第58話 冒険者登録の実技訓練③「ルシア隊長の思惑とレオンの不満」
ガリオの脳裏に、出会った頃のヤギュウ師匠の言葉が蘇る。
「もし───」
「えッ?」
ガリオの真剣な眼差しを見て、レオンの顔に一瞬怯えたような影が走る。
ルシア隊長は二人の表情の変化を見ながら、静かに事の成り行きを見守っていた。
「───もし、君がくそったれな人生にケリをつけたいなら、俺がその手助けをしてやるよ……出来るかもしれない」
◇◆◇◆◇◆◇◆
冒険者登録初日のガリオたちの最後の講義は、ティフォーネたち黄色クラスの担当だった。
講義中は執事服から普段の軽装備に戻ったガリオだったが、彼の前には、何故か木剣を構えるルシア隊長が立っている。
黄色クラスの若者たちは、ジッと固唾を飲んで二人の立ち合いを見守っていた。
「じゃあ、これが最後ね」
「……は、はい」
ニコリとルシア隊長は微笑むと、グッと体を低くして木剣を後ろに引き絞る。
無詠唱の『身体強化』をかけているガリオだったが、ルシア隊長の攻撃する瞬間を見失わないように、ジッと意識を集中した。
「シッ!」
「───ッ!」
ルシア隊長の姿がブレたを思った瞬間には、ガリオの目の前に3本の木剣が迫っていた。
神速の3連突き。
到底、迎撃など不可能だった。
ガリオは必死になって、最初の2本を木剣で受け流す。3本目は───
「───くッ!」
「ピュー」
この3連突きを受けるのも3回目になると、ガリオもその速さに多少は慣れてきたこともあった。
彼は体を後ろに半回転させて、最後の突きをなんとか躱すことに成功する。
口笛を吹いて余裕を見せるルシア隊長に対して、ガリオは上段から木剣を最速で振り下ろした。
「ぬんッ!」
「残念でした」
ガリオの目の前にいたルシア隊長の姿が、一瞬で掻き消えた。ガリオの木剣は宙を切り、無防備な姿を晒すことになる。
そして、死角からガリオは左肩にガツンッと衝撃を受けた。
「がはッ!」
激痛が全身を襲い、彼は地面に跪いてしまう。ガリオの顔には汗が滝のように流れて、吐く息も荒く、しばらく立ち上がれそうになかった。
「いやあ、楽しかったねえ、ガリオ君」
「ゼェー、ゼェー」
そんなガリオとは対照的に、ジョシュアからタオルを受け取ったルシア隊長は、朗らかな笑みを浮かべてガリオを見下ろしている。
彼は講義の終盤になって急に、「剣術の見本を見せよう」と言ってガリオと木剣を交えたのだった。
ガリオのテストの時、実はルシア隊長はかなり手を抜いていたらしい。
剣の振るわれる速度、一瞬の隙を狙う鋭さ、そして多彩なフェイント。それら全てが前回の3割増しになったルシア隊長に対して、ガリオは手も足も出なかった。
結果、大勢の若者たちが見ている前で、彼はボコボコにされてしまったのである。
さすがのティフォーネも、苦笑いして見ているしかなかった。
「ガリオ様、大丈夫ですか?」
「ゼェー……あ、ありがとう」
ティフォーネからタオルを受け取ったガリオは、多少フラフラしながらもなんとか立ち上がった。
そんなガリオに、ルシア隊長が爽やかな笑顔で歩み寄ってくる。
「とっても貴重な放課後の稽古の時間を、レオン君に譲ってあげたんだ。これくらいはいいよね」
「レオン君?」
事情が分からず、首を傾げるティフォーネ。
するとジョシュアが、苦笑いしながら補足する。
「白色クラスにいる金髪の青年のことですよ。昼休みに少しあって、ガリオさんがレオン君の修行をつけてあげることになったんです」
「ああー。あの人ですね」
───ティフォーネちゃーんッ!
───行かないのー?
