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「どういうことなの?説明してよ、リィン!」
「こいつ等だよ」
リィンは足元の巨人殺しの死骸を蹴飛ばした。
「こいつ等は巨人族のような大型クリーチャーに寄生するんだ。巨人が口にする水や食料から体内に侵入し、臓腑を喰い荒らす」
「うへぇ……エグい」
「それを踏まえて、だ。巨人殺しはここで何をしていた?」
「そりゃ、大型クリーチャーを待って……あれ?」
「ここに水や食料になる物はない。そもそもこのダンジョンの通路の大きさじゃ、大型クリーチャーは入ってこれない」
「じゃあ、なんで……」
「すでに寄生しているとしたら、どうだ?」
「んん?」
ポポンが首を傾げる。
「いま俺達がいるのが、ダンジョンと化した大型クリーチャーの体内だったら、ってことだよ」
「……」
「……」
「……」
「……なんか言えよ、ポポン」
「……じゃあ、言うけど。ありえないと思うよ?自分で何言ってるかわかってる?」
「また常識人ポポンが出てきたな」
「だって!」
「わかってるさ。俺だっていつもならそう考える。でも、ここは常識では計れないダンジョンだ。そうだろ?」
「……経験則で判断しない、だったね」
「そうだ。そこでこのダンジョンが生き物だと仮定して、当てはまるクリーチャーはいないか調べた」
「そんなのいる?」
「これだ」
リィンは“クリーチャーポケット図鑑〈保存版〉”の開いたページをポポンに見せた。
――ルフ鳥
岩石の巨鳥。
不死鳥のなれの果て。
山に比する体躯を持つ。
体組成のほとんどが石であるため、その体は硬く、重く、脆い。
飛行可能だが、羽ばたくたびに落石を引き起こすので災害クリーチャーに指定されている。
飛行により破損した体は、岩などを口から取り込むことで修復する。
休息時は岩山に擬態する。
「岩山、巨大生物、飛ぶ……ぴったりだね」
「だろ?」
「でも、クリーチャー自身がダンジョンになんてなれる?」
「わからない。だが、条件は満たしていると思う」
「条件?」
するとリィンが三本、指を立てた。
「はい、ポポン君。ダンジョン三大要素を述べなさい」
「はいっ!えーと、えーと……クリーチャー、罠&仕掛け、宝箱!」
「正解!良く出来ました!」
「えへへ」
ポポンは照れくさそうに後頭部を掻いた。
「クリーチャーは巨人殺しだ。もしかしたら、宝石ダマシもクリーチャーに入るかもしれない」
「罠は……あの岩がぶつかり合う部屋かな?」
「この部屋の流砂罠もな。岩が運ばれる仕組みも仕掛けと言えるだろう」
「あれ?でも宝箱は見てないよ?」
「それだ」
リィンはポポンのヘソの辺りを指差した。
隠し持った栄光石で、ポポンのお腹はぽっこりと膨らんでいる。
「鉱脈に隠された極上の宝石。十分に宝箱と判定され得る」
「そうなの?別に箱じゃなくてもいいんだ?」
「価値があるものが隠れていることが大事だ」
「そうなんだ……ん?」
ポポンが急にキョロキョロと見回し始めた。
「なんだ?」
「流砂罠、増えてない?」
「なにっ!?」
今度はリィンが辺りを見回す。
「……増えてる、な」
「だよね!?」
「おっと」
リィンの足元がふいに崩れ、サラサラと砂になって滑り落ちていく。
みるみるうちにすり鉢状になり、新しい流砂罠が出来上がった。
「俺達を消化しようとしてるのか?」
「そんな!ぐずぐずしてないで逃げよう!」
「だな。このままでは、足場がなくなる」
そう言うなり、リィンは大部屋の反対側へと移動し始めた。
かなりの早足で移動する彼に、ポポンが慌ててついていく。
「リィン、こっちでいいの?」
「ああ」
「もいちど風虫タバコ使ったほうがよくない?」
「大丈夫だ」
「もう!なんで急に自信満々なのよ!」
するとリィンは足を止め、ポポンを振り返った。
「いいか、ポポン。ここがルフ鳥の体内なら、俺達がいるのは消化器官だ」
