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 ユグドラシル樹海。

 世界樹にほど近い、美しい泉。

 鏡のような水面に、裸の少女が赤毛を漂わせながら浮かんでいる。

 ときおり吹く風が草葉をかさかさと揺らし、泉を渡って彼女の頬を撫でる。


「はー。いい気持ちー」


 ぷかりぷかりと浮きながら、ポポンはため息を漏らした。

 思いついたように右手の小指を耳に突っ込み、抜いた小指を眺めて顔をしかめる。


「やだなあ。まだ泥が出てくる」


 小指の泥を泉で洗い、青空を見上げる。


「水浴びもいいけど、久しぶりに熱ーいお風呂に入りたいなあ。……ここってお風呂ないのかな?」


 ふと、相棒のエルフのことが頭をよぎる。


「……リィンはお風呂どうしてるんだろ」


 ポポンは、彼が水浴びに行くところを見たことがなかった。かといって、何週間も風呂に入らないタイプだとも思えない。


「リィンのことだから、自分専用のお風呂とか持ってそう。きっと窓際にあるよね、リィンの家って景色良いから。……ようし、行ってみよっと!」


 ポポンは体をひっくり返し、激しい水しぶきを上げながら岸辺へと泳いで行った。

 陸に上がると急いで体を拭き、服を着る。

 そしてその足で世界樹を上り、リィンの暮らすペントハウスまでやって来た。

 バルコニーに人影はなく、小屋の中にもリィンの気配はない。


「リィーン、いるー?リィーン?」


 繰り返し声をかけるが、やはり反応はない。


「いない……留守かな?」


 背伸びして窓から小屋の中を覗いてみるが、リィンの姿は見えない。


「留守じゃ仕方ない。帰ろ……」


 世界樹の幹に巻き付くように設置された螺旋階段へ、ポポンはとぼとぼと歩き出す。

 だが階段を下りる一歩手前で、ピタリと足を止めた。


「もしや……これはチャンス?」


 ポポンはにんまりと笑うと、勢いよく階段を駆け下りて行った。


 ◇       ◇       ◇


「よいしょ、よいしょ……ふう、到着!」


 再び階段を上って姿を現したポポン。

 彼女の肩の上には、彼女自身がすっぽり収まるサイズの大鍋が担がれていた。

 そしてそんなポポンの後をえっちらおっちら上ってくるモール族達。

 彼らは揃って日光対策のサングラスをかけ、手には普通サイズの鍋が握られている。

 鍋の中には泉から汲んできた水が、なみなみと満ちていた。


「お嬢、ほんとにやるんですかい?俺達までリィンの旦那に叱られやしませんかね?」

「バレなきゃ平気だよ。心配性ねー」


 ポポンは大鍋をバルコニーの端の、とりわけ見晴らしの良い場所に固定した。


「じゃあ皆の衆、よろしくー!」

「「へーい!」」


 モール族達はリィンの小屋へと入り、かまどに火を起こした。そうして一つずつ鍋を火にかけ、沸いた湯をポポンの大鍋へと移す。

 モール族達が湯気の立つ鍋をせっせと運ぶうちに、大鍋の半分ほどが熱い湯で満たされた。


「おっけー!残りは水のままで持ってきて!」


 ポポンは湯加減を見ながら、モール族の持ってきた水を大鍋に足していく。


「このくらいね……じゃあ皆、回れー右っ!」


 モール族が指示通り背中を向けたのを確かめて、ポポンはその場で服を脱ぎ去った。

 そして大鍋の縁に手をかけ、湯の中へ飛び込む。


「……ぷはーっ!ふひー、極楽、極楽!」


 ポポンは顔を湯で洗い、景色に目をやった。

 眼下には樹海の緑がどこまでも続いている。

 いつの間にか日は傾き、空はオレンジ色に染まり始めていた。

 モール族のリーダー格が言う。


「こいつはいい景色だ。展望風呂ってやつですな」

「最高の気分だよ!私の後で悪いけど、皆も入ってね」

「いや、それは……あっしらは風呂とか入らねえんで」

「そういえば入ってるの見たことないかも」

