6. 昨日と今日。サイの探しもの
割れていた窓枠をブチ抜き、倉庫の中に進入する。どうやら事務室か何からしいそこは、壁にふたが開いたままのロッカーや、ひっくり返った机などが放置されている。
「サイ、どこにいるの!?」
中に向かって叫ぶ。しかし、ぼくの声はむなしく消える。サイから返事はない。
「中にはいるんすよね?」
「あぁ、間違いない。サイの色が確かに見える。しかし、妙だな」
「妙?」
一刻も早く奥に踏み込みたいところだが、画伯は動こうとしなかった。
「先ほどから思っていたんだが、距離が遠いせいだと思っていた。しかし……ウセモノの色を感じない。これはいったい、どういうことだ?」
「色が見えない……?」
画伯の能力は、相手が近ければ壁を通り抜けてその色を捉えることができるはずだ。それなのに、ウセモノの色が見えない?
「けど、なんだか不穏な気配はしますけど」
「うむ、私にもわかる、嫌な気配だ。なんだか、気味が悪いな」
「それでも、奥に行くしかない」
「く、暗いっすよ……」
「じゃあ、こうしよう」
確かに明るい、というほどの光ではない。窓の外から差し込む工場の明かりで、わずかに足元が確認できる程度のもの。ぼくはポケットから携帯を出し、カメラ撮影に使うライトを点灯させた。画伯もぼくに倣い、少しだけど光源を確保する。
「画伯、サイはどこ?」
「上だな、二階に行こう」
枠から外れて、わずかにネジひとつで繋がっているドアを蹴って壊す。いざとなった時に、退路は確保しておいたほうがいい。がらがらがたん、とけたましい音。
部屋から出て短い廊下を通り、階段を見つける。暗い空間にはぼくらの足音だけが反響していた。
細い通路、左右の部屋を覗く。画伯が中にはサイしかいないことを確認しているが、ウセモノの色が判別できない以上は目視での確認も必要だろう。しかし、見事なまでに空っぽのこの建物。
「不気味だな」
「ほんとっすよ……」
ため息を吐くパシリ。やがて一階の奥に到達しようかという頃。
――うふふ
ぞく、と。背中を嫌な感覚が駆け上がった。
「危ない!」
本能に従って、ぼくは壁に飛び退く。ぼくのすぐ後ろを歩いていた画伯を体で押し、一緒に壁に倒れ込んだ。しかし、
「うぐ、ぉっ……!?」
パシリは、間に合わない。ぼくが感じた嫌な感覚の正体、これはいったいどこから飛んで(・・・)きた(・・)?
「パシリ、だいじょうぶ!?」
パシリに慌てて駆け寄る。その背中には、いくつものガラス片が刺さっていた。
「今抜いてあげるから……画伯、明かりを!」
「あ、あぁ!」
壁にぶつかって肩をさすっていた画伯はぼくの携帯を受け取り、両手でその背中を照らす。ちらちらと光を反射して光るガラス片を抜いていく。
「あい、たたた……くそ、オレじゃなかったらひどいことになってたっす」
さっそくその能力で治癒を完了したパシリが、むずかゆそうにもぞもぞと背中を触っている。本当に、パシリには悪いが助かった。
「これ、誰が投げたんすか……?」
「わからない、けど直前に聞こえたアレは――笑い声だ」
「笑い声?」
画伯から携帯を受け取り、ぼくは周囲を警戒しながら言う。しかし画伯は首を傾げた。
「笑い声とはなんのことだ、セキ」
「え、笑い声ですよ。子供、ちっちゃい女の子みたいな……」
ぼくの説明に画伯はパシリと顔を見合わせ、ぼくの顔を見て首を振った。
「そんなものは聞こえなかった。聞き間違いでは……ないのか?」
「え」
そんな。けっこうはっきり聞こえたじゃないか、あの声。
「もしかして……」
ぼくの能力、ナクシやウセモノを引き寄せる能力が関係しているのだろうか。だとしたら、危険察知はぼくしかできないことになる。
「色は見えん、声は聞こえん。今回は本当にお手上げだ」
はぁ、と盛大なため息。気持ちは痛いほどによくわかるけれど、愚痴を言っていても仕方がない。
「こうなったら、早くサイを救出してしまいましょう」
再びぼくが先頭になり、歩き始めた。
廊下の突き当たり、二階へ続く階段を昇る。コンクリの床板が浮いて剥がれ、しっかり足を踏まなければ滑って転んでしまいそうである。
「画伯、どの部屋……?」
「一番奥、だな。よりにもよって」
階段を昇ると、左手はすぐに行き止まり。割れた窓から風がびゅうびゅうと吹き込んでいた。右手は一階のように廊下が伸びており、その左右にはいくつかの部屋があるようだ。
