最終コール
ビー──
ビー──
ビー──
ナースステーションの隣りには、重篤な患者をすぐに対応できるようになっている病室がある。
しかし今、その部屋は空き部屋になっているはずだった。その部屋からのナースコールのサインが点いた。
「あの……先輩?」
「あぁやっぱり……始まったわ……」
一緒に勤務している先輩は、両手でぎゅっとズボンの腿部分を握って静かに震えている。
「……わ、私行ってきます」
その場から動こうとしない先輩に一つ言葉をかけて、私は隣りの部屋へと向かった。
静かにドアを開ける。
確かに天井に、ナースコールが押された印の電灯が灯っている。
しかし部屋には誰もいない。ベッドの上にはリネンが畳まれたまま置いてあるだけだった。
──どういうこと?
頭の中で疑問符が浮いていたが、とりあえナースコールを解除して部屋を出ることにした。
ナースステーションに戻ると、すぐにまた同じ部屋からナースコールが入った。
私はすぐに部屋へと向かう。
先程と同じで誰もいない。またナースコールを解除して戻ろうとした時、廊下へと出て行く白い足の様なものが見えた。
──あれ? 誰だろうこんな時間に?
ナースコールにビックリした病棟の患者が、確認に来たのかと思った私は気にしなかった。
ナースステーションに戻ると先輩は青い顔をしつつ、何とか仕事をしていた。
時間が経って巡回の時間──
先輩と二人。でも先輩はびくびくしていて先ほどから私の制服の裾を握っている。
私は懐中電灯を握りしめ病棟を歩く。
ふと気配を感じて振り向いた。
──え? 何あれ?
そこには両足だけが見えた。とても白く、向こう側が透けて見えるような。
──嘘でしょ……。
「せ、先輩……」
「な、何?」
いつの間にか立ち止まっていた私達。
私は隣りにいる先輩に小さな声で話し掛けたが、先輩は震える声で何やら小さくつぶやいている。あまりにも小さいために聞こえない。
「先輩っ!!」
「い、急いで戻りましょう……後ろを見ないようにね」
「は、はい……」
そのまま前に視線を戻して足早にナースステーションへと戻ることにした。
先輩は尚も顔色が悪く、書かなければいけない報告書にも手を付けられないくらいカタカタと震えている。
チカッ──
チカッ──
チカッ──
あの足を見てからまだ時間もそんなに経たないうちに、今度はナースステーション内の電灯が一斉に点滅を始めた。
そしてそれは音もなく近づいてきたのだ。
白い足が一歩ずつ近づいてくる。しかし上半身は見えない。
「せ、先輩っ!! ど、どうします!?」
声を掛けても返事がないので、先輩のいるほうを見ると、壁に背を付けてぶるぶると身を縮めて震えている。
「先輩っ!!」
「ひ、ひぃ!! ふ……藤崎さん。藤崎さんが……」
「え? 藤崎さん?」
その名前をどこかで聞いたような……いや、視たような気がした……。
すると、先輩に近づいていた私の後ろに気配を感じた……。
「ひ、ひぃぃ……」
油の切れた機械のようにギギギと顔を後ろへ向けた。
そこにあったもの……。
どこまでも黒々としていて吸い込まれそうな両目と、微笑んでいるような青白い顔は私と先輩の脳裏に焼付き、二人揃って意識を失った。
◇◆◇◆◇◆◇
「咲坂さん、おはよう」
「おはようございます」
あの夜から数ヵ月が経過した──
私は転科届けを出し、看護師として心機一転奮闘中。
先輩はというと……。
あのあと連絡がつかなくなり、噂では心的ストレスにより、体調を崩し療養中だと聞いたが、実際のところは誰も知らない。
そして今夜も──
あの病室のナースコールが鳴り響く──