第一話〜竜に育てられし子〜
どうも皆さん!
はじめましての方ははじめまして。お久し振りの方はお久し振りでございます!
この作品は過去にも出してたのでしたが、見切り発車ゆえにストーリーがぐちゃぐちゃになってしまったので、この度プロットもしっかりと練り込んでの再挑戦となります。
前の作品を読んでいた方々にも、こっちの方が面白いと思われるように書きましたので、どうか改めまして宜しくお願いいたします。
その子は、貴族の家に生まれた。
しかも、魔法の名家として名高い大貴族の家だ。
このグランパル大陸に於いて、魔法とは支配と権威の象徴である。故にその子も将来を嘱望されていたのだが、それはすぐさま落胆と侮蔑へと変わる。
その子は、生まれながらに高い魔力を持ちながら、魔法の適性が皆無であった。
当然、魔法の扱えないその子は家族から見放され、冷遇され、虐待され、家族は貴族としての体裁を保つために、不慮の事故で死んだと公表して世間からも抹消された。
そして、その子が6歳になった時、家族はその子を森へと捨てた。
「うっく、ひっく……ぐすっ、まって、おとうさま、おかあさま、ここは暗くてこわいです。おいていかないでください」
日光を遮る暗い森、風が木々を揺らして不気味な音を響かせ、ナニか恐ろしいモノが棲んでいるのではないかという恐怖を掻き立てる。
6歳の子供にとって、悪い夢がそのまま現実まで侵食してきたような光景。その子は恐怖で泣きながらも、必死に両親を引きとめようとする。
しかし両親にとっては、それすらも情けない弱者の行為だと断じて、子供の声に耳など傾けない。本当に、子供の声など聞こえていないかのように。
だが子供にとって両親こそが、唯一にして最も頼るべき存在だ。なんとかして、遠ざかる両親を引きとめようとする。
「ぼく、なきませんから。いうことをきいて、ちゃんといい子にしてますから、だから、おいていかないでください。おとうさま、おかあさま──」
必死に涙を堪え、鼻水を拭いて両親に歩み寄ろうとした時、子供の眼前から火の壁が突如としてあがり、子供は尻餅をついた。
そして、見てしまったのだ。
「あ、ああ、ああぁあ……」
両親の目に、なんの感情を灯していない事を。
今までは、呆れや侮蔑といった視線が向けられていた。しかしまだ幼く純朴な子供は、きっと自分が悪い事をしてしまったんだ。もっと頑張れば両親も許してくれると思っていた。
だが今では、何も映していない。今まであった呆れや侮蔑などではなく、ただ目の前にいる子供を物体としか見ていなかった。
人間が拒絶する際の究極的な感情は、無感情だ。そこにはどのような行動も想いも、優しさも憎しみも介在する隙が無い。
幼いながらも、子供は悟ってしまった。両親は自分を見ながら、自分を見ていないという事に。両親が完全に見限ったという事に。
その例えようもない絶望感に思考がストップしていたが、両親はそんな事お構いなく馬車に乗り込んで馬は走りだしてしまった。
火の壁は消えたが、馬車に追いつく事は出来ないだろう。頑張って森を抜けて馬車に追いついたとして、もうそこに自分の居場所は無いだろう。
子供は、もう考える事をやめてその場に座り込んだ。
すると、太陽の光が完全に遮られ、薄暗い森は暗闇に包まれた。
「──やれやれ、血の繋がった我が子だというのに森に捨てるか。二千年経っても、人間の本質は相変わらず度し難い」
それは、地の底から大陸を揺るがすような声であった。嗄れているが、どこか耳朶をくすぐるような甘美な響き。
子供はその巨体を見上げるけど、あまりの大きさな倒れ込んでしまった。
それは、巨大な山であった。
ひび割れ、欠けてはいるが、その一枚一枚は屈指の城塞の如き堅牢さを誇るであろう漆黒の鱗。その羽ばたきだけで大嵐を巻き起こすであろう巨大な翼。その一振りで大河ができるであろう爪に、山すら噛み砕けそうな牙。そして、白みを帯びているがそこに黄金郷を閉じ込めたような金の双眸。