「なんかの事業所だったのかもしれないっすね、この建物」
「工房とは違うみたいだけど……取り壊して新しく造られたのかな」
コンクリが崩れて鉄骨が丸見えになった壁面。どうやら、この建物は建造されてから数十年、打ち捨てられてさらに時間が経過しているようだ。構造的に、割とまずいかもしれない。
「早めにここを出たほうが良さそ――」
――きゃっきゃ
良さそうだね、と言いかけて。再びその声を聞いた。
「……また!?」
後方、割れた窓。またガラス片が飛んでくるのか、と振り向こうとして。どん、と全身を衝撃が襲う。
「う、わ、たっ……!」
あまりの衝撃によろめき、尻餅をつく。ずががが……と轟音が響き、振動がしばらく続く。ようやく揺れが収まり、
「画伯、パシリ! だいじょう、ぶ?」
あまりに信じられない。ぼくがさっきまで立っていた場所、階段を昇ってすぐのところにぽっかりと穴が開いていた。床が崩れ落ちたのだ。
「セキ、無事か!」
画伯の声。後ろのほうで、パシリが咳き込んでいる声が聞こえる。どうやら二人とも無事らしい。
「はい、こっちはどうにか。そっちはどうですか?」
「うむ、二人とも無事だが……分断されてしまった、そっちには行けそうにない」
「え?」
見れば、床の穴は大きく、しかも階段の一番上の段をすら巻き込んで床が崩落していた。ぼくは階段を昇って右手の場所にいて、さすがにジャンプをしても直角のカーブを曲がってこちらに到達することはできない。
「階段、けっこう脆くなってるみたいっす。二人分の体重、支えてるのけっこう無理があるかもっす」
「わ、私はそんなに重くない」
「いやそういう問題じゃないんすよ画伯……!」
画伯のよくわからない抗議、パシリが慌てる。
「二人とも、外に出ていて! 建物、けっこう危ない。中にいたら、またウセモノが襲ってくるかもしれないし」
「しかし、それではセキが……」
お互い、顔を見ることはできない。崩れた床の端に行けば、もしかしたらまたそこが崩れるかもしれないから、下手に近づくことが出来ないのだ。
「大丈夫です、ぼくが必ず、サイを連れて戻ります!」
――きゃっきゃ、きゃっきゃ
ぼくの耳に笑い声が聞こえる。突如、がくんと揺れが再び始まる。みしみしと建物全体が揺れて、床がさらに崩れた。
「っ……、こっちは、大丈夫です! なんとかします!」
「……頼んだよ、セキ」
「お願いしますっす、セキ!」
二人の足音が遠ざかる。どうやら、外に向かってくれたみたいだ。さて、これで中にいるのはぼくと、サイと、そしてウセモノ。
この笑い声は、おそらくウセモノの――あの人形のものだろう。色を捉えられないウセモノ、中身がないということは、その色も存在していないのかもしれない。
「……行くか」
建物が崩落し、天井も一部崩れたらしい。穴が開いた天井からは、月の光が差し込んでいた。
どうやら、もう月が出るような時間らしい。先ほどの崩落で、携帯はどこかに落としてしまった。だが、これだけ明るいのなら問題はない。
「サイ、ここにいるの!?」
一番奥の部屋。画伯が、サイはここにいると言った。部屋のドアはまだその役割を果たしているらしく、廊下と室内を隔てていた。
「……よし」
決心を固め、ドアノブに手をかける。そして、一気に開いた。
室内には、何もなかった。崩れた天井から差し込む月光、それが室内を照らし。
「サイ!」
壁際に、彼女の姿を見つける、倒れている。走り寄って、片腕で抱き起こす。
「サイ、サイ! しっかり!」
その体を揺する。呼吸はしている。気を失っているだけみたいだ。
「連れ出さないと……!」
こんなところ、いつまた崩れるかわかったもんじゃない。とにかく脱出を、
――ヤメテヨ
「っ……!?」
咄嗟に、体をそらす。びゅんと右頬を何かが掠めていった。鋭い痛み、頬を肩口で拭う。べとつく液体がシャツについた。
「……くそ、出て来い!」
暗闇に向かって叫ぶ。ぼくの声に答えるように、その声は。
――きゃっきゃ、きゃきゃ、けたけた、きゃきゃきゃ、うふふふふふふうふふふふ、きゃっきゃきゃきゃきゃきゃきゃ……!!!!!!!!!
盛大に笑って、廊下から姿を現した。金髪の、ひらひらとした服に身を包んだ人形。青い瞳が月明かりを反射して、不気味に光っていた。
「きみが、今回の犯人……?」
会話が成立するのかはわからないが、とりあえず話しかけてみる。
――あなたは、ダァレ?
