(´;ω;`)嫌いにならないでね
「君は今日から、僕の花嫁だ」
例え君がどれだけ嫌でもね、と言われて意味が解らず首を傾げた。
◆
ずいぶん機嫌のいい両親に嫌な予感がした。
そして大変良い縁談が決まったと言われた時に、ついにこの時が来てしまったかとすぐに腹をくくった。
「安心しなさいステラ。家としてはここ最近で急速に大きくした下賤なところですがね、商人らしく顔は広いようですの」
「我らエンテ家の尊い血を取り入れて箔をつけたいらしい、中々話の分かる男だ」
(娘を金で売ったってことか・・・)
両親はニコニコと笑って顔合わせのドレスだのスーツだのと笑っている。つい先日になんでも金で解決しようなどと卑しいと商人を罵った両親はなんだったのだろうか。二人は私の返事など求めていない。私はただ頷いて部屋から辞した。
自室でぼんやりと天井を見上げて、考えを纏めようとする。埃の被ったシャンデリアはくすんでいて、掃除をしなければ、と思った。
落ちぶれるところまで落ちぶれるのは想像通りで、どこかで反省してくれるのではないか、どこかで思いとどまってくれるのではないかという淡い希望はかなり早い段階で蹴散らされた。
誇れるものは血筋だけ。
かつて王女が降嫁してきた元公爵家だぞ、と幼い頃から散々自慢された。だが他国の市民階級による革命と民主主義の台頭により貴族という階級制度は我が国でも崩壊して久しい。現在はただの名前ばかりが立派な一般市民だ。
(それでも裕福な家ではあったのに)
貴族でなくなっても所持している財産を全て没収されたわけではない。土地も屋敷もあらゆるコネや利権もあった。それらをたった二代、三代ばかりで食いつぶしてしまった。特に両親だ。
かつての栄光を忘れられない、と言わんばかりの両親だが、そもそも貴族の時代は知らないはずである。彼ら自身もかつて貴族であったという自慢話を聞かされていたのは間違いない。祖父母の代でも相当財産は縮小されていた。虚栄心ばかりが膨張し、元貴族としての体裁を異様に整えたがった。両親は出入りの商人を切らなかったし、機嫌よく、気前のいい外面を作り上げていた。
「・・・結婚か」
ご機嫌に両親と一緒に貴族ごっこを楽しむことはできなかった。
働くのなんてみっともない、と金を稼ぐという行為を一切しない両親の存在が疑問だった。
資産を有効活用しよう、という考えさえみせない。使用人が解雇され、掃除もされず、薄汚れていく屋敷。処理されない請求書が目の前で塔になっていく。食事は卑しい、などと言ってお金がドレス代へ回されることに、子供ながらに危機感があった。
もう貴族でないのだ、私たちは。
そう気づいた時の衝撃は、計り知れない。かつての財産を食いつぶしているだけで、両親はともかく私には何もない。私の時には借金だけになる。そして、まともに生活能力がない両親の面倒を見なければいけなくなる。
「・・・え、結婚って、家を出るのね?」
婿養子ではない。私が花嫁として嫁ぐのだ、と両親の話を飲み込んで理解した。
それはつまり、もう両親も、両親が背負う借金も、いらぬ名前も全て捨てられるのだ。
じわじわと実感する。
今の今まで心配していたことが、一気に杞憂となった。
もう屋敷を掃除しなくていいし、食事に悩むこともしなくていいし、両親が商人に鴨にされるのを妨害しようとしなくていいし、勝手に用意された趣味でないドレスをどう売り払うか悩まなくていい。みっともないと思われないように金を稼ぐ方法を苦心しなくてもいいのだ。膨れ上がっていく借金額に、胃を痛めなくていい。
目の前の霧が晴れるとは、このことか。
あまりのことに信じられず、寝て起きたらすべてが嘘だと言われないことを願った。
◆
見合いというか、引き渡しというか。
両親には顔を合わせてそのまま我が家には帰って来るなと言われた。
条件として私は二度と実家へ戻らないという契約がなされているらしい。普通の女性相手ならば頼れる実家を取り上げられて姑から虐められるかもしれないとなれば非情な話だ。しかし私にとっては僥倖。
(つまりこの両親とも縁が切れるじゃない!)