「モール族ってのはそういうもんでさあ。生まれてこの方、水浴びさえしたことねえ奴もいるくらいで」

「そうなの?……前々から臭うな、とは思ってたのよね。おいで、洗ったげる!」

「ええっ!?遠慮しまさあ!あっしはちょくちょく拭いてやすし!」

「ちょくちょくってどのくらい?」

「あー、えーっと」

「最近拭いたのはいつ?」

「先週、でやしたかねえ……」

「……本当は?」

「……先月。いや、先々月だったかな?」

「やっぱり!ほら、おいで!」


 ポポンは立ち上がり、リーダー格のベルトをガシッと掴んだ。


「お嬢、見えてる!胸、見えてやすぜ!」

「もういいよ。あんた達に見られたって減るもんじゃないし」

「減るほどないでやすしね」

「……」

「……」

「言ったなー!おりゃー!」

「うわーっ!すいやせん、口が滑りやしたっ!」


 リーダー格の謝罪に聞く耳を持たず、ポポンはリーダー格を大鍋へ引きずり込もうとする。


「ぐうっ、相変わらずなんて馬鹿力……ほら、リィンの旦那が来る前に片づけなきゃなんねえでしょう!?」

「リィンなんて私がガツンと言えばそれまでよ!さあ、さあさあ!」

「あうう、堪忍してくだせえ!」


 リーダー格の窮地に、他のモール族達がわらわらとリーダー格の脚ににしがみつく。

 それでもポポンの怪力が勝り、リーダー格の体はじりじり大鍋に引き込まれていく。


「くあーーっ!誰か助けてくれーっ!」

「なによ、それじゃ私が悪役みたいじゃない!」

「みたい、じゃなくて悪役そのものですぜ!」

「なにをー!」

「ヘルプ!ヘループ!リィンの旦那ーっ!」

「呼んだか?」


 ピシリと固まるポポンとモール族達。

 揃ってゆっくり振り返ると、リィンが小屋へ入ろうかというところだった。


「あっ、りっ、リィン!いつの間に帰ってたんですね!?」

「声が裏返ってますぜ、お嬢!」


 慌てふためく一同を眺めつつ、リィンはポツリと呟いた。


「見えてるぞ?」

「おっ、お見通しということでございましゅかっ!」

「違う、お嬢!胸、胸のことだ!」

「へっ?……きゃあっ!」


 リーダー格のベルトから手を離し、大急ぎで湯船に沈むポポン。

 その反動で大鍋がぐらりと傾く。


「あれっ?おっとと……うわ、あっ……きゃあああぁぁぁ!」


 大鍋は底の丸みが災いし、ポポンもろともバルコニーから転げ落ちていった。


「あーっ、お嬢ーッ!」

「大変だ、お嬢が落ちたー!」

「ロープ!ロープ!」

「もう遅え!ほら、地面で大の字に!」

「ああっ!死ぬな、お嬢ーッ!」


 慌てふためくモール族達を見つめ、リィンは再び呟いた。


「ったく。騒がしい連中だ」


  ◇       ◇       ◇


 その夜。

 ポポンは柔らかな草むらに横たわり、星を眺めていた。

 満天の星達が語りかけるように瞬いている。


「ここにいたか」

「あっ、リィン。……さっきはごめんね?」

「構わないが。怪我は?」

「ん、ちょこっと擦りむいただけ」

「どれだけ頑丈にできてんだよ、お前の体」

「大怪我するよりいいでしょ?」

「まあ、な」


 リィンはポポンの横に腰を下ろした。


「……仕事には慣れたか?」

「ん~、ぼちぼち?でも、ここの暮らしは気に入ったよ!」

「そうか?」

「うん。だって、ほら!星が掴めそう!」


 そう言って、ポポンは両腕をいっぱいに空へと伸ばす。


「そうだな」


 リィンもごろりと寝転び、ポポンと同じように星空を眺めた。


「明日の仕事は?」

「休みだ。明日は罠に使う道具や材料を仕入れに行く予定で……お前も来るか?」

「うん、行く!」


世にも珍しい、泳げるドワーフ

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