「ぼくはこの女の子の、仲間だ。きみは?」
――わたしハ、カワイイかわいい、お人形
どうやら、意思疎通はギリギリできるらしい。ならば、対話は無駄ではない。
「きみが、この子を――サイを、連れて行ったの?」
ゆっくりとした口調で質問する。人形はかちゃかちゃと得体の知れない動きをしていて、その動きに真意があるのかは定かではない。たっぷり数十秒経過してから、
――ツレテッテないワ、その子がワタシとお出かけシヨウって
「お出かけ……? サイが、自分から事務所を出て行ったってこと?」
――ソウソウ、きゃっきゃっきゃ、うふふふふふふふ
甲高い声で笑う人形。耳朶に直接入り込んでくるその声はひどく不快だ。黒板を爪でひっかくような、ガラスを釘でひっかくような。生理的に受け付けない音。
――ダッテネ、そのコ、ナカミガホシイって言ったノヨ
「中身が……?」
人形が話し始める。周囲の警戒は怠らない。サイを抱き上げ、腰を浮かせて。いつでも動けるようにしておく。サイ、軽いな。
「中身がほしい、ってサイが言ったの?」
――ソウヨ。そのコガ、自分には中身ガないッテ、言っタノ。ダカラわたし、教えテアゲたの。アナタにはちゃんとナカミアルヨって。そうしたら、オシエテって言っタノ。だから教えてアゲタノ
「教えてあげた……?」
つまり、サイは自分の中にあった記憶を探し出している?
「サイは、どうして気を失っているの?」
――きゃっきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!!!
笑う、嗤う人形。かちゃかちゃと奇怪な動きはその速さを増して、視覚的にも聴覚的にも、精神的にも何かクるものがある。
――コタエハカンタン。だって、そのコ、オモイダシたくないっていうのヨ、自分からイッタくせに、最後のサイゴでヤッパリイイって言うの。ダカラ、ムリヤリソノコノナカミを引き出しタ。イマ、ソノコはわたしの中にイルノ
「きみの、中に……?」
他人を引っ張り出して、空っぽの自分に中身を移し変えるウセモノ。ぼくはその情報から、この人形をそう分析した。何を喪失したのか、なんて今は気にしない。
「それは、どういうこと? サイが、きみの中にいるって?」
――ソウソウ、うふふふふ。わたしのナカで、アナタヲミテル。セキ、セキって呼んでるワ。きゃっきゃきゃきゃきゃ
「……っ」
この人形に名乗った覚えはない。そのはずなのに、ぼくの名前を知っている。
――コノコの中身、オモシロォイ。きらきら光っテ、マルデわたしのおめめみたい。ケドケド……ドウシテ、サイゴには真っ赤、マッカな血の色にナッチャウノ?
最初は楽しそうに、最後は悲しそうに。人形は言った。
「血の色?」
サイは言った。恋人を喪っているのかもしれない、と。それはつまり、恋人が血を流す形で亡くなったということか。
――オモイダシタクナイ、って。このコ言ってるワ。けど、コノコの中身、オモシロイの。もっとミタイの
「あ、ぐ……!」
ぼくの胸に抱いたサイが呻き、身悶える。顔をしかめ、まるで悪夢を見ているよう。人形の中にいるというサイと、この体は繋がっている……?
「やめろ、サイに手を出すな」
声を一段低く。わずかに足を動かす。
――ドウシテ? わたし、このコのために中身ヲノゾイてあげようとシテルダケヨ?
「余計なお世話だって言ってるんだ。サイがやめろって言ってるものを、無理矢理こじ開けるのがサイのためだって言うのか」
ぼくの言葉に、人形は奇怪な動きを止める。何を考えているのかさっぱりわからない無表情、人形なのだから当然と言えば当然。
「サイを返すんだ」
ゆっくりと、しかし相手を威嚇するような声ではっきりとぼくは告げる。人形は動かない。ただ青く光る目だけがぎょろりとぼくを見ていた。
「サイを、返してくれないかな」
再度、押す。それまで無言だった人形は唐突に、
――うっふっふふふふふふ。きゃきゃ、きゃっきゃっきゃっきゃっきゃっきゃ!!
大笑いし、かちゃかちゃと奇怪な動きをしはじめた!
「……っ」
予感する、交渉は決裂。敵対行動。
――アナタ、邪魔!!!!!
ヒステリックな声で叫ぶ人形、右側に風を感じて、後ろのわずかな空間に飛んだ。
びゅん、と瓦礫がぼくの前を通り過ぎる。じゃり、とかかとで何かを踏んだ。足元にはちらりと月明かりを反射するガラスの破片、先ほどぼくに向かって飛んできたのはこれか。
「この……!」
サイを抱えて動くことはできない。こういうとき、自分に両腕がないことが恨めしい。
「なんで、こんな瓦礫が横っ飛びにぶっ飛んでくるんだ……!」
びゅん、と第二波。腰を低く落としてかわす、頭上をすっ飛んでいったそれは壁に激突してばらばらと砕けた。そう大きくはない瓦礫だが、それでもひとの頭ほどの大きさはある。一撃もらえば相当なダメージを被るだろう。
――きゃっきゃきゃきゃきゃ。わたし、中身をヒキダセルの。だから、この建物チャンモ、わたしの中ニアルノヨ
「建物……!?」
この世界に存在する全てのものが、ナクシやウセモノになる可能性がある。建造物がウセモノへと変貌する例は、奇しくもサイたちと関わった最初のウセモノが証明している。つまり、この建物もウセモノということか。
「ガラスが飛んできたのも、床が崩れたのも。この建物がぼくらの邪魔をしてるってわけか……!」
ウセモノが複数絡んでくる、という状況。目の前の人形と、この建物。その両方に、ぼくは対処しなくちゃいけない。
――わたしのイウコト、何でもキイテクレルノ、この建物チャン。カワイイイイコ、カワイイイイコ
びゅんびゅん、と風を切る音。身をかがめてサイの体を庇う。
「っづ……!」
右肩にざくり、と鋭い痛み。歯を食い縛る。
「くそ……」
この状況をどうするか。サイならば、人形のウセモノとなっている部分だけを『消去』することで終わりだろう、だがぼくにそんなことはできない。まず何が先決か。
「サイ、ごめん。少しだけ待ってて」
サイの体を床に横たえる。安全とはいえない、だが今はそうするしかない。
「――――」
乱れた呼吸を整える。肩の痛みは、気にはなるが問題はない。右腕はもともとないのだから行動に支障はない。
――きゃっきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!