後々金の無心とか来たらと怯える必要がない。素晴らしい。こんな根回し上手な私の旦那とはいったいどういう人なのだろう。
煌びやかなレストランの広い個室へと案内されて、これから会う人の想像をする。
(久しぶりにこんなとこ来たな)
この一室を用意するには金だけでは駄目だ。それなりのコネが必要になる。そう考えると私の旦那となる人はかなり優秀な商人なのだろう。
隣に座った両親たちは久しぶりの高級な席に酔いしれている。ウェイターにワインを持ってこさせて、多めのチップを渡せば彼らのプライドは満たされる。最新のファッションでなくては恥ずかしくて外を歩けない、なんて考えの人たちだ。
(私なんかに、いくら払ったんだろ)
両親の浮かれようを考えれば借金全額、と桁を計算して震える。申し訳ない、という気持ちでいっぱいだ。
「まぁ、背中が曲がっているわ。あなたも貴族の娘なのだから毅然とした態度でいなさい」
頭の中で数字がいっぱいの私の様子に母は見当はずれな言葉をくれる。
母はいつも気高き女主人なりきりごっこをしているが、幻想もいいところである。
この際、禿げた皺くちゃ爺さんでも油ギッシュなデブでも、暴力を振るう人間でなければ別にどれだけ性格が悪くても容貌が悪くても構わない。両親と縁を切ってくれるというならば、それだけの恩がある。高貴な血だろうが女としてだろうが、払われた金額分はしっかりと役目を全うしよう、と私は強く覚悟を決めた。
「お待たせしました、エドワードです。家名はありませんが、商名としてミリオンを背負っております」
(ド級のイケメンだわ)
暫くして堂々姿を現した人間は、好色な爺さんでも異質な容貌もしていない。むしろ、内から光輝くような整った左右対称でシンプルな面立ち。健康的な焼けた肌に若々しい茶褐色の髪は清潔感をもってしっかり後ろへ流し固められている。
その体格の良さ、着こなされたスーツ、トータルでみてもパーフェクトだ。いや、しかし類は友を呼ぶ。この両親の借金を肩代わりしてやろうという男だ、どれだけ見目がよくたって中身がクズの可能性はある。
「まぁミリオンさん、どうぞ娘をよろしくお願いいたします」
「えぇ、では手筈通り」
本当に簡素なやり取りで、笑顔の両親に私はエドワード・ミリオンの元へ受け渡された。逃げられないように腰を掴まれ、並ばされる。両親はエドワード氏の計らいにより、そのまま部屋でフルコースを堪能するのだという。私たち二人は退室し、いつの間にか馬車へ乗車していた。私は促されるままに茫然と座っていた。
(なんだこのスピード感、出荷か?)
「可哀そうに、お前に声さえかけなかったな」
はい、いい人。
鼻で嘲笑うような仕草に露悪的な物言い。しかし内容は同情めいている。
確実に両親よりはマシな部類である。その鋭い眼光にはどことなく怒りすら含まれていて、それが両親に向けられていることは明白だった。
信じられない、と俯いて誤魔化すが、その行為にさえ肩へ手をそっと添えられた。温かい掌が慰める目的で向けられたのが解る。ただ無言で、しかし戸惑いさえ伝わる。もしかしなくても優しいのでは、と感じた。
いやいや、イケメンで金持ちで優しいって。
例えそんな存在がいたとして、何故自分のような人間を嫁として買うのか。
何か特別な問題があるはずだ、と疑心暗鬼が渦巻く。特殊な性癖をしているとか、なにかあるはずだと、彼の顔を下から窺った。顔がいい。それしかわからない。
「とにかく君は今日から僕の花嫁だ。例え君がどれだけ嫌でもね」
「・・・とくに嫌ではありませんが」
「何?」
「申し遅れました。ご存じでしょうけど私ステラ・エンテと申します。これからはステラ・ミリオンと名乗ればよろしいんでしょうか?」
座ったままであることを謝りつつ、きちんと彼の目を見て話す。彼は、私が急に喋り出したのを驚いたのか、瞠目していた。すぐに訝しむような視線となったのが、私には不思議だった。
石畳で舗装された大通りを過ぎて、馬車はよりいっそう大きく揺れた。車体が跳ねるごとに軋む音を立てて、彼の唸るような言葉は掻き消えそうに小さい。
「僕は君を金で買ったんだぞ・・・」
「そうでした。とりあえず、どういう契約だったかお聞きしても?」
両親からは何も詳細を聞いていないと言えば、仕方がなさそうに彼はため息を吐いた。
その内に馬車は止まり、馭者に目的地へついたことを告げられた。契約の内容は一旦お預けか、と彼のエスコートで馬車を下りれば、そこにはアイアンワークの大きな門があった。
門の内へ入れば丁寧に整えられた広い庭、管理にお金がかかりそうだ、と情緒のない考えがよぎる。大きな屋敷であるが、使用人らしき人間が一人出迎えただけですぐに下がった。最低限の人間しか置いていないようだった。
