第90話 心配と杞憂
本日二話目の投稿です
「……それって、私が何をしているのか、皆さん理解してるって事ですか」
「まぁ、な」
レイの純粋な疑問に、眼を泳がせながら答えるハルを見てレイは両手で顔を隠した。
「あぁ~……」
「グラナートとブレアに用事なんて、それくらいしかねぇだろ」
恥ずかしさで顔を伏せるレイに向け、ニヤリ、と口角を上げたハルは、今度は心から楽しそうに笑って見せる。
「1年なんだし、まだまだってことだな」
「お恥ずかしい……」
力なく、羞恥に震わせた声を漏らすレイを愛おしそうに見つめながら、ハルは真剣な眼差しへ表情を引き締める。
「レイ」
声のトーンを変えたハルに、レイはすぐに顔を上げ、自分もまた表情を変えた。
「なんでしょうか、お兄様」
(王族について、何か進展があったのかもしれない。ここは、しっかりとお兄様の言葉に耳を傾けなければ)
硬い表情で見つめ合う二人は、月明かりに照らされ、互いの顔に影を落とす。
ゆっくりと口を開いたハルは、少し眼を細め、憂色を濃くした。
「俺も参加させてくれ」
「……え?」
予想とは全く違うハルの言葉に、レイは呆気にとられる。
しかしすぐに我に返り、ハルの顔を見つめた。
「今は母親が来ているだろ。何があるか分からない。だから、お前を1人にしたくはない」
眉間に皺を寄せながら告げるハルに、レイは戸惑いながら言葉を返す。
「ですが、グラナートさんとブレアさんもいますし……」
「あー、違う」
困惑するレイに、ハルは頭を掻きながら否定する。
ハルはレイの肩を掴み、来た道へ振り返らせる。
レイが一人で歩いていた道は暗く、死角も多いため、誰かが隠れていてもすぐには気付けないようになっていた。
「お前、ここを1人で歩いてたんだぞ」
「あ……」
ようやくハルの言い分を理解したレイは、自分の歩いた道を見つめながら口を閉ざす。
無防備な妹に手を焼くようにハルは大きく溜め息を吐く。
「それなら、お兄様の手を煩わせなくともブレアさんにお供を頼めば……」
「あーもう!!」
それでも尚、兄に迷惑をかけまいとするレイの肩をもう一度掴み、今度は自分の方へ振り向かせながらハルは叫んだ。
「俺がお前のそばにいたいんだよ!」
真剣な顔つきで告げるハルに、レイは眼を見開き動きを止める。
今まで自分へ向け言われたことの無いセリフに、返す言葉を探すレイに、ハルは視線を逸らす。
「あの、間違っていたら、その、」
「なんだよ」
言葉を迷い、途切れ途切れにレイは口を開く。
拗ねたように顔を逸らすハルに、レイは上目づかいで尋ねた。
「心配、してくださっているのですか……?」
「悪いか!?」
腕を組み、レイへ背を向けたハルに、レイは目を丸くし口元を両手で覆った。
(お兄様が、私を心配してくださっている! 大声で叫ぶほどに! 私の為に、そこまで心を痛めてくださるなんて……!)
「お兄様……!」
レイは、嬉しさのあまりハルの背中へ抱き付いた。
妹の想定外の行動に、ハルは驚いて振り返ろうとするが、レイに抑えられ動くことができず諦める。
「返事は?」
「是非……!」
レイの腕が緩んだところで振り返り、腕を組んだまま尋ねるハルに、レイは満開の笑顔で答える。
呆れたように笑うハルは腕を解き、レイへ両手を広げた。
「ほら」
「お兄様……!」
レイは満開の笑顔に僅かに嬉し涙を添えて、勢い良くハルの胸の中へ飛び込んだ。
しっかりと妹の身体を受け止めたハルは、その華奢な身体を愛おしそうに抱きしめる。
美しい兄妹は、誰もいない学園の隅で、月明かりに照らし出され、星々に祝福される。
笑いあう2人の仲を裂くものは、そこには存在しない。
ハルとレイは互いの気が済むまで、その優しい温度を味わっていた。




