第三話〜冒険者になるために〜
父であるヴリトラと死別してから、レイルは一人で旅を続けていた。
ずっとヴリトラと暮らしてきた山の中とは違い、世界にはあらゆる景色が広がっていた。
川のせせらぎが聞こえる清流の音に、広大な草原の絨毯。無限の青空はいくつもの表情を覗かせ、千変万化する天気の移り気は見ていて面白かった。
世界とは、直に見てみると改めて美しいとレイルは感慨に耽っていた。
冒険という名の世界観光を楽しんでいたレイルであったが、このままずっと浮浪者の身でいるわけにもいかない。
レイルは、ある一つの決断を下した。
「……冒険者にでも、なってみるか」
冒険者。それはこのグランパル大陸において、最も自由で危険で、そして夢の溢れる職業である。
冒険者の主な仕事は、魔物の討伐や素材の採取。中には人が足を踏み入れる事のない未開エリアの探索などがある。
高位の魔物を討伐すれば名が上がり、過去には英雄と呼ばれし冒険者たちもいた。
腕っ節一本で、どこまでも高みに登り詰められるのが冒険者だ。
唯一の欠点を挙げるとすれば、よく死ぬといった事ぐらいだ。
危険な魔物を討伐するので、負ければもちろん骸を野山に晒す羽目になる。
危険もなく平穏に暮らすのならばどこかの街で農夫でもやっていればいいのだが、そんな落ち着いた職業はレイルの性に合わない。
レイルとて一人の男児だ。自分の力で、どこまでの高みに登れるか知りたい年頃なのだ。
レイルは、栄誉と死が隣り合わせの冒険者になるのを決めた。
冒険者になるのは簡単で、街にはまずある冒険者たちにクエストを斡旋している冒険者の組合、冒険者組合と呼ばれる所に申請すればいい。
レイルは冒険者の登録をするため、道中で見つけた街に立ち寄った。
「えっと冒険者組合はどこに……あ、あったあった」
四角い建物が多い街の中で、大通りのど真ん中に建っている円形の建物は取り分け目についた。
看板にもデカデカと『冒険者組合』と書かれており、屈強な冒険者たちが出入りしている。
レイルも冒険者の後に続いて、冒険者組合の扉を開けた。
「──おととい来やがれってんだ馬鹿野郎!」
レイルが扉を開けた瞬間に聞こえた怒号、そして眼前からは一人の男がレイルに向かって飛んできた。
圧倒的な反射神経を持つレイルは即座に体を横にして避けると、飛んできた男はそのまま地面を転がった。顔を上げると鼻からは血が流れている。
「女だからって甘く見るんじゃないよアホんだら! あたしを負かしたかったらもっと力を付けて出直してくるんだね!」
おそらく男を吹き飛ばした本人であろう、声からでも覇気が伝わってくる剛毅な女性の声が響いてきた。
そこにいたのは、燃えるような真っ赤の髪を伸ばした美女が立っていた。
まるで燃え盛る炎のように揺らめき波打つ深紅の髪に、激情の炎を閉じ込めたような烈火の瞳の左目は眼帯で覆われ、赤い花のような唇は葉巻を挟んで紫煙を上げている。
スッと伸びたスレンダーな長身であるが、溢れんばかりの女性らしさが垣間見える。特にその豊満な胸は、腕を組んでいるせいで余計に強調されている。
整った目鼻立ちとスタイルは間違いなく美女と呼ぶに相応しい容貌をしているのだが、剛毅な口調と性格から姉御と呼ぶのが最もしっくりくる。
奥からは大勢の男たちが『よっ、姐さん!』やら『流石だぜ姐御!』などと歓声を上げている。
どうやらこのような事は日常茶飯事のようだ。
女性に睨まれ、男は血が流れている鼻を抑えてすごすごと退散した。
「ったくアホんだら共が。……それで、あんたはそんな所に突っ立ってどうしたんだい? 初めて見る顔だね」
「ああ、俺の名はレイル。冒険者の登録をするためにここに立ち寄った」
「そうだったのかい。それじゃあついてきな、あたしが案内してやるよ」
女性に言われるまま、レイルは女性の後ろに続いて冒険者組合の中へと入っていく。
どうやらこの冒険者組合は酒場も兼ねているのか、昼間っから酒を飲んでいる冒険者たちは『お、新しい冒険者志望か?』『若いの! 冒険者になりに来たのか?』と頬を赤くしてレイルを歓迎している。