嗤う人形、アレはぼくを狙っている。だから、ぼくがいる場所に瓦礫やガラスが飛んでくる。主に頭を狙って、ぼくの行動不能、ともすれば殺害を目的としている。
「――待ってて、サイ」
立ち上がる。二歩、彼女の体と距離を取る。これでサイの体に危険は及ばない。そう思う理由は他にもあった。
「ぼくが邪魔だっていうなら、やっちゃったらどう? けど難しいかな、頭まで空っぽのきみじゃ」
――……キャッきゃっきゃっきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!!!!
背後に気配、思い切り身をかがめて、瓦礫を素通りさせる。回避と予備動作を兼ねた行動、足で床を掴み、駆け出した。
――きゃっきゃっきゃ、きゃ?
けたけたと嗤っていた人形が、唐突にその動きを止める。その総身を、
「サイを、返せ!」
助走をつけた渾身の蹴りでぶっ飛ばす!
天井にブチ当たり、がしゃんがしゃんと地面や壁をバウンドして転がって瓦礫に突っ込む人形。
「ざまぁみろ……!」
ウセモノとして存在しているものであったとしても、そのもの自体が存在を維持できなくなれば消滅するはずだ。中身のない人形、その人形自体がウセモノになっているのだから、その体――人形を破壊してやれば、それで終わり。
「サイ、大丈夫!?」
横たえたサイの体に駆け寄り、抱き上げる。うぅ、とわずかに呻いたサイはうっすらと目を開けて。
「せ、キ……?」
ぼくの顔を見て、ぼくの名前を呼んだ。
「サイ、どこか痛くない? ケガは……?」
「セキ……」
もう一度ぼくの名前を呼んで。サイがゆっくりとその両手をぼくに伸ばしてくる。その両手が首に回って、
「セキ!!」
彼女の細くて滑らかな指が、ぼくの首を掴んだ。
「……がっ……?」
ぎりぎりと指が首に食い込んでいく。息が、できない。視界が揺れ、点滅する。サイの細い腕のどこに、こんな力があるっていうのか、頚椎がへし折られそうな勢い。みしみしと、骨が軋んでいる。
「さ、い……」
わずかに声を絞り出す。しわがれたそれは本当にわずかで、彼女が顔を上げてぼくの顔を見て。その言葉が届いてないのだと知る。
彼女の顔は、無表情だった。あのかわいらしい笑顔でも、ちょっと怒った顔でもない。完全なる無表情。それはまるで人形のような……人形?
(まさ、か……!)
明滅する視界を必死に繋ぎ止め、周囲を確認する。人形はそこにぶっ倒れて、動かない。人形は、こう言っていなかったか。
建物が自分の中にある。建物が言うとおりに動いてくれる。
それはつまり、自分の中にあるものが自分の意のままに動かせるということ。そして、サイの中身はいまどこにあると、人形は言っていたか?
(人形の、中……!)
