56 市場に来た理由
「なにを買うんですか」
莉央が早足で市場に向かう花音に聞く。
「出汁を作る材料」
「出汁……ですか?」
「そう。出汁茶漬けを作ろうと思って」
「なんでお茶漬けなんですか?」
「オルビスや料理長が、今まで食べたこともない料理が食べたいって。それなら和食でしょう。本当はお味噌汁にしようかなと思ったんだけど、お味噌は絶対に手に入らないでしょ。でも出汁だけだったら、煮干しとか昆布の代替品ならあるかもしれないから」
莉央は、「はぁ」と納得したような、でもやっぱり納得できないというような顔で莉央について行く。
市場の中をぐるぐると歩いていると、奥の奥のほうに魚介を扱っているお店を見つけた。
そこで二人が出汁がとれるような食材を探していると、店頭にいた女性が声をかけてきた。
「なにか探しているの?」
「はい。魚を固くなるまで天日干しにしたものとか、海藻を乾燥させたものとか、そういう食材はありますか?」
花音は、欲しいものの名称をなんと言っていのか分からないため、できるだけ分かりやすい説明で伝える。
「うーん。そうね……。そのまま調理して食べるものではないけど、保存食として乾燥させたものだったらあるわよ。半日ぐらい水につけて柔らかくして、その身をほぐしてスープの中に入れて、野菜と一緒に入れて煮ると独特の風味が出て好きな人は好きよ」
そう言うと、足元から小さな箱を取り出した。
中には、手のひらより少し小さなカチカチに乾燥した魚が入っていた。
それを見た花音の瞳が輝く。
「あ! これ! 莉央見て。これだったら、煮干しの代わりに出汁がとれそうだよね」
出汁を自分でとったことにない莉央は、なんと返事をしていいのか分からず、とりあえず笑顔でうなずいた。
「これください。十匹ぐらいでいいかな」
「あと、海藻ならこれはどう?」
お店の人が今度は、幅は手のひらぐらいで長さが三十センチほどの乾燥はしているが、まだ少し柔らない緑色の海藻を奥から持ってきた。
「これは食材ではないんだけど、さっきの魚もそうだけど、取ってきた魚をこの海藻に包んで保管しておくとおいしさが増すのよ。これはまだ使っていないから、よかったらあげるわ」
「えっ。いいんですか。ありがとうございます」
花音は乾燥した魚と海藻を受け取り、大事そうに持っていた袋にしまった。
「あら! その袋は……」
「あ……。ご存知ですか?」
「もちろんよ。宮殿の料理人たちが食材の買い付けの時に使う袋だわ。ということは、あなた宮殿の料理人なの?」
「いえ。料理人ではありません。知り合いの知り合いが宮殿の料理関係者で……」
「まあ、そうなの。でもうれしいわ。うちで宮殿に関係している人が食材を買ってくれるなんて。これって市場で店を出している者にとっては、すごく名誉なことなのよ。それでと、袋の横に書いてある番号を控えさせてね。この番号を宮殿に伝えると、認定証がもらえるのよ。それを店頭に貼れば、宮殿のお墨付きのお店っていうことになって、お客さんが増えるの。ありがたいわー」
「そうなんですか。知らなかったです。それで、おいくらですか?」
「あら、お代はいらないのよ。この袋の番号を宮殿に言えば、あとで宮殿からお代が支払われるの。そんなことも知らないで、この袋を持たされたの? あはは。おもしろいわね。あなた」
女性にそう言われて、花音は顔を赤くした。
そして
「今度、これを使ったスープを持ってきますっ」
と言って、店をあとにした。
莉央は、花音とお店女性とのやり取りを不思議そうな顔でながめていた。
(あの袋……。オルビスさんがなにか市場で買うものがあったら、これに入れてくださいね、ってくれた袋だ。そういう理由があったんだわ。オルビスさん言ってくれればよかったのに)
市場のある広場から宮殿に向かう乗り合い馬車の中は、花音と莉央の二人きりだった。
買い物袋を抱えほくほく顔の花音に莉央が質問を投げた。
「花音さんって、今回の任務とオルビスさんたちとの料理作り、どっちに力を入れているんですか?」
「えー。なんでそんなこと聞くの?」
「だって、今日だって重要な日なのに、まずは市場に行って食材を探すって……。どんな食材を買うのか気になって一緒に来たんですが、乾燥した魚と海藻って……。これってそんな重要な買い物なんですか? 任務と同じぐらい大事な要件なんでしょうか?」
莉央の質問に、花音は一瞬ふっと笑ったが、すぐに真面目な顔になりこたえる。
「任務もこっちもどっちも大事よ。オルビスや料理スタッフから信頼を得ることがどれだけ重要か莉央分かってる? 欲しい情報を得るためには信頼がどれだけ大切か。相手が必要な情報を渡すことができれば、自分が知りたい情報が必要になったとき、助けてもらえるかもしれないのよ」
「必要な情報のため……。そうなんですね。なんとなく分かりました」
莉央は納得したような表情で花音を見た。
そして言葉を続けた。
「私は花音さんがオルビスさんのこと好きだから、オルビスさんがよろこぶことをしているのかなってちょっと思ってました。違ったんですね」
莉央のその言葉を聞いて、花音がヴェっっと変な声をあげた。
「なに言ってるの? そんなことあるわけないじゃない。仕事しに来てるの。ここには。さ、着いたわよ」
馬車からおりた花音と莉央は、荷物を持って厨房室へと向かっていった。