「あたしはセレノア・スタッシュ。さっきは騒がしくて悪かったね。女のあたしが高ランクの冒険者でいる事を面白く思わない輩がいてね、稀に突っかかってくるんだよ。毎回返り討ちにしてやったけどね」
セレノアから話を聞くと、冒険者にはEからSの6ランクが実力に応じて割り当てられるようだ。
各ランクに準ずる実力は、以下の通りである。
Eランク:新人
Dランク:半人前
Cランク:一人前
Bランク:一流
Aランク:超一流
Sランク:英雄
大雑把ではあるが、以上が各ランクに対する実力の割り当て方であり、セレノアはAランクの冒険者である。
女性の冒険者でAランクに所属しているのは数える程で、しかもセレノアは信頼も厚く冒険者組合の一員としても働いている。
若くして高い地位にも就き、周囲からは面白く思わない輩もいるのだろう。
それでもセレノアは気にする事なく笑っていた。
「さてレイル、これからあんたには冒険者になる資質があるかどうか見極めるわけだけど、腕っ節には自信あるかい?」
「もちろん。自信が無かったら冒険者になろうとは思わないさ」
「そいつは頼もしいね。それじゃ早速、あんたの腕を確かめさせてもらおうじゃないか」
場所は冒険者組合内部の、円形の広場。どうやらここでレイルの実力を調べるようで、いつの間にかギャラリーも集まってワイワイと騒いでいた。
酒を飲んで、レイルが何分持つかという賭けにまで興じている者たちまでいた。
ちなみに最も多かったのが、3分でレイルが脱落するようだ。
「武器は何を使っても構わないよ。剣かい? 槍かい? それとも弓かい?」
「一通りは使えるけど、今回は素手でいかせてもらう」
「そうかい。こっちの準備はできてるから、あんたの好きなタイミングでかかってきな」
「では遠慮なく──」
ダン! っと強く踏み込んでレイルは駆けた。
狙いは鞘から剣を抜いて構えているセレノアに向かって、一直線に。
まばたきにも似た一瞬、レイルはセレノアの間近に迫り、おもむろに拳を振り下ろす。
「──【槌拳】」
「っ!? 【陽炎】」
目の前にレイルが現れた事もそうだが、その振られる拳の危機を読み解いて間に合わないと瞬時に悟ったセレノアは咄嗟に魔法を唱える。
セレノアの読みは、まさしく正しかった。
レイルが振るった拳は空を捻じ切り、その拳圧は触れてもいないのに地面を陥没させた。
たしかにセレノアを目掛けて振るわれたのだが、そこには小さな火が揺らめいているだけ。
レイルから少し離れた所で火が集まり、そこには驚愕の表情を浮かべていたセレノアが立っていた。
セレノアが唱えたのは、火属性の上級魔法【陽炎】。自身を火の性質に変えて物理攻撃を無効果させる魔法だ。
おそらく普通の防御魔法では、例え上級魔法でも無傷では済まなかっただろう。
「……驚いたね。速さや威力の高さもそうだけど、動きに全く無駄がなかった。若いのにたいしたもんだよ」
その言葉に、嘘も偽りもなかった。
騒いでいた周囲はシンと静まり、セレノアは静寂の中で正しくレイルの実力を見抜いていた。
ただの冒険者を志望する若者の実力を調べるだけでセレノアは本気など出さないが、相手のレイルも本気など出していなかった。
しかも、セレノア以上に手加減をしている。
──こいつは、あたしより強い。
それがセレノアが胸の内に抱いた感情であった。
強者に大切な資質の一つが、正確に相手の実力を見抜ける能力である。
若くしてAランクの冒険者になったセレノアは、誰よりも相手の実力を見抜ける能力に長けており、素直にレイルが自身より強いと認めた。
だからといって、このまま負けを認めるのは癪だ。
「『開け極星の天蓋、閉ざせ冥道の門、法衣、外灯、王冠、此れを榛の杖を以って六つの国を敷く、アロウミーナよ日上がれ、人の子は首を垂れよ、其れは等しく平等に降り注ぐ』──【太陽神の日の出】!」