サイも、人形の思い通りに動いている? 人間すら意のままに操るウセモノ。その恐ろしさを、ぼくは途切れそうな意識で実感していた。
(……あぁ、これは、ダメかもな)
洋服お化けに襲われたときは、サイが助けてくれた。危なかったときはパシリや、画伯が助けてくれた。けれど、ぼくはいま一人ぼっち。
「さ、い……」
彼女の名前を呼ぶ。その眼は、やはり無表情。しかし、どうしてだろう。その瞳の奥が、一瞬揺らいだ気がしたのだ。
そこで、気付く。どうして、ぼくはいつも助けられる側なんだ? 誰がそう決めた? サイが洋服お化けから助けてくれて、画伯が危険を知らせてくれて、パシリがぼくを庇ってくれて。
ぼくは、いつまでそうやってみんなに甘えているつもりだ。第一、ぼくがここに何をしに来たのか考えてみろ。サイを助けにきたんじゃないか。
それなのに、ぼくはまた誰かに助けてもらおうっていうのか。そんなのは違う。
助けてくれた恩を返すために、サイを助けるために、ぼくはここに来たのではなかったか。ならば、こんな風に助けを待っているのは、そんなのは嘘だ。
考えろ、自分に何ができるのか。この状況で、ぼくに何が残されているのか。
(――左手)
ぼくに残されているのは、この体。この左手。力をこめれば、その拳を握ることができる。まだ動くじゃないか、ならば大丈夫。
(――ぼくは)
画伯の言葉を思い出す。能力が拡張されているようだ、と画伯は言った。実際に、画伯の能力が拡張されたからこそ、この場所を見つけることが出来た。
ならば、ぼくの体には、他人の能力を拡張できる能力が備わっているはずだ。そう、それは居場所を喪ったぼくが他者の居場所となる能力を得たのと同じく、ぼくが右腕を喪ったことによって得た能力。
右腕になる。誰かの右腕になれる能力。
唐突に、理解する。この能力は、他人の能力の可能性をさらに引き出す力だ。そして知らないうちに、ぼくはその能力を自分にすら機能させていた。だから、ナクシやウセモノをあんなにも引き寄せていたんだ。
類を見ないほど強い能力、とサイはぼくを評した。それはつまり、能力が一つだけだと思っていたから。このからだには、はじめから二つの能力が備わっていた。
そして、もう一つ。ぼくがあの家の記憶を見ることができたのは、ぼく一人の能力ではない。サイの能力があったからだ。
サイの能力は、対象を消去するためにそれを掴み出す必要がある。ぼくは、彼女と共にいたことで、彼女と触れ合っていたことでその掴み取った部分を見ていた。その掴み取った部分こそが、そのもの自身を構成する要素であるとしたら。
いまこうしてぼくの首を絞めているサイ。体が動いているということは、人形ともども意識がこちらにある可能性がある。そうでなくても、人形自体からサイに何かしらの干渉が働いているとみて間違いない。
なら、答えは実に簡単。そこからたぐって、サイの中身を引き寄せればいい。
無意識に力を発動させていたぼくには不可能だったが、それを理解したぼくには、それができる。できないはずがない、この能力は自分の内から生まれ出たもの、ならばそれを制御できないわけがない!
気付けば、思案は一瞬。意識はある。ならば、この左手が動くのなら。
「……サイ、戻ってこい!!!」
首に絡まったその手を掴む。ぼくの中に、彼女の、人形の意識が流れ込んでくる。濁流のように激しく入り交ざった感情の波、その中から、サイの意識を掴み取る。
頭の中に焼き付いたのは、美しい少女。広い部屋の中、天蓋付きの大きなベッドに腰掛け、大きく豪奢な窓から夜空を見上げる少女の姿。それが、彼女であると。ぼくは直感した。
「う、おおぉぉおおぉオォおおおぉぉおおおお!!!!!!」
咆哮、力強く彼女の手を握る。そして、サイの両手がぼくの首から離れた。
「げほ、げほっ!」
「セキ、セキっ……! だいじょうぶ?」
床に崩れ落ちるぼく、激しく咳き込むぼくに向かって声をかけてくるのは、間違いなくサイだった。
「サイ――よかった」
弱々しい笑顔で、ぼくはサイに笑いかける。
できないはずはないと思ったが、成功する保障もありはしなかった。だが、なぜかぼくには成功する確信があった。だからその結果として、彼女がこうして戻ってきた。
「ありがとう、セキ……ありがとう」
ぼくの頭を抱き、何度もそう繰り返すサイ。こんな状況だっていうのに、ぼくの頭が考えていたのは、いい匂いだとか柔らかいだと、そういった俗物的なことばかり。唐突に気が抜けてしまったのかもしれない。
――ドウシテ、離れてイッチャウノ?
がちゃ、がちゃんと。人形が再び動き出す。サイと意識を分断され、そちらに戻らざるを得なくなったのだろう。半壊した人形は立ち上がり、ぼくらと対峙した。
――あなたが中身がホシイッテ言ったんジャナイ。ネェ、ドウシテ?
「ごめんなさいね。確かに、自分の過去がほしいとは言ったわ。けれど、あなたはその中身をわたしから奪っていこうとしたじゃない」
「奪って、いこうと?」
人形は、彼女に中身を見せてあげようとしている、と言っていた。そこから先の話は知らない、あの中でどんな攻防があったのか、ぼくにはわからない。
「あなたは、ウセモノだもの。わたしに中身を見せただけで満足できるはずがない。わたしに中身を見せて、わたしがそれを拒否すると踏んでいたんでしょうね。
放棄された記憶を取り込んで、自分自身という核を得ようとした」
「そんなこと……」
いい加減、有り得ないなんて有り得ないとぼくは学ぶべきだ。この世界に、不可能なことなんてない。ナクシやウセモノは、そういった可能性の塊だ。
――ダッテ、アナタタチばかり中身をモッテイルジャナイ、わたしは持ってナイモノ、ズルイ、ずるいワ。コンナノッテないわよ
「いいえ、ずるくない。だって、わたしたちは中身を持って生まれたんだもの。だから、持っていて当然なの。
辛いこともあって、嬉しいこともあって、悲しいこともあって。それらの積み重ねで、わたしたちは生きている。確かにわたしには過去がない。ぺらぺらの人間だけど。
それでも、パシリのご飯はおいしいと思うし、クリスマスだって楽しみだわ。そう思って生きている。
そう思っているわたしは、確かにこうしてここに存在している。わたし、サイという人間は確固たる存在として、ここにいるわ。
あなたはそうやって誰かにすがって、誰かから中身を借り受けて。そんなの、自分があるって言わない。存在意義があるとは言えないわ。自分がほしいなら、その答えこそ自分で見つけなさい、それ以外のものに価値なんてない。
自分を見つけられるのは、自分自身だけ」
サイのその言葉は、まるっとサイにも当てはまる。サイを見つけられるのは、サイ自身。ぼくに出来るのは、あくまでその手助けだけ。
「だから、わたしがあなたに手助けをしてあげる。その借り物の中身を『消去』して、あなたが本当に自分と見つめ合えるようにしてあげる。
自分とはどういうものなのか、存分に考えなさい。そう思うあなたは、確かにそこに存在している。その結果を、噛み締めなさい。
あなたの心の隙間、わたしが埋めてあげる……!」
サイは駆け出す。
――きゃっきゃっきゃ、モウイイ、モウイイ! わたし、アナタトトモダチになれると思ったノニ……!