目の前にいたのは、生きる伝説であった。
竜。
それは遥か古代、人間たちがグランパル大陸を支配していた以前に君臨していた、生態系の絶対者。あらゆる生物の頂点に座す王である。
現代ではその姿は殆んど確認されず、伝説とされている。
だが知識のない幼い子供にとっては、大っきい動物くらいにしか見えてなかった。
「ぼ、ぼくを食べるの?」
「かっはっは、食べる? お前にような童を食べた程度で、私の腹が満足すると思うか? それに我等は大気中の魔力を食って生きている。お前たちと一緒にするな」
ずいっと顔を間近に近付けて、愉快に笑う竜。しかしこんな間近まで竜の顔があれば、本当に食べられるのではないかと気が気でない。大人ならば失神する者も出てくるであろう。
愉快そうに笑った竜の息に飛ばされてコロコロと地面を転がってしまった子供を『おっと』と言って竜が手に乗せてすくい上げた。
「しかし困ったものだ。お前のような童を見つけてしまうとは。親元に届けてもいいのだが、見ているようだとお前は捨てられたようだし、届けてもまた捨てられるだろう。かといって、このまま見捨てるのも非常に忍びない。さてさて、どうしたものか……」
と言いつつ、態とらしく悩む素振りを見せては子供に何度も目配せをしている。
自分からは言いたくないが、子供からは言ってほしい。と、あからさまな態度で示している。
竜でありながら狸な性格をしているが、純朴な子供にはそのような思惑など知る由もないだろう。
「あ、あの、あなたと一緒にくらすのはだめですか?」
「む? それは名案だな。それならばお前はまた捨てられる事はないし、私の退屈を紛らわせる事もできる。そうと決まればすぐに私の寝ぐらへと戻ろう」
この竜、子供から言わせておいてよくもまあいけしゃあしゃあと言えたものだ。どうやら二重の意味でその面の皮は厚いらしい。
竜は子供を落とさないように両手で大事そうに抱えながら、巨大な翼を羽ばたかせて空へと飛翔した。
「そういえば、まだお前の名を訊いていなかったな。これから暮らすのに互いの名を知らぬのは不便だろう」
「あ、あの、ぼくはレイルといいます」
「レイルか。うむ、良い名だ。私の名は──」
眩しいくらいに輝いている太陽に、闇を塗り固めたような真っ黒い雲が覆い被さる。
「──ヴリトラだ。これから宜しくな、レイル」
これが、レイルと老竜ヴリトラとの邂逅であった。
陽光を遮り、ヴリトラはレイルを乗せて大空を飛翔していった。
*****
──それから、レイルはヴリトラの息子となり、ヴリトラはレイルの父として一緒に生活していた。
「ねえお父さん、このキノコって食べられるの?」
「試しに噛んでみろ。飲み込まず、変だと思ったらすぐに吐き出せ」
「はむ……っ! ぺっ! 辛いぃ……っ」
「かっはっはっは!」
──時には、生きていく上で安全な食料を見つけられるように教わり。
「ほらレイル、この数式はどうやって解く?」
「んー……あ、ここの数字を入れればいいんだ!」
「うむ、よくできたな」
──時には、算術の手解きをヴリトラから受け。
「かっはっはっは! どうしたレイル? その程度ではすぐにやられてしまうぞ!」
「ひゃあぁあぁ! お助けぇぇ!」
──時には、ヴリトラから戦闘の指南を受けて森の中を逃げ回る。
そこには少しの贅沢もなかったが、レイルは毎日が幸せであった。
厳しくはあったが、ヴリトラから受ける愛情がこの上ない程に嬉しくて堪らなかったのだ。
血が繋がっていなければ種族もまるで違うが、たしかにレイルとヴリトラの間には家族の絆が繋がっていた。
──だが、その幸せも永遠ではなかった。レイルの幸せな毎日は、終わりを告げる事となる。
時に、レイルが14歳になった夏の日であった。