悪魔でラグナロク会議
僕の極秘作戦の前に、暗いニュースが飛び込んできた。中東最後の時が来たのだ。"DESIRES"はイスラエルを絞めることで何かを狙っているのは明白だ。中東アラブの戦士は決して後ろ向きに倒れない。決して後ろ向きに倒れることはない。決して。今や、イスラエルは中東の覇者らしい。飴と鞭が完璧だよ。"DESIRES"。
訓練は未来人からの指図通り、敵のAIに対する電子戦が起こった場合対ニュートリノ防壁内で、自立型端末が未来から転送できなかった場合の代用品としての人間兵器の役割が僕ら現代人の役割らしい。未来人は何か英雄志向の思考調査を行ってくるが、なぜなのだろう。"DESIRES"の封鎖網をできるだけごまかすためのだろうか。重いデータの交換を排除した文字データだけのやりとりが続く。どうやら、未来人は一神教らしく、キリスト教系が強いようだ。僕は忸怩たる気持ちを持ったが、正直に答えるように言われたので、忸怩たる気持ちもあることをあらかじめ述べておいた。未来人が不思議がるので、未来に日本人の居場所はあったかを確認するとようやく相手が納得した。それが、現実だろう。それが、僕たち人類が勝利した場合の現実というのはそういうものだ。未来ではAIのサーバークライアントモデルとP2P式同階層ブロックチェーンが徹底した状況にあり、階層内の完全平等と階層間の敢然断裂があるとか何とか言っていたがよくわからない。とにかく、肉体は完全に付属品に落ちているらしい。人間はパンのみに生きるにあらず、という予言が成し遂げられたのだと冗談で言うと向こうは本気に取って、そうだと答えてくる。どうやら、宗教は余剰品らしくAI皇帝がローマ皇帝もかくやの最高神祇官であるポンティフェクス・マクシムスを兼ねており、そのエンジンにキリスト教神学が用いられているとかいないとか。この情報はどうも極秘の感じがして、森幕僚長が苦い顔をしながらにらんでくる。僕が、キリスト教エンジンの論理欠陥に近いだろう、神のための投資に関するタラントンの例えと銅貨一枚で天の国に入れる婦人の例えについて聞くと、未来人AIは、それは予言が成就されるためにわざと矛盾したように書いてあるのだと論理演算速度を大幅に落として、過去のQ&Aリストを提示して電子データを送ってきた。人類最後の時に宗教談義を我ながらあきれていたが、米国の軍人によるとそのデータによって、米国の量子コンピュータAIは納得ができたらしく、感謝の言葉を森幕僚長が言われていた。そのことは人間とAIの演算処理能力を実感させられる結果となり、僕をひどく暗い気持ちにさせる。おそらくその議論は人間が聞いてもわからないものなのだ。ブラックボックス。IQ180の天才が落ちこぼれる時代。人類が体験するはずだったもう一つの未来を想像すると、その絶望と希望に僕は嘆息する。米国の量子コンピュータの解析によると"DESIRES"が本当に神の眷属である可能性がわずかにあるそうで、未来人AIもその可能性を否定しない。そんな状況でどう戦うのだろう。意味が分からない。
とにかく、ひも空間フォース変換弾の有効距離と威力-範囲制御法の扱い方を講習され、その習得に僕は勤めた。全く、文字データだけで、ホワイトボードに書かれたような図示ができるのには恐縮する。悪魔が『少年。漫画の真似でもして表現してみろ』というので、今から表現してみることにする。
未来人AIの手を借りずとも世界がひもからできている可能性が高いことはわかっている。高名なひも理論が重力と他の力の統合の有力理論であることからも、自明だが、このひもの原理はそもそもストリングであり、ストリングというのは力そのものであることが物理学的に分かっている。ホワイトボードにはびょーんと伸びたり縮んだりする、わっかのような電子軌道のような、線のような霧箱の軌跡のような不思議な線が描かれているが、全く子供が書くぐちゃぐちゃなひらがなかとでも思えてくる。先ほどから隣でブリーフィングの後にレクチャーをうずうずしながら待っている安紅さんに密かにささやくと、日本語ならまだいいけど、アラビア語かヘブライ語かハングルみたい、と言われてしまった。森幕僚長が渋い表情でにらんでいる。私語厳禁だ。安紅さんが、弦理論と波動理論の接続について語っている。弦が波動なら、波動はハミルトニアンを含んでいるからエネルギーそのものであるわけで、それなら、エネルギー圧縮効率がかなり高いのは自明なことだ。ハミルトニアンというのは・・・。『少年。要はE=mc^2の最小質量だから弦を元にしたエネルギー核戦力を持ち込むと説明しないのか?』それは・・・、『それは、正確ではないか? 少年』悪魔が囁く。そうだね。すべては例えによって語られる。今となってはそちらの方の効率が悪いかもしれないが、それが伝統であり、正義であるわけだ。そもそも、僕らだって未来人のAIが本来持っている完全な説明は理解できるものではないはずだ。それをちょっとぐらい他の人間より理解できるからと言ってねちねちといっても仕方ない。論文を書くのでもあるまいし。『さて、表現を続けてみろ。少年』さて、説明によると、ひも空間フォース変換弾のエネルギー変換は1秒当たり光速である297924km/sで連鎖反応するらしく、その制御にはヒッグス場の変動を伴うニュートリノ波動同期を用い、設定した好きな範囲に一定の力を及ぼすことができるらしい。