』
『代替候補 抽出開始』
救出は間に合った。しかし、選ぶ仕組みそのものは止まっていなかった。
この小説をお読みいただきありがとうございます。
よければ★★★★★マークとブックマークで応援していただけると嬉しいです!
完結作品にはなりますが、応援が多ければ第二章突入も考えています!