ごう、と瓦礫がいくつも宙に浮く。だが、彼女はそれを見逃さない。
「させない!」
腰をかがめ、床に触れる。一瞬にして、この建物はウセモノとしての存在を『消去』される。
――ドウシテ、どうしてドウシテドウシテどうしてドウシテ……!!!
「その理由も、考えなさい。わたしがあなたを拒否した理由。きっとわかるから。それがわかったら、あなたもきっと自分の中身を手に入れているから」
金切り声でどうしてと連呼する人形を拾い上げ、サイはそれを抱きしめる。
「さぁ、借り物の自分にお別れを告げて。あなたは本当の自分になるの」
彼女の胸に、暖かい光が満ちる。それは部屋全体を埋め尽くして、そして何事もなかったかのように、部屋は静寂に満たされた。
「……おわったの?」
「えぇ、この子は、不安だったのね。わたしと同じ、で」
どさりと。振り向こうとした彼女はそのまま地面に崩れ落ちた。慌てて駆け寄る。
「サイ……?」
「あは、ちょっと、疲れちゃった」
あはは、とサイは笑った。ぼくはサイに手を伸ばして立たせ、壁際まで導いた。そこに寄りかかって座らせて、ぼくもその横に座る。サイは、ぼくと反対側に壊れた人形を置いた。
「――本当に、よかったの?」
「ん?」
おそるおそる、聞いてみる。
「その、あの人形。もしかしたら、サイの記憶を取り戻すのに役に立ったんじゃ」
「あぁ、それか。いいのよ」
うん、とサイは大きく頷く。
「だって、わたしの記憶は、セキが探すのを手伝ってくれるって約束したもの。セキと一緒に見つけたいの」
「――そっか」
天井に開いた穴から見える夜空には、星は見えない。強い風が払っていた雲が再び出てきて、月や星を隠してしまっていた。
「ねぇ、サイ。ちょっと訂正をしてもいいかな」
「何を?」
「その、さっき、サイは中身のないぺらぺらだ、って言ってたけど。
そんなことはないと、ぼくは思うんだ。だって、この二年間、サイは記憶を積み重ねてきた。画伯と出会って、パシリと出会って、ぼくと出会って。
そうして、自分を積み重ねてきたじゃない。ぼくは、そんなサイを好きになったんだ。そんなサイの手伝いをしたいと思ったんだ。
だから、ぼくはそんなサイを、中身のないぺらぺらな人間だ、なんて思いたくないし、思ってもいない。だから、訂正させて」
「セキ……」
ぼくはサイの手を握る。すっかり冷え切ってしまった右手を握る。
「セキの手は、あったかいね。
……そっか、わたし、ちゃんと中身あるんだ」
いつか聞いた台詞。そのあと、サイはぽつりと言った。一度言ってしまえばそれは、
「記憶がなくて、中身が空っぽだって、ずっと思っていたの。けれど、そうではなかったのね。中身はあった、ちゃんとここにあった。それに気付かなかっただけ。
そうだったのね、わたしは――こうして、ここにいる――」
そうして彼女は、ようやく『自分』を見つける。ぽろぽろと涙を流し、空いた左手でその涙を拭い、拭っても拭っても止まらないその涙は、彼女が今まで溜め込んできた辛さや痛みだ。そんなもの、全部この場で出し切ってしまえばいい。
途方もない遠回りをして、結局それは一番近いところにあって。そういえばそんな童話が、確かあったっけ。
「まるで、青い鳥みたいだね」
「……あは、まさしく、その通りね。探し回ったものが、こんな近くにあったんだ」
画伯はサイの色を、空のような青だと評した。それは、あながち間違いじゃなかったのかもしれない。サイの中身、自分自身という青い鳥がサイの中にいるということを証明していたのではないだろうか。
「ねぇセキ」
「なぁに、サイ」
少しの沈黙のあと。サイが口を開いた。
「わたし、やっぱり自分の過去が知りたい。自分自身をより深く知りたい。セキに、わたしが小さいころどんな子供だったか、どんなことをして過ごしていたのか。そんな思い出を知ってほしい。
だから、やっぱり――――記憶を探すのを、手伝ってほしいの」
「……――」
そして、その脳裏に焼き付いた映像を思い出す。あの少女は、もしかしてサイではないのか。夜空を見上げる、一人ぼっちの女の子。
「……わかった」
けれど、それはぼくが口にするべきではない。サイ自身が見つけることだ。
「探そう、一緒に」
だから、告げない。彼女の記憶が、彼女の中に残っているということ。サイの力とぼくの力を合わせれば、それを掴み出し、思い出すことができるかもしれないということ。そのかわりに、ぼくが言ったのは、今の自分の気持ち。
