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第60話 冒険者登録の実技訓練⑤「ひふみの祝詞とレオンの異変」

「しょうがないから、ガリオさんから習ってみるよ」


 「しょうがないって何だよ」とガリオは苦笑する。そして、自分の右膝(みぎひざ)をパンッと(たた)くと、明るい表情で言い放った。


「よし、じゃあ早速(さっそく)服を全部()いで、上だけ(はだか)になってもらおうか」

「───ッ! 変態変態へんたあああああああああいッ!」


 パアアアンッ!


◇◆◇◆◇◆◇◆


 左頬(ひだりほほ)に真っ赤な紅葉(もみじ)を作ったガリオが、憮然(ぶぜん)とした顔でレオンを見ている。

 一方のレオンは、気まずそうな表情をしているものの、(かたく)なに謝罪(しゃざい)拒否(きょひ)してガリオから顔をそむけていた。

 そんな二人の間で、ティフォーネが苦笑(くしょう)しながら仲裁(ちゅうさい)を図ろうとする。


「ガリオ様。いきなり(はだか)になれって言われたら、誰でもびっくりしますよ。レオンさんも悪気(わるぎ)があった(わけ)じゃないですから、許してあげてください」

「……確かに、俺のほうにも()があったことは認める」


 自分がレオンよりも一回り以上年上(としうえ)であることを思い出したガリオは、ガシガシと頭をかくと、渋々(しぶしぶ)頭を下げた。

 レオンは頭を下げる彼をチラリと横目で見ると、少しだけ溜飲(りゅういん)を下げる。


「ま、まあ、僕も少しやりすぎたかもしれない。でも、ガリオさん。二度とあんなデリカシーのないことは言わないでくれよ」

「デリカシー? よく分からないが、気を付けよう」


 緊迫(きんぱく)した空気が(うす)れたことに、ティフォーネは満足そうに(うなず)いている。そして、ガリオのほうに向き直った。


「それで、ガリオ様。レオンさんに何をさせたかったんですか?」

「あ、ああ。俺が白魔法(しろまほう)の先生から教わったことだ。レオン、全部脱げとは言わないが、上半身だけでも薄着(うすぎ)になれないか?」

「ムゥー……」


 レオンは女の子のように(ほほ)(ふく)らませて、上目遣(うわめづか)いでガリオを(にら)んでいる。

 何故(なぜ)そんなに(にら)まれるのか分からなかったガリオだが、彼が薄着になることは必要なことなので、その視線(しせん)から逃げずにレオンを見つめ返す。


 しばらく(にら)み合いが続いたものの、先に()れたのはレオンだった。

 彼はハーッと大きなため息を吐くと、視線を()らしてコクリと首を縦に()る。


「……分かった」


 そう言ってレオンは、(あざ)やかなグリーンのジャケットと中に着ていた(うす)いブルーのシャツを()ぎ捨てる。

 手袋なども外すと、上半身が()い緑色のTシャツ1枚になったレオンがそこに立っていた。

 彼は、まるで胸を(かく)すように左手で自分の右肩を(つか)み、少し顔を赤くして下を向いている。


 ()ずかしそうにしているレオンを見ていると、何故(なぜ)かガリオのほうも気恥(きは)ずかしい気分になってくるのであった。

 「コホンッ」とティフォーネの咳払(せきばら)いが聞こえ、ガリオはハッと我に返る。


「じゃ、じゃあレオン。床に座って、背筋(せすじ)をシャキッと伸ばしてくれ。後ろ向きで(かま)わない」

「あ、ああ」


 レオンはホッと安心したような息を吐くと、ガリオに背を向けて正座(せいざ)する。

 そして彼は、言われたとおりに背筋(せすじ)をピンと伸ばした。後ろで(たば)ねた金髪は、前に流している。

 綺麗(きれい)姿勢(しせい)で正座しているレオンのすぐ後ろに、ガリオが歩み寄った。

 スラッと伸びた彼の白い首筋(くびすじ)を見て、ガリオは少しドキドキしてしまう。


「『ひふみよいむなやこと』」

「ひふ……何て言ったんだ?」

「先生の受け売りになるんだが、『ひふみよいむなやこと』というのは、魔力回路(まりょくかいろ)活性化(かっせいか)させる白魔法の呪文(じゅもん)のことだ」


 ガリオはレオンの背後(はいご)から、右手の指先で彼の体を、頭のてっぺんから順番(じゅんばん)にスーッとなぞっていく。


「ひ、火の精霊。ふ、風の精霊。み、水の精霊。よ、土の精霊。い・む、(やみ)の精霊。な、(みな)の精霊。や、宿(やど)(たま)え。こ・と、(いの)りの言葉。そういう意味らしい」