調度品や絵画も少なく、歩きやすい廊下だ。その代わりのように敷かれた絨毯は毛足が長く落ち着いた色合いだけれど確かな技術を感じる一品。とても母が言う成金とは思えない屋敷だ。機能性重視、無骨で洗練されている。
「良い屋敷ですね」
「ありがとう、君の過ごす家だ。元々は貴族の屋敷だし満足いただけると思うよ」
なるほど、と腑に落ちた。私たち同様に没落した元貴族の屋敷を買い取り改装したらしい。金だけでは手に入らない一等地に建っているのも納得できた。
通された部屋は今までの上品な様子から一変した金の装飾が煌びやかな部屋だった。開かれたドアと緞帳のようなカーテンをよけて、恐る恐る入室すれれば左右の壁には大きな絵画があった。
「掛けてくれ」
「失礼します・・・」
椅子が二つ、壁に沿ってソファが一つ、端にはピアノが一台。貴族用の応接室か談話室かもしれないと思った。私の家にも家具類を売ってしまう前は古いチェンバロなどがあった。少し懐かしい気持ちになって眺めていると、彼は執事に持ってこさせた書類をテーブルへ並べた。
「契約はシンプルなものだ。君のご両親が滞納している商人へのツケを僕が全て支払う代わりに君を娶る。君の待遇について口出しはせず、君を実家に連れ戻すことも禁じている。もしも子供が出来たとしても跡継ぎや後見人としても引き取ることはできないと同時にエンテ家の財産を相続する権利も放棄する。再びつくるだろう借金もね」
「それは・・・」
「お分かりかな、君にはもう逃げ場はない」
彼はそう露悪的な表情で笑ったが、両親から聞いていた通りだ。なんなら結婚後の相続の話まで対策されている。
私に都合が良すぎる、と思った。
「わかりました。あの、結局私は何をすれば」
「何もない、君はこの家で過ごせばいいだけだ」
「何かあるでしょう、商人の妻は一蓮托生だと聞いたことがあります。社交ですか?店番?書類?」
「ふざけるな、君を外に出すような予定はない!この家で大人しくしているんだ」
急に彼はそう強く言った。大人しく引きこもっていろという発言に、私はピンときた。まったく、一番の要素を忘れていた。
「つまり・・・子作りですね?」
「違う!」
間髪入れずに否定された。
何故だ、と私は呆気にとられて首を傾げる。
私の取柄たる家柄、血筋、これは元貴族社会と地続きの上流階級で成金と侮られるミリオン家にとって喉から手が出るほど欲しいはずだ。正統な貴族の血を持っていることはそれだけの権威となる。ならば私との結婚で一番のメリットは跡取り息子、私は頑張って男を産むのが役目となる。
それは貴族の女としてしつこく母親から言い聞かされてきた言葉でもあった。
『私たちは動物ではないのだから、自由な恋愛などしません。家のために結婚し、家のために子を産むのです』
母親は見栄っ張りでどうしようもない人間だったが正しく貴族ではあった。
そんな女の言葉と教育は確かに私のものとなっていて、この結婚とて当然そうなのだと考えていた。
「違うく、ないが。その、僕は・・・いや、とりあえず君は家にいてくれ。さぁ、君の部屋へ案内しよう」
未だに不思議そうな顔をしている私に彼はもの言いたげにしつつも話をすり替えるようにして勢いよく立ち上がった。置物のようにしていた執事がささっとテーブルの書類を片づけるのを見て、私は慌てて彼を追いかけた。
その日は結局、案内された部屋でぽつんと一人になった。
「夕食はこの部屋へ運ばせよう、何か用事があればこいつらに言えばなんとでもなる」
そんな一言で執事とメイドを一人ずつ紹介された。彼はその後すぐに姿を消してしまい、私は一人残された。ゆっくりと美味しい夕食を食べて、寝間着やら色々と準備されてお姫様のような天蓋ベッドへ転がった。
「・・・え、もう寝ていいの」
唐突に、明日のご飯の心配をしなくていいのかと思った。
メイドに優しく朝食は何時がよろしいですか、なんて優しく問われて変な声が出たし、執事に夜中でもいつでもお呼びくださいなんて言われてやっぱり変な声が出た。
ごろーん、と絹の優しいネグリジェを身にまとい見慣れない豪奢な天井のシャンデリアを眺める。窓の外はもう真っ暗で、確かに朝起きた時は次の返済日いつだっけと考えていたのに、一瞬で何もかもが変わってしまった。
「エドワード様様じゃないの・・・」
結局目的がわからないけれど、と思いながら私はゆっくりと降りてくる瞼に逆らわずに、その日は深く眠った。
最近のシンデレラストーリー漫画は「婚約破棄だ!」か「僕の花嫁だ」から始まるのが多いのでチャレンジしてみたんだけど、あんまり意味がなかった。