セレノアは銀に輝く剣を高く掲げて、詠唱を始めた。
目の前にいるレイルはたしかに強い。それこそ、Aランク冒険者である自分以上に。
けどそれで潔く負けを認めるような、大人しい性格などしていなかった。
逆に、久しく見る事が叶わなかった強者に出会えて、セレノアは胸に躍るモノがあった。
ならば、文字通り自身の最大火力を見せてやろう。
セレノアの頭上には、煌々と輝いて燃ゆる巨大な炎の塊が顕現していた。
火属性の上級魔法が一つ──【太陽神の日の出】。
太陽と炎を司り、人間に火を扱う術を伝えたとされている太陽神プルタリウスが、初めて人間界に降り立った日を再現したとされている逸話を持つ。
その巨大な炎は万物を焼き、周囲を灰燼に帰す威力が秘められている。事実、冒険者組合内部の壁は炎に触れてもいないのに発火して、ギャラリーとなっていた他の冒険者たちは蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げていった。
「セレノアの姐御! そりゃいくらなんでも殺り過ぎですって!」
「そうですって! そんなのぶっ放したらそこの若い奴なんて影も形も残りませんよ!」
「それどころか冒険者組合が消し飛びますよ!」
他の冒険者たちが必死に止めようとするが、その言葉はごもっともである。
上級の攻撃魔法など、本来は国同士の戦争か強力な魔物を討伐するためにしか使われない魔法であって、個人にたいして使うなど殺し過ぎである。
しかし、セレノアはこれでも足りないと思っていた。レイルを完全に仕留めるためには、今は失われた奇跡である魔導でしか無理だろうと。
何故なら……。
「きっしっし、上級の攻撃魔法か。こいつぁ俺も、無傷じゃ済まねぇか?」
笑っていたからだ。
まるですぐ目の前で、とびきりのご馳走がやってくるのを待っている腹を空かせた子供のように、レイルは口が裂けんばかりに笑っていた。
直撃すれば命がない大魔法が今まさに放たれようとしているのに、レイルは鋭い犬歯を覗かせていた。
未来の大物か、それとも命知らずの馬鹿なのか、セレノアもレイルにつられて笑みを零した。
「あたしも久々の本気さね。全力で打つから……生きるんだよ」
「よし、俺も全力で受け止める!」
強靭な脚力で地面を蹴り、レイルは自らの脚を地面に埋めて受け止める態勢を取った。
これならば、余す事なくセレノアの最大火力を一身に受け止める事ができる。
余裕で不遜とも思われそうなレイルの誠実で粋な計らいに、セレノアは頭上に掲げた剣を下ろした。
──それは、まるで小さな太陽が爆ぜたような衝撃であった。
辺りを一瞬で灰にする強烈な熱波に、耳が使い物にならなくなりそうな程の爆音。冒険者組合を中心にして地面からは衝撃が走り、冒険者組合の天井からは轟々と燃え上がる火柱が伸びて天を焼く。
そこに立っていたのは術者であるセレノアと、もう一人──
「……けほっけほっ。効いたぜおい、燃えるような痛みだな」
空気中に舞う灰に咳き込みながら、レイルも同じく立っていた。
その姿は殆んど無傷であり、頬に僅かな火傷が見られる程度で、革の鎧やロングコートにいたっては焼けた跡すらなく新品同様であった。
竜というのは、物理にも魔法にも高い耐性を持っている生物である。
特に竜の中でも三本の指に入るヴリトラの耐性は他の竜とは隔絶されており、あらゆる魔法を遮断する能力を有している。
傷を付けられるのは、現代では失われた魔法を超えた奇跡である魔導のみ。そしてその鉄壁の防御は、ヴリトラの体から製作された防具にも適用されている。
しかしレイル本人はヴリトラから力を移譲されてまだ日は浅く、まだヴリトラの力を十全に引き出せていなかった。
故に鉄壁の防御は完全でなく、上級の魔法でも火傷が刻まれたのだった。
しかし、頬に刻まれた火傷は急速に回復して、そこには一切の傷跡がなくなっていた。
「まったく、つくづく化け物じみた力を持っているね、あんたは。冒険者として先が楽しみで仕方ないよ」
