25
その夜。
ポポンと冒険者達五人は、ロランワースから離れた森の中にいた。
焚き火の煙はくねりながら立ち上り、木々の枝葉に当たって夜空に霞んでいく。
冒険者五人は休息をとる気配もなく、たき火を囲んで談笑していた。
「それにしても考えたな、ミゲル。ダンジョン工務店の人間にダンジョンの案内をさせるなんてよ」
ミゲルと呼ばれた茶髪の男は、照れを隠すように酒瓶をあおる。
「なあに。ちと、思いついただけさ」
その言葉とは裏腹に、ミゲルの顔には得意げな笑みが浮かんでいた。
「こいつは昔っからこういう悪知恵が働くんだよ。なあ、ミゲル!」
右の頬に大きな傷のある男が、ミゲルの肩に手を回して彼を揺さぶった。
「でも……よく信じましたね?」
眼鏡の男がミゲルに問う。
「ダンジョン工務店の噂は私も聞いたことはあります。でも、正直与太話だとしか思ってませんでした。今もあの娘が工務店の人間かは半信半疑です」
「ま、そうだろうな」
ミゲルはそう言ってまた酒瓶をあおり、それから口元を拭った。
「ダンジョン工務店の噂の出所は、街の外れに貼られたチラシだ」
顔の下半分が髭に覆われた男が大袈裟に頷く。
「それなら俺も見たことあるぜ!南区の潰れた道具屋の裏の壁に貼られてんだよな!」
「ああ、それだ。……だが知ってるか?あのチラシはロランワースだけでなく、あらゆる街に貼られているんだ。その街の、誰が通るんだよって辺鄙な場所にな」
「へえ。そいつは知らなかったぜ」
髭の男はさして興味なさそうに相槌を打つが、眼鏡の男がミゲルを鋭く見た。
「……そうか。ミゲルは元々、南からロランワースに渡ってきた流れの冒険者でしたね。その道中でチラシを目にしてきたってことですか」
「その通り」
ミゲルが酒瓶を持った手で、眼鏡の男を指差す。
一人だけ寝転んでいた、長い黒髪をポニーテールに結んだ男がボソリと言う。
「行く先々で目にするチラシ、か。イタズラにしては手が込んでる」
「そうだ、ラジリ。そうなんだよ」
そう言って、ミゲルは酒瓶を地面に置いた。
彼の目に映った焚き火の炎が、ゆらゆらと揺らめく。
「初めてチラシを見つけたのは、たまたまだった。暇な奴もいるもんだ、とそのときは思ったよ。だが流れの冒険者を始めて、街を転々として……その行く先々にチラシを目にするんだよ。いつしか自分から探すようになってたな。ちょっとした宝探し気分さ」
眼鏡の男が続きを促す。
「それで、どの街にもチラシがあったというわけですか?」
「すべてじゃない。だが、俺が見つけられなかっただけだろうと思う。なにせ、田舎の農村にまであったからな」
「それは……異常ですね」
眼鏡の男が考え込む。
「俺の結論はこうだ」
ミゲルが四人の顔を見回す。
「ひと一人で貼って回れる範囲じゃない。加えて、ラジリの言う通りイタズラにしては手が込みすぎてる。あのチラシは、必要があって組織的に貼られたものだ。……ならどう考えるのが自然だ?」
「ダンジョン工務店は実在する、か」
ラジリと呼ばれたポニーテールの男の言葉に、ミゲルは満足そうに頷いた。
「だが、あの嬢ちゃんがそうだとはイマイチ信じられんなあ。もっとこう、凶悪な顔してる奴がやってそうなもんだが」
髭の男の台詞に、ミゲルが頷く。
「俺だってそうさ。だが、案外こういうものなのかもしれん」
「こういうもの?」
「俺達冒険者は何者だ?ダンジョンに挑む勇敢な者だ。じゃあ、ダンジョン工務店の人間は?迷宮運営者に媚びへつらって生きる卑怯者だ」
「おいおい、言い過ぎじゃねえか?嬢ちゃんが泣いちまうぞ?」
「いいさ。泣きが入ってくれたほうが、言うことを聞かせやすいってもんだ。……それより、手に入れたお宝の使い道を考えようぜ?」
「おいおい、気が早えなミゲル!」
「俺は綺麗な姉ちゃん侍らせてえ」
「私は家を建てたいですねえ。書斎のある、一軒家を」
「それより迷宮運営者をいかに倒すか、考えるのが先じゃないか?」
ポニーテールの男の言葉に、他の四人は一瞬静まり返る。
「……ハハッ!ラジリ、お前こそ気が早いな!」
髭の男がそう言うと、ラジリは真顔で首を振った。
「倒せばダンジョン制覇者、だぞ?一生食うに困らない」
「……確かにな」
一瞬の静寂の後、ミゲルが切り出した。
「あそこの迷宮運営者はどんな奴だ?」
「噂では――」
冒険者達がまだ挑んでもいない冒険の成果に思いを馳せている頃。焚き火から少し離れた場所にポポンはいた。
肩からくるぶしまでロープでぐるぐる巻きにされ、地面に転がったミノムシのようになっている。ロープの端は木に結ばれ、逃げられないようにもされていた。
ポポンは頬を地面につけたまま、ピクリとも動かない。
ミゲルの言った一言が、今も胸に刺さったまま抜けずに苦しんでいた。
(私達の仕掛ける罠で人が死ぬ。……考えたこともなかった)
(ううん、たぶんわかってはいたんだ。だから工務店の人間か、って聞かれてとぼけたんだもん)
(目を背けてたんだ。何もかも上手くいってたから、考えたくなかった)
ごろりと体を転がして仰向けになり、木々を見上げる。
(私、人類の敵になっちゃったのかな……)
枝葉の隙間から夜空が見える。
星は、ずっと遠くで微かに瞬いていた。