「いつまでかかっても、ずっと付き合うよ。だから、それが見つかるまで……いや、見つかっても。そこから先も、きみと一緒にいたい」
「え、それって――?」
「だめかな?」
「~~~……、もう、セキったら!」
ぼくが首を傾げて聞くと、サイは怒ったように言って立ち上がる。人形を拾い上げ、ぼくに背中を向けた。
「……サイ?」
「――――だめなわけないじゃない。一緒にいて。セキに側にいてほしい」
もごもごと、彼女はぼくに背中を向けたまま、そう言ってくれた。
「ありがとう」
ぼくは彼女の言葉に答え、立ち上がる。そしてサイを、その体を背中から抱きしめた。
「ちょ、セキ!?」
片腕だけの、不器用な抱擁。彼女の首筋に顔を埋める。とてもいい匂いがした。優しくて、柔らかくて、安心する匂い。髪はさらさらで、心地いい。
「……んもう」
「ねぇサイ」
彼女を抱きしめたまま、耳元で彼女の名を呼ぶ。
「なぁに?」
サイが答える。その優しい声は子供の呼びかけに答える母親のよう。
「サイは、どうしてサイって名前なの?」
「え?」
実は、ずっと気になっていたのだ。記憶を喪い、名前もないはずの彼女がどうしてそう名乗るようになったのか。
「ぼくは隻腕だから、セキ。画伯はもと絵描きで、画伯。パシリも――まぁ、アレだからパシリ。きっとどれもサイがつけた名前なんだろうなって。じゃあ、サイはどうしてサイなのかなって」
「んっと――」
サイはぼくの腕にそっと右手を添える。
「ふたつ」
「え?」
「ふたつ、意味をこめたの」
もぞ、と彼女がぼくの腕の中で動く。
「一つは際――もう後はない、間際。記憶がなくなって、もうどうしようもなくて前に進むしかなかったから。
もうひとつは、再。再び記憶を取り戻して、自分を取り戻すって。そんな意味」
際であり再である。ぼくらにとても安直な名前をつけたサイとは思えないネーミングセンスだった。
「記憶、か」
本当にいいのか、とも思った。けれど、人形が言っていた。サイは思い出すことを拒否したのだ、と。だからきっとそれは、サイにとって向き合わなければいけない心的外傷だ。
「……――」
それなら、彼女がそれと正面から向き合おうと思えるまで。なんとしても記憶を取り戻したいと決意するまでは、そのままにしておこう。
「見つかるまで、手伝うよ。ずっと」
サイの耳元で言う。彼女を抱く腕に、もう少しだけ力をこめて、
「……ありがとう、セキ」
サイがぼくの頬にその頭を寄せてくる。
人形を左手で抱き、右手をぼくの腕に添えて、きゅっと掴むサイ。そんな彼女がたまらなくいとおしくて、ぼくはまだもう少し、彼女を離さなかった。
* * *
穴の開いた床を飛び降りて一階に降り、ぼくらは入ってきた部屋から外へと出た。
「……セキ! サイ!」
「二人とも、無事だったっすかぁ~……!」
ぼくたちの姿を見つけるや否や、駆け寄ってきてサイに飛びつく画伯と、その周りで飛び上がるパシリ。
「この馬鹿者――心配したじゃないか」
「うん、ごめんね、画伯。パシリも、ケガしたんだって?」
「あ、オレは全然平気っす!」
上着、穴開いちゃったっすけど、と背中を向けてほらとぼくらにそれを見せるパシリ。しかし、その穴にはしっかりと血が滲んでいてちょっとエグイ。
「サイ、この人形はなんだ? ずいぶん不細工、というか壊れているようだが」
サイから離れた画伯が、サイの胸に抱かれた人形をつつく。
「あぁ、この子は――えっと、お友達」
「ともだち……?」
サイの胸に抱かれた人形は、腕が片方取れかかっていたり、顔にヒビが入っていたりと、あの美しかった姿はもうない。
「えぇ、お友達。お互い、自分を探している同士」
ね、と人形に向かって呼びかけるサイ。果たして人形はこのやり取りが聞こえているのだろうか、その表情からそれをうかがい知ることはできない。
「どうにかして、直せないかしら。この子」
「一度、店に持って行ってみよう。もしかしたら、多少はどうにかなるかもしれないし」
「そうね、明日にでも……明日?」
サイは自分の言葉に首を傾げ、
「ねぇセキ、今日は何日!? 今は何時何分!?」
わずかな間をおいて慌て始める。一階の瓦礫のそばから回収してきた携帯を開き、確認する。
「十二月二十四日、二十二時四十五分」
「大変!」
