第81話 桜のベンチ
「……やってしまいました」
ハルとティアナが肩を寄せ合い始めたのと同刻。
格闘場にて、レイは頭を押さえなが木陰へと歩みを進めていた。
「お兄様に注意されましたが……」
溜め息を吐きながら、レイは自分の頭を押さえる。
物思いに耽っていたレイは、クラスメイトが打ち出した魔術に気付かず、間一髪で避けたものの、そのまま足を滑らせ頭を打っていた。
講師から保健室へ行くことを勧められたレイは、とりあえず静かな場所で休もうと外へ出た。
「この辺りに、ベンチがあったはずですが……」
レイは歩きながら辺りを見回し、大きな桜の木の下に設置された1つのベンチを見つける。
「あそこですか」
レイは桜の木の方へ足を向け、ゆっくりと近づいてみると、ベンチの上で誰かが寝ているのが見えた。
「……」
そこには、程よく筋肉のついた身体を持ち、制服を着崩し、桜を見上げるようにして寝ている赤髪の3年生がいた。
「何故、貴方がいるんですか……」
溜息を吐き、場所を変えようとアルフに背を向けたレイは、だが振り返ってアルフのその綺麗な赤を見つめる。
「……綺麗な色、ですよね」
レイは吸い寄せられるように近づき、少し屈んでアルフの髪の毛を見つめる。
その髪を撫でようと、レイはアルフへ手を伸ばした。
「ちょっとなら……」
伸ばした手がアルフへ触れようとしたその時。
突然アルフが眼を開き、レイの伸ばした手を掴んだ。
「え?」
驚く間もなく、レイの身体はアルフに引っ張られる。
眼を見開くレイの身体をベンチに押し倒し、アルフ右腕を振り上げレイへ殴り掛かろうとした。
「……!?」
衝撃に備え、レイは強く眼を瞑った。
が、いつまでも痛みは襲ってこず、レイがゆっくりと眼を開くと、至近距離にアルフの拳があった。
「……レイか?」
拳をレイの前からずらし、寝惚けた声でアルフは問う。
呆然とし、返事もできないレイを見て、アルフは頭を掻く。
「あー、すまん」
「……いえ、こちらこそ」
気まずそうに視線を逸らしながらアルフはレイへ謝罪する。
未だ自分に起こった状況を飲み込めていないレイは、形だけの謝罪を返した。
「俺みたいな人間は寝こみを襲われることもあるからな。なんというか、癖なんだよ」
レイに視線を戻すことなくアルフは言い訳にも似た説明をする。
特に気にする様子もなく首傾げるレイに、アルフは溜め息を吐いた。
「怪我ないか?」
運動服で身を包み、髪をリボンでまとめた見慣れないレイの格好に、アルフは視線を泳がせる。
レイの上から退きながら、アルフは最初に尋ねるべきであった問いを口にした。
「いえ、貴方からはありません」
頭を押さえながら答えるレイに、アルフは眼を細め、レイの頭を優しく撫でた。
「頭打ったのか?」
優しく尋ねるアルフに、レイは少しだけ頷いて、頭を動かしたことを後悔する。
痛みで顔を歪めるレイを、アルフは優しく起き上がらせた。
「手当ては?」
「していません」
正直に答えるレイを自分の肩に寄り掛からせ、アルフはその小さな頭を撫で続ける。
アルフの大きな手は、レイに安らぎを与えた。
「悪かったな、頭痛いのに押し倒して」
「いえ、大丈夫ですから」
自分の髪を結ぶリボンを解き、レイはアルフへ体を預けたまま眼を瞑る。
(あぁ、この安心感はきっと、あの時感じたお兄様への思いと同じもの……)
2人は、それ以上の会話を続けることなく、ほとんど散ってしまった桜を眺める。
舞い上がる花びらは優雅で、2人に舞いを披露しているかのようであった。