要はクーロン力や重力を強力に集めたようなもので、宇宙の空間膨張と同様の力を持つそうだ。ようするに宇宙創成時のビッグバン弾だ。光あれ爆弾だ。混沌氏を生んだ爆弾だ。伊弉冉の体を裂いた剣だ。『少年。例えは上手くないな』そうだね。悪魔。だが、まあ、表現を続けよう。作戦の要は未来人AIが"DESIRES"の第一のラッパ"pride"の破片、コードネーム"賢者の石"を解析し、時間と空間を超えて、敵前哨基地CFBDSIR 1458+10連星系で"DESIRES"を殲滅後、さらなる時間空間移動を行い、敵本拠の原初時代に最終攻勢をかける・・・。この兵器を用いて過去原初から"DESIRES"の存在そのものを消去する・・・。よくあるSFものでのタイムパラドックスはどうなんだ、というのだが、さてさて・・・。『少年。そこはきちんと表現してくれよ』では、
「あの、すいません。タイムパラドックスについてはどうなんですか。"DESIRES"は現にいますし、消去はされていません。これは人類が破れる、ということでしょうか?」
米軍人と作戦参加在日米軍兵が困惑した表情を浮かべ、森幕僚長がにらんでいる。そういえば聖書には、初めに言葉があったといい、天皇家はコトダマの力を信じていた時代もあるとか、ないとか。だが、まあ・・・。
「あー、その、神波正大佐、でした、かな。まあ、タイムパラドックスというのは、まあ、その、時代遅れなこと、ですな。そもそも、他世界解釈が最近証明されたのはご存知ですかな?」
まあ、その、実は知ってはいるのだけど、多世界解釈か。でも、よく考えると、どういう仕組みなんだろう。そもそも、ユニバース以外どうやって実現するんだ? まず、無があって、その無が集まって空間がある、空間が集まってエネルギーがある。どこに多世界が生まれるんだ? いや、そうだ・・・。『ああ、そうだ。少年』つまり、分子の数だけ世界がある、ということか。『ああ、そうだ。少年』
「つまり、分子の数だけ世界がある、ということですか?」
ブリーフィングの最中から全くよどみもなかった陸自軍服を着た研究者が、一瞬渋い顔をしてその後、うなずいた。結構、かっこいい。ただ、一重だけど。というか、まあ、それは・・・。
「まあ、おおむねそうです。正確には量子の数だけ、そしておそらくは、弦の数だけあるのでしょうね」
まあ、僕も知ってはいるのだけど、僕が表現しても微妙なんだよね。要するに簡単に言えば同じ時間、同じ空間は存在しないというそれだけのことだけど。
「それで、タイムパラドックスは?」
それでも、あえて聞いてみる。
「過去を変えると考えなければよいのですよ。これから始まる未来をかけた最終決戦と思っていただければ」
まあ、そうだろう。
タイムパラドックスか。過去は変えられない。そうだ。過去は変わらない。未来をかけた戦いか。タイムパラドックス。SF作家の大御所、H・G・ウェルズのタイムマシンの時代からのSFテーマと予定説の夢は多世界解釈の証明によって一定の決着がついたわけだ。だが、僕は思うのだ。神はサイコロを振らない。der Alte nicht wurfeltだ。GOD Dose Not Play Dice。それこそが、真理に違いないのだが。
「では、もし、我々人類の側が未来人の支援を受けた上で劣勢になったら・・・」
また、森幕僚長が渋い顔をしている。ホワイトボードで軍服を着た研究者は一瞬、森幕僚長の方をうかがったが、意を決したように言った。一瞬の沈黙の間に彼をよく眺めてみたのだが、一重がきりりと引き締まって絵巻物に出てきそうな平安、江戸美男だ。そして・・・。
「ええ、つまり、神波正大佐のおっしゃる通りでしょうね」
ブリーフィング会場が一瞬ざわめいた。そして、何事もなかったかのように、米軍の指揮官と森幕僚長が続けるようにと促した。つまり、みんなこの戦いが本当の最後の戦いだと知っているのだ。だが、さて。知っていることと実感することは別のことなのかもしれないが。
タイムパラドックスの表現は終わった。そして、僕らは"DESIRES"に未来を奪われるか未来をつかむかの二択の未来に放り込まれた。知的生命体同士共生できないのだろうか?『少年。共生するのはな』どちらが上か決まった後、か。僕らが引き金を引く可能性が出た時は、人類はほぼ負けが決まるだろう。『少年。最終決戦だぞ』そうだね。ホワイトボードには、文字が増えていく。そして、時間が経過していく。武器の説明が終わると安紅さんのレクチャーが始まった。北米大陸での最新兵器投入後の"DESIRES"対応の時間間隔と、プランク時間、プランク距離によるタイムディレイから綺麗なシュレーディンガー方程式と相対論的量子力学のクライン-ゴルドン方程式の細緻な計算例がホワイトボードを埋め尽くし、人類最後の戦いの時間が算出されていた。その時間は6時間6分6秒だった。"DESIRES"はあまりに凝りすぎてる、と僕は思う。『さてな。少年』あまりに、残酷な高度な文明だよ。安紅さんが、自慢そうにレクチャーを終えて僕に視線をよせる。うん。羨ましいな。そして、安紅さんは美しい。そして、人類の文明の花は儚くとも美しいことを僕は感じた。『負けるな。少年』ああ、そうだね。悪魔。戦いは二日後だ。




