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9.俺には役者の才能があったんだなぁ

 練習の間、知佳のことをよく観察することにした。


 知佳はやはり部員のことをよく見ているし、何より真面目だ。基礎練から一切手を抜かずに取り組んでいる。その姿はとても格好いいし、誰に見せても恥ずかしくない背中だと思う。愚痴ばかり言っている美玖とは大違いだ。


 練習後、知佳がみんなと一緒に帰り支度を始めた時は、あれ? と目を疑った。居残りで練習をするはずでは? そもそも俺と話す予定は?


 そうか。


 キャプテン辞退を考え直したから俺と話す必要がないのか。それならそれで、昨日の心配が杞憂に終わってよかった。


 と安心したのも束の間、みんなが部室へ向かった後にスマホを見てみると、



 居残り練習の件、みんなにばれたくないので、いったん帰るふりをします。

 監督は体育館の前で待っていてください。



 というメッセージが届いていた。


 なぜそんなことをしなければいけないのだろう。あれか。他人には努力を見せたくないのか。それに誰か一人でも居残り練習につき合うことになったら、そもそもキャプテンについての話ができないもんね。


 体育館の前で、いや、から始まる二文字を考えながら知佳を待つ。体育館の中からはバレー部顧問の怒号が聞こえてくる。怒号。怒り。碇。いかだ。イカゲソ。真剣に考えているのに、BGMが怒鳴り声だからいけないんだ。ってかどれだけそれっぽい言葉が見つかっても、それが正しいのかを判断するすべはないのだ。


「あ、なべっち駅まで一緒に帰ろー」


 声のした方を向くと、こちらに向かって歩いてきている美玖が手を振っているのが見えた。美玖の隣には柚香も睦月も、当然知佳もいる。


 しまった。


 声を掛けられてしまった。


 最初に抱いた感情はそれだったが、じわじわと嬉しさが込み上げてくる。昨日は夏希さんを勧誘するという目的があったおかげで校門まで五人で歩くことができた。けれど今日は何もない。しかも駅まで一緒に帰っていいんだ、そこまでの関係性になれたんだと、距離がさらに縮まったような気がしてにやけてしまう。思わず勢いで手を上げて肯定の返事をしそうになった。


「そっか。今日はダメだったな」


 そう独り言ちて顔を引き締めたが、また堪えきれずに笑みが零れてしまった。


「なべっち? どうしたの?」


 知らぬ間に近くまで来ていた美玖が覗き込むようにして俺の顔を見つめてくる。ふぁあ! 驚いて、情けない声を上げながらたじろいでしまった。練習着であるジャージをそのまま着ているのに、やはり汗臭さは感じない。いい匂いがする。


「そんな驚く? あ、私に何か隠し事してるんじゃ」


「いや、別に」


「そっか。じゃあ一緒に帰れるねー」


「え?」


 決定事項のように言われ、思わず訊き返してしまった。知佳の方を見やると、気まずそうに俯いている。


「えっ? って何?」


 美玖はどこか不服そうに唇を尖らせている。


「昨日も一緒に帰ったじゃん。早く帰ろーよ、お腹空いたー」


 美玖は俺の返事を待たずに校門に向かって歩き始める。おいおいと思ったが、他の三人も美玖の後に続いたので、成り行きで俺もついて行ってしまう。


「昨日は夏希さんの勧誘っていう名目が」


「ってか私、今日練習すっごく頑張ったと思いませんか?」


 いきなり話題が変わる。女子高生特有の現象にはもう慣れた。ここは逆らわず話を合わせていくのが定石である。


「まあ、みんな頑張ってたな」


 美玖以外は言わずもがなだが、美玖自身もぐちぐちと文句は言いながらも手を抜いていたわけではない。


「ですよねー。監督のお墨つき貰っちゃった」


 にやりと不敵な笑みを浮かべた美玖は、胸の前で両手をぱしっと合わせた。


「あ! そういえば商店街の中にすごい美味しいメンチカツの店があるんだって。誰か奢ってくれないかなぁ」


 ちらちらとこちらに期待でいっぱいの瞳を見せつけてくる美玖。なるほど。そういうことか。本人は完璧に議論誘導したつもりなのだろうが、小学生でももっとましな理由を考えるだろう。圧倒的に幼稚だった。逆にそれはそれで、一生懸命に自分の気持ちを伝えようとする幼子を見ているようで、心がじんわり暖まる。ここは監督として気前のいいところを……じゃなかった。