「消化器官……入り口が口で、通路は……食道?」
リィンがこくりと頷く。
「消化器官なら基本、一本道だろ?」
「そっか!」
「もたもたしてたら俺達まで消化されかねない。あの鹿の石像のように」
「あっ!」
ポポンが口を両手で隠す。
「あれってまさか!」
「迷い込んだか、岩と一緒に食われたか。どちらにしても、ああなるのは避けたい」
「やだやだ!早く逃げよう!」
ポポンは駆け出し、リィンを追い越していった。
しばらく先を走り、そして振り返る。
「リィン、どっち!こっち!?」
「真っ直ぐだって。つーか、わかんねーなら前に出るなよ」
リィンはため息交じりにポポンを追い越した。
「ほんとに出られるんだよね?」
「ああ」
「ほんとに、ほんと?」
「しつこい!消化器官なら出口あるだろ!?」
「えっ。……それって」
二人は流砂罠を躱しながら、ようやく部屋の反対側に辿り着いた。
壁にぽっかりと穴が空き、その奥にまた通路が続いている。
今までの通路と違うのは、床や壁、天井全体が、奥へ奥へと勝手に動いていることだ。
リィンは小石を拾い、通路へ投げた。
床に落ちた小石は、凄まじい速度で通路の奥へ消えていった。
「消化できなかった異物を強制的に外へ排出する仕掛けか」
「ねぇ、リィン……」
「脱出したい俺達にすれば、願ったり叶ったりだ。行くぞ、ポポン!」
「リィンってば!!」
「ッ、いきなり大声だすなよ。なんだよ、ポポン」
「……うんちってこと?」
ポポンの問いに、リィンが首を傾げる。
「あん?」
「私達、うんちになって外に出るってこと?」
「あー……ま、そうなるな」
するとポポンは上半身を激しく揺すって、強い抗議の意思を示した。
「やだやだ、そんなのやだ!」
「何が嫌なんだよ」
「うんちやだー!」
「別に消化されてないし、流れていってポンと出るだけだろ」
「やだー!うんちになったことあるなんて知れたら、お嫁に行けなくなる〜!」
「うんちうんちうるせえ。行くぞ!」
「ぐすん。うんちやだ……」
「っと、その前に」
「なによう」
リィンは素早い動きでポポンの服の中に手を突っ込んだ。
「きゃっ!」
身を固くするポポンだったが、リィンはすぐに手を引き抜いた。
その手には宝石が握られている。
「ライムライトは置いてけ」
「なんで!返してよう!」
取り返そうと手を伸ばすポポンに対し、リィンは宝石を持った手を頭上に掲げた。
「ダメだ。もし、これがこのダンジョン唯一の宝箱だった場合、三大要素が欠けてしまう」
「欠けたら……どうなるの?」
「宝箱無しの状態が続いたら、最終的にはダンジョン崩壊だ。こいつが街や村の上空を飛行中だったら、大惨事になる」
「あうう……」
それでも未練たらたらのポポンが見守る中、リィンはライムライトを持って振りかぶった。
「流砂罠に投げ込めば、動物のように壁に吸収されるだろう。そうすれば、また宝箱として認識されるはずだ」
するとポポンがリィンの腕に組みついた。
「待って待って!」
「諦めが悪いぞ、ポポン!」
「宝箱って中身はライムライトじゃなくてもいいよね?私のお財布投げるから、ライムライトは持って帰ろうよ!」
「論外だ」
「なんで!」
「ポポンがここの迷宮運営者になる可能性がある」
「……えっ」
ポポンの動きが固まる。
「唯一の宝箱が、ポポンの持ち込んだ財布になるかもしれない。つまり三大要素のうちの一要素をポポンが満たすことになるわけだ。迷宮運営者がポポンへ移行する可能性は十分にある」
ポポンは顔を青ざめさせ、リィンの腕から手を離した。
すぐさま、リィンがライムライトを放り投げる。放物線を描く宝石を眺め、ポポンは悲しそうに呟いた。
「うう……さよなら、ドレスアーマー。さよなら、夢のセレブ生活……」
「借金塗れの身でよく言うよ。さあ、今度こそ行くぞ!」
リィンとポポンは息を合わせ、動く通路へ飛び込んだ。
