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 その夜。

 ポポンと冒険者達五人は、ロランワースから離れた森の中にいた。

 焚き火の煙はくねりながら立ち上り、木々の枝葉に当たって夜空に霞んでいく。

 冒険者五人は休息をとる気配もなく、たき火を囲んで談笑していた。


「それにしても考えたな、ミゲル。ダンジョン工務店の人間にダンジョンの案内をさせるなんてよ」


 ミゲルと呼ばれた茶髪の男は、照れを隠すように酒瓶をあおる。


「なあに。ちと、思いついただけさ」


 その言葉とは裏腹に、ミゲルの顔には得意げな笑みが浮かんでいた。


「こいつは昔っからこういう悪知恵が働くんだよ。なあ、ミゲル!」


 右の頬に大きな傷のある男が、ミゲルの肩に手を回して彼を揺さぶった。


「でも……よく信じましたね?」


 眼鏡の男がミゲルに問う。


「ダンジョン工務店の噂は私も聞いたことはあります。でも、正直与太話だとしか思ってませんでした。今もあの娘が工務店の人間かは半信半疑です」

「ま、そうだろうな」


 ミゲルはそう言ってまた酒瓶をあおり、それから口元を拭った。


「ダンジョン工務店の噂の出所は、街の外れに貼られたチラシだ」


 顔の下半分が髭に覆われた男が大袈裟に頷く。


「それなら俺も見たことあるぜ!南区の潰れた道具屋の裏の壁に貼られてんだよな!」

「ああ、それだ。……だが知ってるか?あのチラシはロランワースだけでなく、あらゆる街に貼られているんだ。その街の、誰が通るんだよって辺鄙(へんぴ)な場所にな」

「へえ。そいつは知らなかったぜ」


 髭の男はさして興味なさそうに相槌を打つが、眼鏡の男がミゲルを鋭く見た。


「……そうか。ミゲルは元々、南からロランワースに渡ってきた流れの冒険者でしたね。その道中でチラシを目にしてきたってことですか」

「その通り」


 ミゲルが酒瓶を持った手で、眼鏡の男を指差す。

 一人だけ寝転んでいた、長い黒髪をポニーテールに結んだ男がボソリと言う。


「行く先々で目にするチラシ、か。イタズラにしては手が込んでる」

「そうだ、ラジリ。そうなんだよ」


 そう言って、ミゲルは酒瓶を地面に置いた。

 彼の目に映った焚き火の炎が、ゆらゆらと揺らめく。


「初めてチラシを見つけたのは、たまたまだった。暇な奴もいるもんだ、とそのときは思ったよ。だが流れの冒険者を始めて、街を転々として……その行く先々にチラシを目にするんだよ。いつしか自分から探すようになってたな。ちょっとした宝探し気分さ」


 眼鏡の男が続きを促す。


「それで、どの街にもチラシがあったというわけですか?」

「すべてじゃない。だが、俺が見つけられなかっただけだろうと思う。なにせ、田舎の農村にまであったからな」

「それは……異常ですね」


 眼鏡の男が考え込む。


「俺の結論はこうだ」


 ミゲルが四人の顔を見回す。


「ひと一人で貼って回れる範囲じゃない。加えて、ラジリの言う通りイタズラにしては手が込みすぎてる。あのチラシは、必要があって組織的に貼られたものだ。……ならどう考えるのが自然だ?」

「ダンジョン工務店は実在する、か」


 ラジリと呼ばれたポニーテールの男の言葉に、ミゲルは満足そうに頷いた。


「だが、あの嬢ちゃんがそうだとはイマイチ信じられんなあ。もっとこう、凶悪な顔してる奴がやってそうなもんだが」


 髭の男の台詞に、ミゲルが頷く。


「俺だってそうさ。だが、案外こういうものなのかもしれん」

「こういうもの?」

「俺達冒険者は何者だ?ダンジョンに挑む勇敢な者だ。じゃあ、ダンジョン工務店の人間は?迷宮運営者(ダンジョンマスター)に媚びへつらって生きる卑怯者だ」

「おいおい、言い過ぎじゃねえか?嬢ちゃんが泣いちまうぞ?」

「いいさ。泣きが入ってくれたほうが、言うことを聞かせやすいってもんだ。……それより、手に入れたお宝の使い道を考えようぜ?」

「おいおい、気が早えなミゲル!」

「俺は綺麗な姉ちゃん侍らせてえ」

「私は家を建てたいですねえ。書斎のある、一軒家を」

「それより迷宮運営者(ダンジョンマスター)をいかに倒すか、考えるのが先じゃないか?」


 ポニーテールの男の言葉に、他の四人は一瞬静まり返る。


「……ハハッ!ラジリ、お前こそ気が早いな!」


 髭の男がそう言うと、ラジリは真顔で首を振った。


「倒せばダンジョン制覇者、だぞ?一生食うに困らない」

「……確かにな」


 一瞬の静寂の後、ミゲルが切り出した。


「あそこの迷宮運営者(ダンジョンマスター)はどんな奴だ?」

「噂では――」


 冒険者達がまだ挑んでもいない冒険の成果に思いを馳せている頃。焚き火から少し離れた場所にポポンはいた。

 肩からくるぶしまでロープでぐるぐる巻きにされ、地面に転がったミノムシのようになっている。ロープの端は木に結ばれ、逃げられないようにもされていた。

 ポポンは頬を地面につけたまま、ピクリとも動かない。

 ミゲルの言った一言が、今も胸に刺さったまま抜けずに苦しんでいた。


(私達の仕掛ける罠で人が死ぬ。……考えたこともなかった)


(ううん、たぶんわかってはいたんだ。だから工務店の人間か、って聞かれてとぼけたんだもん)


(目を背けてたんだ。何もかも上手くいってたから、考えたくなかった)


 ごろりと体を転がして仰向けになり、木々を見上げる。


(私、人類の敵になっちゃったのかな……)


 枝葉の隙間から夜空が見える。

 星は、ずっと遠くで微かに瞬いていた。


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