 知佳との約束があるから無理なんだ。


「おっ、いいねーそれ。そこの店の鳥皮も追加で」


 睦月も乗っかって来るとは想定外だ。


「待て待て、俺はまだ買うとは」


「ケチな男はモテないって、色んな人から聞きますけど?」


 もはや力業でごり押そうとする美玖は、意味ありげな顔をして頭の後ろで両手を組む。片目だけ開けてこちらを試すような顔で見つめる。


「監督ってそんなケチな男じゃないですよね。さっきもすごく頑張ったって言って」


「あ!」


 校門を出てすぐにある横断歩道の前で、知佳が美玖の言葉を遮った。あまりに突然だったので、俺を含めた五人の足が一斉に止まる。


「知佳どうしたの?」


 美玖の問いに、知佳は視線を右往左往させながら、


「……私、体育館に忘れ物した」


 若干棒読み感は否めなかったが、まあ、これを生かさない手はない。さすがキャプテン! 頼りになるぅ! この波に逆らわず、俺も何とか知佳の機転にうまく乗っかれないかと考え、即行動に移す。


「知佳。それは本当か?」


「はい」


「俺、体育館の鍵かけちゃったけど」


 どうだこの見事な演技と、整合性は。完璧なアドリブ力を見せつけてしまったようだ。お世辞にもうまいとは言えない知佳の演技をカバーして有り余るほどだろう。内心で胸を張る。


「仕方ない。とりあえず急いで取りに行くぞ。俺が鍵を開けるから」


「そうですね」


「じゃあ私たちここで待ってるから早くしてねー」


 と何故か満面の笑みの美玖は、ふわわーと大きな欠伸をする。


 そうか。普通に考えたら忘れ物を取りに帰るくらいだったら待つよな。


「ごめん、みんな。その忘れ物、ちょっとどこに置いてるか分からないから時間かかりそう。だから先に帰ってて」


 知佳ナイス。これならみんなも帰ることに納得する。鍵を開けるという俺の使命も残ったままだ。


「え、だったら私たちも手伝――」


 そうなるよな! もうお終いだ!


 柚香が協力を申し出ようとしたのを見て、万事休すと頭を抱えたちょうどその時、


「そっか、じゃあまた明日ね」


 美玖がそっけなく言ってひらひらと胸の前で手を振り始めた。もちろん俺と知佳に向けてだ。その後で美玖はにやにやとしながら柚香と睦月に一度ずつ視線を向ける。


「ああ」


 ぼそりと呟いた睦月はいわくありげな笑みを浮かべて、


「そだね。じゃあ私たちは先に帰っておこうか」


 よかった。睦月の表情は気になるが、帰ることに変わりはないのでよしとしよう。


「え? でも一緒に探した方が……」


 しかし柚香だけは、首をひねって遠慮がちに進言する。


「もう柚香は優しいなぁ。けど夜も遅いしさ。二人に任せて」


 美玖は柚香に抱き着いて耳元に顔を近づけ、こそこそと何かを耳打ちする。


「え……あ」


 柚香はほわりと頬を赤く染める。何? 耳たぶでも甘噛みしたの?


「じゃあ、でも、うん。それは帰らないとだね」


 美玖に押し切られるかたちで、柚香も納得する。


「それじゃあお二人さん。ごゆっくり探してきてねー」


「悪いな。せっかく誘ってくれたのに一緒に帰れなくて」


「いえいえ、お気になさらずに」


 にたっと白い歯を見せた美玖は柚香の手を取って歩き始める。二人の後ろを歩く睦月もからかうような笑みをして、ちらちらとこちらを振り返っている。


「あいつら何で笑ってるんだろうな」


「私にもさっぱりです、でも、そんなことより」


 知佳が俺に向き直って何か言おうとした時、


「今日のことは、パフェぐらいで勘弁してあげますからー」


 美玖が絶妙なタイミングで邪魔をしてきた。何か昨日も帰り際にこんな感じがあった気がする。しかも今日は美玖だけでなく、睦月もしたり顔になってニヤニヤとしながら続く。


「あ、だったらパンケーキも追加でー」


「じゃあ私も、その、チーズケーキで」


 柚香も二人に唆されてしまったようだ。まあ、俺の名演技でだましてしまったお詫びとして、明日だったらいくらでも奢ってやるよ。なんてことを思いながら、帰っていく三人の背中を見送った。

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