遠くで黄色クラスの女の子たちが、ティフォーネのことを呼んでいた。
その声を聞いたティフォーネは彼女たちのほうに向き直ると、両手を合わせて「ごめん」とウインクして軽く頭を下げる。
その様子を見た彼女たちは、お互いに顔を見合わせて肩をすくめると、「バイバーイ」「また明日ねー」と手を振りながら立ち去っていった。
貴族でもあるローグライト子爵と談笑しているティフォーネを、無理に誘うことは彼女たちには出来なかったのである。
「ティフォーネ、行かなくて良かったの?」
「はい。私もちょっとレオンさんのことで、気になることがあったので」
「えッ!」
何故かジョシュアが驚いたような声を上げた。彼は少し焦ったような顔をして、ティフォーネのほうをチラチラ見ている。
ルシア隊長はフーッとため息をつくと、息を整えているガリオのほうを向いた。
「じゃあ、そろそろ私たちは行くよ。ガリオ君、あとは頼んだからね」
「は、はあ……」
ルシア隊長はガリオの肩を軽くポンポンと叩くと、顔をガリオの耳に近づけた。
その顔には、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべている。
「ボルドの件といい、今回の件といい、ガリオ君には期待してるからね」
「……? はい」
ガリオは彼が自分の何に期待しているか分からなかったが、ひとまず頷いておいた。
そしてルシア隊長は、フッと少しだけ笑うと、手をヒラヒラさせて協会の中へ戻っていった。
その後ろを、ジョシュアもバタバタと慌ててついていく。
広場に残されたガリオとティフォーネは、彼らの背中をしばらく見つめていた。
「これから体育館に行くけど、ティフォーネも来るのか?」
「もちろんです」
「……分かった」
ニコッと魅力的な笑みを返されて、ガリオはフーッと肩をすくめる。
彼らが冒険者協会の建物の外側をぐるっと回って体育館に歩いていくと、入口のところにレオンが一人立っているのが見えた。
その表情からは、ガリオから指導を受けることへの不満がありありと見える。
「待たせてすまない、レオン君」
ガリオに呼びかけられて、レオンの整った顔が少し歪む。彼はハーッと大きなため息を吐いて、背の高いガリオを見上げるように睨みつける。
「……レオンと呼び捨ててくれ。あと、僕はまだガリオさんのことを認めたわけじゃない。明日もあなたから稽古をつけてもらうかどうかは、今日僕が決める」
見かけに寄らず、強気な姿勢を見せるレオンに、ガリオは内心気を引き締め直した。
彼に自分の技術をきちんと伝えるためには、今日の稽古を間違う訳にはいかないからだ。
「ああ。俺の持っている技術は、契約精霊を召喚できないレオンの役に立つだろう。だから、レオンも俺にしっかりついてきてくれ」
「……フンッ」
ガリオの瞳の奥に真摯な光が宿っているのを見て、レオンは少し恥ずかしそうに顔を横にそむけた。
するとガリオの後ろから、ティフォーネがひょっこりと顔を覗かせる。
「レオンさん、初めまして。ティフォーネです」
「レオンです……どうして黄色のクラスにいた君が、ガリオさんと一緒にいるんだ?」
「ガリオ様には、ブングラスの町から護衛してもらっているの」
「……ガリオ様?」
レオンの顔がガリオのほうを向く。その視線は、まるでガリオを軽蔑するかのようだった。
「ガリオさんは、どうして雇用主の彼女に『様』付けで呼ばせているんだ……まさか、そういう危ない趣味を持つ変態なん───」
「だあああ! 誤解だ、誤解ッ! 俺はちゃんと最初に断ったんだッ! だけど、彼女がそう呼びたいっていうから仕方なく───」
レオンから白い目で見られて、ガリオのさっきまでの威厳はどこかに行ってしまい、泡を食って彼の見解を否定する。
慌てふためくガリオの横から、ティフォーネがレオンの目の前にススッと近付いた。そして、彼の全身をジロジロ見回す。
「……な、なんだよ」
「レオンさんは、どうして男の人の格好───」
「うわあああああああああ!」
今度はレオンが突然慌てて大声を出して、ティフォーネの口を右手で塞いだ。
そして、そのまま彼女をガリオから離れた所に引っ張っていく。
残されたガリオは、訳が分からず、呆然とその場に立ち尽くすのだった。
次話は、明日の夕方5時に投稿します。
第59話 冒険者登録の実技訓練④「白魔法と変態ガリオ」
※「面白かった」「続きが気になる」と思って頂けましたら、評価するボタン(☆☆☆☆☆)を押してもらえると嬉しいです。レビュー、感想もお待ちしております。
※作者の連載を書き続けるモチベーションが上がります!
※毎日投稿していますので、ブックマークすると便利です
※活動報告もチェックしてもらえると嬉しいです