「それじゃあ、合格って事でいいのか?」
「馬鹿を言うんじゃないよ。まだ試験は続いているんだよ──」
ボッとセレノアの全身を火が包み、その場から消えた。同時に、レイルの背後から真っ直ぐに伸びた銀の一閃がレイルの首を目掛けて襲う。
が、レイルは体を屈める事でそれを回避。
「【鎌脚】」
そして屈んだ体勢から、レイルは飛び上がりその勢いで後ろにいるセレノア目掛けて回し蹴りを放つ。
蹴りと言っているが実際はそんな生易しいものではなく、それは死神が命を刈り取るために振るう鎌であった。
空を切る蹴りは大気を裂き、セレノアの魔法で爆発四散した残骸を切り裂いた。
セレノアは自身を火にして死神の鎌を避けたが、そうしなければ死神の鎌を甘んじて受けて、首と胴が別れを告げねばならなかっただろう。
しかし、これは千載一遇の好機であった。
現在のレイルは、空中で静止して身動きが取れない状況にある。
そこを狙わない筈もなく、セレノアはレイルに向かって剣を突き立てる。
「くっ!?」
セレノアから漏れる、苦悶の声。
なんとレイルは、回避が不可能と悟るやセレノアの剣を掴んだのだ。
向かってきた剣を掴むなど、常識では考えられない行動にセレノアは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
レイルの手を守っている籠手は、父であるヴリトラの鱗から作製されたものである。
その頑強性は上級魔法以下の魔法を遮断し、名剣と呼ばれる斬れ味を誇る剣すら傷一つ付ける事敵わぬ鉄壁の防御。
これを破るには一級の聖剣や魔剣、或いは神々が創り賜うた神具と呼ばれる代物しかない。
残念な事に、セレノアが持っている剣はただの名剣だ。それでも十分に凄いのだが、それではレイルの父の守りは突破できない。
空中でセレノアの剣を掴んだレイルは地面に着地すると、右脚を高く頭上に振り上げた。
「【斧脚】」
そして振り下ろされる、踵落とし。それは地を砕き地面にはクレーターを生み出し、辺りを想像を絶する破壊が襲った。
すぐさま自らを火にして、圧倒的な破壊から逃れたセレノア。
しかしセレノアは佇むだけで、自らの眼帯にそっと触れた。
「……………………っ」
シュルっと眼帯が落ち、額からは鮮血が飛び散り一筋の血がセレノアの顔を伝う。
短時間で連発した上級魔法で集中力が乱れてレイルの攻撃に反応が遅れたのか、セレノアはレイルの攻撃を貰う事になった。
軽傷、セレノアにとっては擦り傷にも等しいものではあるが、傷を付けられたという事がセレノアには衝撃であった。
まだ十代の、それも娘と同年代であろう子供に。
これでは、認めないわけにはいかないだろう。
「────……レイル、合格だよ」
その言葉だけが、静寂となった空間に響いたのであった。
*****
「ほら、これがあんたが冒険者として身分を証明するものだ。失くすんじゃないよ」
空前絶後の審査が終わり、レイルはセレノアから一枚のプレートを渡された。
長方形の、手の平に収まるくらいの銅のプレート。そこに書かれているのは単純なもので、レイルの名である『レイル・ヴリトラ』の名と──Cランクと記されている文字しか記載されていなかった。
「本当なら最低でもあたしと同じAランクか、最高のSランクから始めさせたかったけど、規則で最高でもCランクからのスタートになっちまうんだ。悪いねレイル」
通常、冒険者は最低ランクのEランクからのスタートとなる。理由は、まだ実力と言うほどの力を持っていないからだ。
だが稀に、高い実力や資質を持った者が現れ、その場合は特例としてその実力に見合ったランクからスタートされる。
といっても、殆んどがEランクから一つ上のDランクからである。セレノアも最初はDランクからのスタートであった。
しかし、レイルの場合は既に最低でもAランク相当の実力があるとセレノアは判断していた。
本当ならレイルの実力に見合ったランクからスタートさせてやりたかったのだが、新人がスタートするランクは最低でもCランクと決まっているのだ。
