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第一章 戦場 -6-


 近いうちに戦場へと駆り出されるのが確定している以上、のんびり宿で寝て過ごす訳にもいかない。準備を早く始めるには越したことはない。

 そんな理由があって、既に何度も通り慣れた手つきで森をかき分けて、ソラはリアと共にゼクスクレイヴの元へと向かった。ソラの武装の高周波ナイフは、ゼクスクレイヴのコックピットの中で充電されている。それを回収し、万全の用意を整える為だ。


「……ひとつ、聞いてもいいか?」


 深い森を歩きながら、リアはそう問いかけた。どこか躊躇いがちな声音だった。


「何だ?」


「あの鋼の大天使は、使わないのか? あれを使えば、竜など一瞬で倒せるだろう。たとえ賢竜であっても、だ」


 リアの言葉に、ソラも心の中では同意する。

 それは、間違いなくそうだろう。あのゼクスクレイヴに乗ってさえいれば、ソラの身は安全だ。如何なる竜にもあの装甲は破れないし、逆にゼクスクレイヴのどんな攻撃も彼らに防ぐ術がない。

 一匹二匹の竜を倒せる、などという次元ではない。あんな兵器があれば、この世界で起きている戦争など一瞬で終結する。

 だが、それに乗れない理由がソラにはある。


「……整備もせずに二年も経ってるんだ。もうあれは機体強度の限界だろう。下手に運用して戦地のど真ん中で壊れたら、どうすることも出来ない」


 いくら無補給下の運用を想定しているとは言え、実際に二年も何の整備もなしに野ざらしで放置していれば機体のあちこちにガタがくる。

 まして、速度を重視したソラの機体の強度は高くはないし、関節への負荷も相当かかるというデータもある。今の状況で操縦すれば、全速で空を舞うだけで機体のどこかが分解する恐れすらあるだろう。


「だが、乗ろうと思えば乗れるのだろう。この時代ではやはり難しいかもしれないが、整備も無理をすればどうにかなるのではないか?」


 そのリアの言葉は正しい。この時代にないものは多いとはいえ、水や油程度であれば容易に手に入る。ソラの持っている知識と合わせれば、ゼクスクレイヴを動かす程度の整備ならば、問題なく行えるかもしれない。

「竜と人の戦力は、人側が圧倒的に不利だ。今は数と知恵で押してはいるが、時間が経てば竜の方が優勢になろう。そのとき、この力があれば――」


「駄目なんだ」


 リアの言葉を遮ってまで、ソラはそう否定した。

 握り締めた手に爪が突き刺さる。


「俺には、あれを操縦する資格がない……っ」


 そう答えるので精いっぱいだった。その言葉のすぐ、ソラたちは森を抜けた。

 その先で待っていたのは、いつもと変わらない純白の騎士だ。一騎当千を掲げられたその機体が放つ威圧感に、ソラの身体が押し潰されそうになる。

 呼吸が早くなる。

 目の前がちかちかと明滅する。


「あれは……っ」


 あれは、最愛の人を殺した。そう続けようとして、けれど声は出なかった。

 握り締めた拳が震えた。思い出したくもないのに、その瞬間が思い出されて視界がぐらぐらと揺れた。

 瞼に焼きついた、クロイツアインの消えそうなカメラアイの光が。

 耳にこびりつくような、アイリス・ホワイトブレットの最期の言葉が。

 この手に纏わりつく、操縦桿トリガーから返って来た、人を討った感触が。


「――ッ」


 それ以上、言葉に出来なかった。

 あの瞬間が思い出される度に、胸が本当に押し潰されそうな痛みを発する。

 何度も何度も、あの瞬間に戻ってやり直したいと願ってきた。もしかしてこれは悪い夢で、本当は起きたらまだ最終決戦の前なのではないか、なんて夢想は何万回と繰り返した。

 だが、これは現実だ。それは絶対に揺らいだりはしない。夢なんかでは決してなくて、やり直したくても一秒だって巻き戻れない。

 それが酷くもどかしくて、苦しくって仕方がない。


「……言いたくないのなら、聞かない」


 もう何も言えなくなったソラに、リアは短くそう呟いた。そのあっさりとした引き際に、ソラは少しだけ意外に思う。傭兵団を組もうと言っていたときは、あんなにしつこく勧誘してきたのだから、ソラがそう思うのも当然だろう。


「……いいのか」


「構わん。誰だって秘密の一つや二つあるだろう。お前にとってそれが、あの鋼の大天使に乗れない理由なのだろう」


 リアは少し明るい声でそう言った。それ以上ソラが辛い思いをしなくて済むように。きっと、そんな配慮なのだろう。その優しさが、今はとても心地よかった。


「君にも、あるのか?」


「もちろんだとも。乙女は秘密で一杯だぞ」


 そう言って悪戯っぽく笑うその姿は、本当に可憐だとソラは思った。

 ほんの少し、それでも確かに、ソラの手の震えは小さくなっていた。


「じきに戦争が始まる。それまでに万全の準備を整えねばならない。余計なことは、頭の隅に追いやってしまえ。でないと死ぬぞ」


「あぁ、分かってる。君こそ死ぬなよ」


「仲間を見捨てる気はないのだろう? ならば、お前と一緒にいる限り私は安全だ」


 そう言って無邪気に笑うその姿に、ソラはどう反応すればいいのか分からなかった。そんな信頼を、かつては裏切ってしまったソラだから。

 ただ、胸の中でもう一度。

 もう二度と失敗しないと、そう誓う。



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