その速度に立っていられず、二人とも尻もちをつく形で床を滑り始めた。
「わわわ、急流下りみたい!」
「勢い強いな。壁にぶつかるなよ!」
右へ左へ蛇行しながら、凄まじい速度で滑っていく。
「これ、どこまで続くのー!」
「そりゃあ、尻だよ!ルフ鳥の尻から出るんだから!」
「鳥さんのお尻から出るなんてやだー!」
「またそれかよ!」
「お嫁に行けないー!」
「黙ってりゃいいだろ!」
「初夜でバレるでしょー!?」
「ああん?初夜?」
「穴ドワーフは、結婚初夜に膝突き合わせてあらゆる秘密を告白しなきゃいけないの!」
「知らねえよ、そんなローカルルール!」
「肛門やだー!」
「肛門言うな!俺まで決意が揺らぐ!」
「……尻だけに?」
「うるせえっ!!――見えたぞ!」
リィンの目が通路の奥の陽光を捉える。
陽光はあっという間に視界を白く染めていき、そして――。
「うおおっ!」
「きゃああ!」
リィンとポポンは勢いよく、宙に放り出された。
一瞬どこにいるかわからず、遅れて目の前の白いもやが雲だと気づく。
「高い、高いーっ!」
「頼む、来てくれ!」
リィンは願いを込めて、指笛を鳴らした。
雲間に響く、甲高い音。
二人が雲を抜けて地上を目の当たりにしたとき、願いは叶った。
「いい子だ、ビロード!」
二人の落下より速いスピードで飛来したのは、ロランとビロード、二頭のヒッポグリフだった。
リィンとポポンはそれぞれのヒッポグリフに掴まり、鞍へと登った。
ポポンはむぎゅうっ、とロランに抱きつく。
「ありがと、ロラン……」
ひとしきり礼を言ったあと、ポポンはビロードの横にロランを並走させた。
「危なかったねー。脱出はルフ鳥が着陸するまで待ったほうがよかったのかも?」
しかしリィンは彼女に目を合わせず、しきりに上空を見回している。
「……どこだ?」
「なにが?」
「ルフ鳥だよ」
「そういえば……雲の中?」
「そう思って探してるんだが……ッ!下か!」
二人が視線を下方に向ける。
ルフ鳥はいた。
大地を覆い隠さんばかりの大翼を広げ、悠然と飛んでいる。
巨大な頭のわりに小さな、しかしリィンとポポンから見ればやはり巨大な瞳。
その黒曜石のような黒目が、二人をじいっと見据えている。
「もしかして……私が口を怪我させたことを怒ってるのかな」
「……いや、観察してる感じだな。自分の体内にいたおかしな奴は何者か。自分の敵となり得るか、確かめてるんだ」
「そんなに知的なクリーチャーなの?もっと荒々しいの想像してたけど」
「元はどうかしらんが、迷宮運営者なら知的なのは当然だ」
「えっ。ルフ鳥自身が迷宮運営者なの?」
「十中八九、そうだろう」
「そういうことなら!」
ポポンが手綱を返し、ルフ鳥の瞳へと近寄る。
「おい!」
リィンの制止を気にも留めず、ポポンはルフ鳥の目の前に移動した。
そうして懐を探り、ダンジョン工務店のチラシを取り出した。
「私達はダンジョン工務店!決して迷宮運営者さんの敵ではありません!お困りの際は、何なりとご用命下さいませー!」
ルフ鳥はすうっと目を細め、それから視線を前方へと移した。
そして大翼をひとつ羽ばたかせると、大空の向こうへ滑空していった。
「文字、読めんだろう?」
いつの間にかポポンの横に来ていたリィンが言う。
「でも、意図はわかってくれた気がする」
小さくなるルフ鳥を眺めつつ、ポポンはそう言った。
「そうだとしたら……ルフ鳥から依頼くるのか?」
「きたら面白いね!」
「うーん」
「……ねぇ、リィン」
急に神妙な顔になるポポン。
「なんだ?」
「あのこと、秘密だからね」
「あのこと……ああ、ルフの尻から出たことか?」
「シーッ!それ、他言無用だから!」
「……いい土産話ができたなあ」
「リィン!!」
二人は新たなお得意様候補を、その姿が地平線に消えるまで見送るのだった。
これにて『ルフ・ザ・ダンジョン』閉幕です。
次も、書き上がったらまとめて上げようかなと思っています。




