# 第108話 下層の番人
「ああ。お前らを上へ運ぶ便だ」
天城の言葉が下層通路へ響いた瞬間、武装した四人は迷わず散開した。正面の二人が折り畳み式の大型盾を展開し、残る二人は壁際へ移動して拘束射出器と制御盤を確保する。
侵入者を見て慌てた寄せ集めではない。狭い通路と昇降機の位置を利用し、前衛で足を止めた相手を後方から拘束する手順が最初から決められていた。
通路は大型盾二枚で塞げる幅しかなく、左側の監禁区画へ続く扉も制御盤の後ろに置かれている。四人を倒すだけなら簡単でも、被害者へ近づき、設備と帰路を残すには、正面からすべてを吹き飛ばすわけにはいかなかった。
「右側四名、生存拘束。設備と通信線を保全してください」
綾乃が条件を告げる。同時にミナは姿勢を低くし、昇降機左側の壁へ身体を滑り込ませた。
「注文が増えたな」
「対応できますね?」
「誰に聞いてやがる」
前衛二人が盾を並べ、床を踏み鳴らして突進した。人間一人を押し潰すためではなく、天城を昇降機から引き離し、退路と有線通信を奪うための動きだった。
天城は正面から盾を殴らない。左右の盾が揃う寸前、半歩だけ踏み込み、内側の縁へ両手を掛けた。
押し返すのではなく、二枚を同時に持ち上げる。盾の下端が床から離れ、前衛二人の踏ん張りが空回りした。
「な――」
後方から二本の拘束索が射出された。高圧電流を流す金属線が斜めに交差し、盾ごと天城の腕と胴を巻き取ろうとする。
天城は持ち上げた盾を半回転させた。拘束索は天城へ届かず二枚の盾へ巻き付き、前衛二人の腕を互いの装備へ固定する。
「自分で縛ってどうすんだ。ハッ――ハハッ!」
笑いながら盾を床へ戻す。落下の衝撃は抑えたが、絡んだ二人は姿勢を立て直せず、その場へ膝をついた。
拘束射出器を持つ男は装備を捨て、短い電撃棒を抜いて天城の首へ突き出した。攻撃の起点は《領域掌握》に捉えられており、天城は手首を外へ払い、男の肩を掴んで通路の壁へ押しつける。
頭部も背骨も打たせない。意識を残したまま腕を背中へ回し、盾へ絡んだ拘束索を使って両手を固定した。
『左、二人とも生きてる! 一人は呼び掛けに反応あり。もう一人は呼吸が弱い!』
ミナの報告が有線通信から届く。天城の視線が左へ動いた隙を見て、制御盤の前にいた最後の男が透明な保護板を開いた。
「そっちは選外だ。死んでも搬送に影響はない」
男の指が赤い操作部へ伸びる。左側区画へ繋がる配管の表示が点灯し、ミナのいる室内で短い警告音が鳴った。
「ガス系統! 天城、操作させないで!」
天城は男と制御盤の間へ踏み込んだ。殴れば男ごと盤面を潰せる距離だったが、拳ではなく開いた手で男の指を掴み、操作部から引き剥がす。
「選外、ねぇ」
指の関節が軋み、男の顔から血の気が引いた。それでも天城は折れる直前で力を止めている。
「数字を付けて捨てれば、自分が殺してねぇ顔をできると思ったか?」
「俺たちは判定結果に従っているだけだ!」
「だから悪人にもなり切れねぇんだよ。自分で選んだ覚悟もねぇ奴が、他人を選外にするな」
天城は男の腕を制御盤から外し、床へ伏せさせた。後頭部を踏まず、肩と肘だけで抵抗を封じる。
その背後で、盾へ拘束された前衛の一人が片腕を抜いた。狙ったのは天城ではなく、昇降機から上層へ伸びる有線通信だった。
「ケーブルを守ってください」
綾乃の指示より先に、天城は足元の電撃棒を踵で弾いた。回転した棒が男の手首へ当たり、切断具が床へ落ちる。
「俺たちの帰り道に触るんじゃねぇ」
天城は四人の位置を見渡した。前衛二人は盾と索に絡まり、後衛一人は壁際で両手を縛られ、制御担当は床へ伏せている。骨を折らず、意識も奪わず、誰も制御盤と通信線へ手を伸ばせない状態だった。
「四名制圧。ミナ、左側を」
『内側のガス弁は閉めた。でも扉の鍵がこっちから開かない』
綾乃は制御盤の表示を確認した。赤い操作部はガス放出、隣の灰色の操作部は左側区画の解錠に割り当てられているが、誤操作時の連動までは分からない。
「零士、回路を確認できますか」
『有線越しに表示は見えとる。灰色だけ押せ。赤と黄色には触るな』
綾乃が灰色の操作部を押すと、左側の隔壁が開いた。ミナは内部にある二台の搬送台を一台ずつ通路へ押し出す。
二人とも手足を固定され、腕には外された注入針の跡が残っていた。一人は目を開けているものの声を出せず、もう一人は浅い呼吸を繰り返している。
意識のある一人は、武装した番人と白髪の天城を交互に見て呼吸を乱した。綾乃は記憶や判断へ触れない範囲で《情動抑制》を使い、状況把握を妨げる過度な恐怖だけを弱める。縛られた指先から少しずつ力が抜け、視線がミナへ戻った。
「助けに来たよ。今は喋らなくていいから」
ミナは明るさを残した声で告げながら、拘束具が皮膚へ食い込まない位置まで緩めた。完全に外すのは、搬送時の出血や身体反応を上層の小春が判断してからだった。
『映像を寄せてください』
上層にいる小春が状態を確認し、初期処置具の使い方を綾乃へ指示した。呼吸の弱い一人へ補助具を装着し、もう一人の拘束を緩めても、すぐに歩かせてよい状態ではない。
「二人とも生存。上層搬送を優先します」
綾乃が決めると、天城はさらに奥の通路から意識を外した。逃げる敵の気配も、閉じた扉の向こうに続く動きも捉えているが、今追えば二人の救出と三人の帰還条件を捨てることになる。
「奥へ行くのは、こいつらを上げてからだな」
「はい。拘束者四名は下層へ固定し、制御盤を封鎖。最初の便で救出者二名と私たち三名が戻ります」
「こいつらが逃げたら?」
「逃げられないようにしたのは、あなたです」
天城は盾と拘束索に絡んだ四人を見て、否定しなかった。奥へ進む欲求より先に、搬送台の取っ手を両手で一つずつ掴む。
綾乃が制御担当の端末を回収すると、画面には氏名ではなく三つの処理結果だけが残っていた。
『選外 二』
『搬送継続 一』
残る一件は四十一分前に奥の区画へ送られている。なぜ二人が外され、一人だけが先へ進んだのか、その基準は端末にも記録されていない。
天城は「選外」の二文字をしばらく見た。施設も人間も違うが、名を消し、使えるかどうかだけで命を分ける冷たさには覚えがある。それでも自分の過去を語って理解を求めることはせず、端末から制御担当へ視線を移した。
「搬送継続の一人はどこだ」
天城が制御担当へ問う。男は床に伏せたまま、痛みと恐怖の中で首を振った。
「俺たちには結果しか来ない。誰が決めてるかも、奥で何をするかも知らない」
「使えねぇ番人だ」
天城は男を蹴らず、二台の搬送台を昇降機へ押し込んだ。開いたままの奥の通路には、新しい車輪跡が一本だけ続いている。
選ばれた一人は、まだその先にいた。
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