日時を読み上げてやると、サイは大きな声で言った。
「明日! パーティなのに、まだ飾りつけが終わってない! 急いで事務所に戻らなきゃ……あぁもう、せっかく四人で過ごせるクリスマスなのに!」
わたわたと手足を動かして全員にそう訴えかけるサイ。その胸で、人形がかくかくと手足を変な方向に動かしている。
「――サイって、すごいね」
あはは、とぼくは笑う。しかし、それがサイだった。
「よし、帰ろう。早くしないとバスなくなっちゃうし」
「うむ、そうだな。パシリ、バス停はどちらだ?」
「えぇっと、ここからだと……この道通り抜けたら、すぐそこにあるはずっす」
「よし、急ぐわよ」
とんとん、と軽いステップでサイがぼくらの前に出る。パシリが指差した方向に、いち早く駆け出した。
「ほらみんな早く、日付が変わっちゃう!」
走り始めて、誰も付いてきていないことに気付いて、ぼくらを急かす。やれやれ、と頭を掻きながらぼくらはサイのあとについて走り出した。
バス停に到着すると、今まさにバスが発車したところだった。必死にそのバスを追いかけてどうにか乗せてもらい、やっとこさ東曲野に帰り着く。実を言うとぼくら三人はもうへとへとで、一人サイだけが元気だった。
バス停から事務所まで向かう通りは、深夜だというのに大勢のひとでごった返していた。それは当たり前で、今日はクリスマスイヴ。やがてクリスマスになろうという時刻なのだ。カップルをはじめとして、色んなひとが行き交っていておかしくない。
「すっごい! きれいなネオンね!」
街をぴかぴかと彩るネオンを見上げて、サイがご機嫌にくるくると回りながら歩く。危ないから、とさっきから画伯が注意しているのだが、どうやらサイの耳には届いていないらしい。
事務所のある裏通り。相変らず閑散としているそこを、四人で取り留めのない話をしながら歩く。二階建ての事務所は相変らずそこにあり、ぼくらを出迎えてくれる。
「さぁ、飾りつけ頑張らないとっすね」
がちゃがちゃとカギを開け、パシリがまず中に入る。そして次に画伯が入って、ぼくも中に入ろうとして、
「セキ」
サイに呼び止められた。振り向くと、サイは玄関の数歩手前で、その足を止めていた。
「どうしたの、サイ」
「その、お願いがあるの」
「……?」
なんだろう、あらたまって。胸の人形をぎゅっと抱きしめ、サイは俯いている。
「あの、ね」
「うん」
「その、一緒に――」
「え?」
ちらり、とぼくの顔を上目遣いに盗み見るサイ。ぼくと目が合って、すぐに視線を下に戻した。
「あの、ね? セキ、わたしと一緒にいてくれるって言ったもの。だから、これからは、その……一緒にできることは一緒にしたいな、って……思ったの」
「一緒にできること、か」
一歩、サイに近づく。
「わかった、一緒に……何をしたいの?」
「また、一緒に星をみたいわ」
「うん、他には?」
「また、一緒にお出かけしたいわ。パフェも一緒に食べたい」
「そうだね、また行こう」
「それから、色んな依頼が来ると思うから、一緒に解決したい」
「事務所の一員として、解決に貢献します」
「それから、それから……」
他に何があるか、とサイは一生懸命考えている。そんなサイの頭に、ぼくは手を置いた。わしわしと、その頭を撫でる。
「きゃぅっ……」
「全部、一緒だよ。一緒に時間を重ねていこう。一緒に、思い出を作っていこう。
きみの記憶を、一緒に作っていこう」
「……セキ」
サイが顔を上げる。潤んだ目、長い睫毛が震える。真っ赤になった頬は寒さのせいなのか、それとも。
「あのね、だからね、その――」
「なに、まだあるの?」
その頭に手を置いたまま、ぼくはサイの言葉を待つ。そして、
「――一緒に、ただいまって」
そこでサイは、なぜか不安そうな顔をする。どうしてそんな顔をするのか。
「うん、いいよ。一緒に行こう」
彼女の頭から手を下ろし、その右手を握る。その手を引いて、ぼくは事務所の前に立つ。遅れて、サイもぼくの横に並んだ。
「行くよ」
「うん!」
声をかけると、サイが頷く。こんな何気ない会話が、どうしてかとても嬉しくて。
「「せーのっ」」
二人揃って、足を上げる。ぴったりの動作、ぴったりの歩幅。
「「ただいまっ」」
同時に、玄関に足を踏み込む。
そこはぼくの居場所。ぼくらが帰る場所。
色んなものを喪ったぼくらが探し続けてやっと見つけた、探しもの。