「な、なるほど。くッ……はぁ……」


 ガリオの指先が()れた場所が次々と熱くなる感覚(かんかく)に、レオンは(こら)えきれずに息を()らした。

 しかし、そんなレオンの異変(いへん)をよそに、ガリオはジッと集中して()り返し呪文を(とな)える。 


「ひふみよいむなやこと、ひふみよいむなやこと───」


 レオンの耳に、ガリオの言葉はもはや届いていない。彼は、自分の体の中をぐるぐると(めぐ)っている熱い魔力(まりょく)の流れを、ただただ感じているのだった。

 ティフォーネは両手で顔を(かく)しているものの、指の隙間(すきま)からしっかりと二人の様子を(のぞ)いている。


 後ろから見えるレオンの白かったうなじが、大分(だいぶ)紅潮(こうちょう)してきたのを確認して、ガリオはずっとなぞっていた手を止めた。


「───ひふみよいむなやこと。レオン、どうだ? 魔力の流れをちゃんと感じたか?」


 一方のガリオの顔も、少し赤くなっていた。

 レオンの汗で湿(しめ)ったTシャツの背中から立ち(のぼ)る、まるで女性から感じるような汗と甘い香りにクラクラしていたのである。

 ゆっくり振り返ったレオンの顔を見て、ガリオの胸がドキッと(さら)高鳴(たかな)った。


 彼の表情は少しボーっとしたように(ほう)けており、何故(なぜ)か青い瞳がうるうると涙ぐんでいる。

 そして、紅潮した顔に()れた金髪が()り付いていることも(あい)まって、中性的(ちゅうせいてき)なレオンから(なま)めかしい雰囲気(ふんいき)(ただよ)っていた。

 正座をしていたレオンの姿勢も、今は横に手をついて(くず)れており、ハァーハァーと息も上がっている。


「だ、大丈夫か?」


 何も言わないレオンに、心配したガリオが思わずその綺麗(きれい)な顔に手を伸ばそうとする。

 すると、少し正気を取り戻したレオンが、キッとガリオを(にら)みつけた。ただ、その視線は先ほどまでに比べたら、弱々しくなっている。


「が、ガリオさん。僕に一体何をしたんだ。体の中がいきなり熱くなったぞ」

「ああ。それなら問題ない」

「も、問題ないって……」

「全身に()り巡らされた魔力回路の中を、勢いよく魔力が流れたことで、一時的にレオンの体が活性化(かっせいか)した証拠(しょうこ)なんだ。驚いただろ?」

「あ、当たり前だッ! いきなりあんなことになったら、驚くに決まってるだろッ!」


 (なか)(おこ)ったように(さけ)ぶレオン。しかし、まだ体に力が入らないため、ガリオに()め寄ることができなかった。

 ガリオは効果があったことに一安心(ひとあんしん)し、フーッと大きなため息を吐く。


 先ほどの施術(せじゅつ)は、ある程度(ていど)心を開いている者同士で行わなければ、効果(こうか)がないと先生が言っていたからだ。

 レオンの体が活性化したということは、彼が自分のことを信頼(しんらい)している証左(しょうさ)なのだ。

 その事実に、ガリオはレオンの頭の上に、ポンと右手を乗せる。


「さっきの施術(せじゅつ)()り返して、レオンが自分の力で魔力回路の循環(じゅんかん)を高めることが出来れば、白魔法の習得(しゅうとく)に1歩近づいたことになる。残り5日間だと、それが精一杯(せいいっぱい)になるだろう」

「……また明日もやるのか?」


 ガリオの手を()り払う元気もなく、レオンは()すがままになっている。ただ、その表情は満更(まんざら)でもないようにも見えた。


「ああ。白魔法を習得するためには、必ずやっておかなければならないことだ」

「……しょうがないな。僕が強くなるためだ」


 明らかに強がっているようにしか見えないレオンに、ガリオとティフォーネは顔を見合わせて、クスッと苦笑(にがわら)いするのだった。

次話は、明日の夕方5時に投稿します。

第61話 冒険者登録の実技訓練⑥「レオンの夢とパーティへの不安」


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