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40 震える階段

「どんな歌詞だったんですか? 覚えているんですか?」


莉央はなんの意図もなく聞いた。

するとオルビスは、右手をひらひらひらと左右にふって答える。


「曲はほとんど忘れました。歌詞は……。最後のほう、なんだっけかな」


そして、あやふやな記憶を探りながら、ある言葉を口にし出した。


 つきのしずくは いずこより。

 ほしのこたえは だれにあり。

 きえるひかりを つなぐとき。

 もどらぬものが あらわれる。


「確かこんな歌詞だった気が……。忘れるなって言われていましたが、忘れました。はは」


するとロザリオが慌てて言った。


「その歌はここでは歌ってはいけないのではなくて?」


「いや。歌うなとは言われていましたが、歌詞を言うなとは言われていませんでしたので。しかも言い伝えです。祖母も笑って言っておりましたので。ご心配なくロザリオさま」


その時、急に階段の正面にいた莉央がおりかの腕を引っ張った。

手が震えている。


「なに、どうしたの莉央?」


莉央は声を出さずに、三段目と四段目の階段の間にある、後ろをふさいでいる板のような部分を見て、という視線をおりかに送る。


おりかがそこを見ると……。

その部分がかすかに振動しているのだ。


(動いてる……)


これは階段を正面から見ている二人にしか分からない。


おりかは直感で、これをオルビスに見られてはまずいと思い、花音に声をかけた。


「か、か、花音。その、あの、さっきオルビスさんが言ってた『パスタ』がちゃんとできているか、シェフに確認しにいったほうがいいんじゃないの? 私も食べるのちょっと不安だし。確認してきてほしい。おいしいランチ食べたいし」


「え、行っていいの? ここにいなくても大丈夫?」


「うんうん。大丈夫! 確認お願い!」


するとオルビスも

「いいんですか?」

とうれしさと期待の表情で聞いてくる。


「ぜひぜひ。私のスケッチはもう少しかかりそうだし、ロザリオさまがフォローしてくださるって言ってくださったし」


「え? わたくし?」


おりかは眉間にしわを寄せ、ロザリオに向かって口をパクパクして、合図を送った。

ロザリオは、なにを言っているのかは分からなかったが、オルビスを遠ざけたいことは察知したようで、オルビスに言った。


「あ。そうね。わたくしがいるので大丈夫よ。オルビス、花音を厨房へ連れていってあげて」


「はい! ランチ楽しみにしていてください!」


オルビスと花音は、スキップするような軽やかな早歩きで厨房へと向かっていった。



二人が見えなくなり、まわりに誰もいないのをすばやく確認すると、ロザリオが二人のほうを向いて聞いた。


「それでなんなのかしら」


「ロザリオさま。階段のあそこが動きました」


おりかが三段目と四段目の階段の間を指さす。

莉央は怯えたようにおりかの腕につかまっている。


「動いた?」


ロザリオは状況がよく分からないという顔で、指をさされた所を見る。


「なにも動いていないわよ」


「今は動きが止まりましたが、さっきオルビスさんが歌詞を言った時、確かにあそこが動いたというか、震えているというか、小刻みに振動していました」


ロザリオが、その動いていたという部分に近づき手で触れてみる。


「ただのかたい板だわ」


「でも、あの時は本当に動いていたんです……。本当に……」


莉央の泣きそうな声に、ロザリオは困ったわという顔で、どう答えていいのか言いあぐねていた。


「ちょっと確認させていただいてもよろしいでしょうか」


どこにいたのか、セイラがすっと現れて階段の各段の間の板のような部分を確認し始めた。


「ロザリオさま、この三段目と四段目の間、たたいてみると若干ですが音が違うように思います」


その言葉に、ロザリオ、おりか、莉央の三人は顔を見合わせた。


おりかは階段にいるセイラの隣に行き、まわりに人がいないことを確認すると、バッグから『ブルートス』を取り出し、なにかを描き始めた。

そして描いたものをみんなに見せて言った。


「これはハンマーです。これでたたいてみたほうが、音の違いが分かると思って」


おりかとセイラのそばに、ほかの二人も寄ってきた。。


おりかはハンマーをセイラに渡し、受け取ったセイラはそのハンマーで階段の間の部分をたたく。

まずは一段目と二段目の間。次に四段目と五段目の間。その音にほかの三人は耳をすます。


次に、問題の三段目と四段目の間をたたく。

そしてもう一度、一段目と二段目の間、次に四段目と五段目の間と繰り返す。


しばし沈黙の時間が流れた。



「確かに微妙に音が違うわ」


音を確認したロザリオが言った。


「はい。私も違うように感じました」

おりかもそう言って神妙な顔でロザリオの言葉にうなずく。


「……音が違うと……どういうことになるんでしょうか……」

莉央は状況がつかめていないようで、おどおどしながら聞いてきた。


「三段目と四段目の間の部分に空洞が空いている可能性があります」

セイラが階段から視線を外さずに答える。


その時だった。

階段の上から誰かがおりてくる気配がした。


セイラはさっと階段からおり廊下の隅へとさがる。


ロザリオは階段をおり、何事もなかったように優雅なたたずまいですっと姿勢を正し階段横に立つ。


おりかは慌ててスケッチブックを持ち、階段に座ったままスケッチをしているふうを装った。


莉央は、おりかの後ろに隠れるようにくっついてた。


階段をおりてきたのは、皇太子妃クラリスだった。

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