過去に賄賂を渡して不正を働く者が続出したり、そもそもどんなに資質があってもDランク相当だから、それより一つ上のCランクを上限にさせておけば大丈夫だろうという冒険者組合は考えていたのだ。
レイルの実力に、冒険者組合の現行の制度が間に合っていなかったのだ。
「いや、気にしていないさ。寧ろ胸が躍るね。最初から頂天にいるより、頂天に登る事の方が楽しいのさ」
しかし、レイルは気にしないとばかりに笑っていた。
最初から頂天に立ち、どこに登るかもわからない見えない場所にいるほど面白くないものはない。
頂天へと登る過程に立ちはだかる、様々な困難や障害を踏破するのが面白いのだ。そうして立った頂天の景色は、きっと美しいに違いない。
「レイル、あんた変わった奴だね。まあその気持ちは分からなくはないけどさ」
「それよりも心配なのは、吹き飛んだこの冒険者組合だ。少し、その……暴れ過ぎた」
レイルも、自覚はしていたのだ。少し、やり過ぎたと。
冒険者組合は今や冒険者組合"跡地"となっており、ほぼ更地になっている。
所々にクレーターが存在し、レイルのやんちゃっぷりが如実に表れている。
強者との戦いに、レイルも自制がきかなかったのだ。
気まずそうに、頬をポリポリと掻く。
「気にする事はないよ。それに、冒険者組合を吹き飛ばしたのはあたしだからね。まあ冒険者組合の再建は、他の冒険者たちに手伝ってもらうよ」
「そうだぜ若いの! まあ今回はちっと派手にやっちまったけど、ここが吹き飛ぶなんていつもの事だからな!」
「そうそう、ゆっくりと建て直していこうぜ!」
そして焼け野原となった更地には、どこからか持ってきたイスに座って男たちは再び酒を飲んでいた。
冒険者組合が吹き飛んだというのに、笑いながら酒を飲んでいる男たち。意外と逞しい連中なのかもしれない。
「お前たちいつまで酒を飲んでやがんだい! さっさと仕事に戻らないと、しばらく酒はおあずけだよ!」
「「「へーい」」」
セレノアの一喝に、男たちは渋々といった様子でイスから立ち上がり、のろのろと作業は開始した。
やる気のない連中を見て、セレノアはやれやれと肩を竦める。
これがいつもの光景なのだろう。
「まったく……あんたはあんな飲んだくれ共になるんじゃないよ。それと、一日でも早くあたしと同じランクに登るのを待っているよ」
「あまり期待しないでくれ。何かの拍子で、さぱっと死ぬかもしれないのに」
「冗談を言うんじゃないよ。あんたのその顔、逆に獲物を喰らい尽くしてやろうって顔してるよ」
「……きしし」
冒険者という職業は、たしかに危険だ。明日に急に命を落とす事も別段珍しい事ではない。本当に死と隣り合わせなのだ。
しかしそれと同時に、命を賭ける程の見返りは約束されている。
一人では余る程の富に、人々から尊敬される栄誉。一人で魔物の群れを打ち破り英雄と呼ばれた者や、農村で育った少年が国の王妃と結ばれたという話まである。
それ故に、例え命を落とす事があったとしても冒険者を志す者は後を絶たない。
しかしレイルの場合は、富や栄誉よりも更なる強者との邂逅を望んでいた。
冒険者であれば、御伽噺でしか出てこないような強力で凶悪な魔物と死合う機会もあるだろう。
レイルの一番の目的は強者との邂逅であり、富や栄誉だのはそれにくっ付いてきて副産物に過ぎない。
その思惑がだだ漏れの表情を指摘されて、レイルは犬歯を覗かせて笑った。
「あんたには無用な言葉かもしれないけど、気を付けろぐらいの言葉は送ってやるさ。冒険者の敵は、何も魔物に限った事じゃないからね」
「分かった。忠告してくれて、感謝するよ」
互いに力をぶつけ合った仲で、何か通じるものがあったのか、二人はどちらが先にというわけではなく握手した。
そして互いに手を離すと、レイルは歩き出した。
その一歩はただの一歩ではなく、冒険者としての第一歩である。
こうして、レイルの冒険者としての物語が始まったのであった。