乙女が泣けば、デフレスパイラルー2
航輝達《スターライツⅤ》は、やはり商店街の端で、鋭一の車に乗って待機していた。
「それにしても《ラ・フィエスタ》も、せこい作戦を立てるよなぁ」
鋭一がつぶやく
「そんな事ないよ」
悠里が答えた。
「あちらの、作戦目的は、新幹部の披露と言うだけだもん。それはシッカリと果たせるように出来てる。あれもこれもと考えるより。一つの目的を果たしたほうが、成功しやすいんだよ」
「悠里には良い作戦に見えるのか」
「うん。だってさ、正義の味方からワイロを取るでもなく、一般の人たちから無理矢理お金を奪うわけでもない。なのに《ラ・フィエスタ》には寄付が集まるんだよ?しかも、支払う側は強制じゃなく、むしろ喜んで、お金を支払ってるしさー」
なるほど、考えてみれば確かにそうである。
航輝達《スターライツⅤ》に仕事をさせつつも、動く以上は《ラ・フィエスタ》の利になる様に行動し、さらには商店街の人たちの事も考えている。
「それに、この作戦が上手くいけばさ」
悠里が言葉を続ける。
「少なくとも、商店街の会長さんは、解体を手伝ってくれた《ラ・フィエスタ》を今後、好意的な目で見るはずだよ。潜在的な協力者もゲット出来るはずだもん」
「うええ。そこまで考えて、作戦立ててるのかよ。俺には無理だなぁ」
「弥栄さんは、脳のリソースの八十パーセントを、ロリとショタで使い続けているからねー」
「悠里ちゃんの事も、当然含まれているよっ」
悠里は、さわやかな顔をして微笑む鋭一の運転席を蹴りつける。
そんな姿を横目で見ながら、航輝は、今悠里に説明された内容を考え直していた。
誰からも文句が出ない侵略行為……
重蔵おじさんは、やはり一筋縄ではいかない人だ。
そんな人の組織と戦えるのは、やはり高揚感がある。
「あれ?向こうから来るの。都さんじゃない?」
悠里が何事か気が付いたようだ。
見ると、都が航輝達の車に近づいてきている。
「都ちゃんも、ちょっと緊張しているみたいだなぁ」
鋭一がつぶやく
「初出動だもん、仕方ないよ。」
悠里がそれに答える。航輝や悠里も、半年前同じ体験をした覚えがある。
「航輝、お前、ちょっと見てきてやれよ」
「え、でもすぐ出番ですし」
「俺たちは、《ラ・フィエスタ》のおっさん達が名乗りを上げて、ある程度破壊工作してからだろ。まだ時間あるから、都ちゃんと話をしてきてやれ」
「そうだよ、行っといで。お兄ちゃん」
鋭一と悠里がしきりに勧める。
二人とも、にんまりと笑っているのは気のせいだろか。
この二人、仲が良いのか悪いのかよく解らない。
「じゃぁ、ちょっと行ってきますね」
航輝は車を出て、都の方へ近づいていった。
「どうした?なんか用か?」
「や、うん。なんか落ち着かないね」
自分が近づく前に、声を掛けられ、少し驚いた風にみえる。
「最初の出撃だからなぁ。なに、なんとかなるさ」
「そうだと良いけど……」
「作戦自体はあと三十分で始まるけど、お前が登場するのは、更にその後だろ?今から緊張してたら疲れちゃうぞ」
「そう、だけどさぁ」
やはり落ち着かないように見える。
自分では望まない悪の女幹部を、自分の為に我慢して参加してくれるのだ。
航輝としては、すごく申し訳ない気持ちでいっぱいなのである。
「少し歩こうぜ」
「うん」
航輝は、作戦までの少しの時間、都の話し相手になる事に決めた。
「航輝達は、どうするんだっけ?」
「戦闘員と怪人を蹴散らして、おじさんに迫る。おじさんは、俺達と戦わずに、、新幹部のおまえを呼び出して代わりに戦わせる。後は俺とおまえがある程度戦ったら撤収だな」
「うまく戦えるかな」
「いや、戦いは〈パーソナルウエポン〉に任せちゃえば問題ないよ」
正義や悪の組織のメンバーというものは、だいたい、戦うための特殊な能力を持っていたり、特殊なアイテムを所持しているのが普通である。
逆に言えば、多少なりとも戦うための手段を持っていなければ、正義や悪のメンバーとは言えないのだ。
超能力や魔法や気功武術などなど、戦うための手段は沢山あるが、航輝や都達にはそのような特殊な能力は備わっていない。
というか、そのような特殊な能力を持つ正義の味方や、悪の幹部など数える程しか聞いたことが無い。隠して居るのかも知れないが、少なくとも航輝の周りにそんな超人は存在しなかった。
では、大抵の正義や悪のメンバーは、、この〈パーソナルウエポン〉と呼ばれる特殊なアイテムを所持しているのだ。
「それ、一回も使った事ないから、いまいち使い方が解らないのよねぇ」
「使い方、習わなかったのか?」
「これでも一応、悪の組織の娘だからね。昔から教わってはいたけどさ」
パーソナルウエポンとは、悪の組織や正義の組織の構成員が武器として使うアイテムのことで。登録した者しか使うことが出来ない個人用のアイテムだ。
剣や銃などの個人用武器から、飛行機や戦艦などの乗り物までを指して、広く使われている。変わり種では、リボンや楽器なども存在する。
都の場合、一つだけパーソナルウエポンを持っていた。
『死神の靴』と呼ばれる靴だ。
この靴は、初代バイラオーラ。すなわち、都の母の所持していたパーソナルウエポンの形見である。
これらは、普段ナノレベルで分解され、変身機構の中に収納されている。
その原理までは、航輝や都では解らない。
「私の靴さ、お母さんのお古だからさ。経験値は溜まっているけど、私が使いこなせるかどうか、心配なのよね」
「大丈夫だって、おばさんの靴なら尚更だよ」
「そう?でも、これ古いよ?」
『死神の靴』は、ステップを踏むことで、着用者に強力なキック力とジャンプ力を与えるパーソナルウエポンである。
初代のバイラオーラは、『死神の靴』による蹴り技で、高圧電線の鉄塔をへし折った事もあると聞く。
構造的には単純な武器であり、古いと言っても充分実用に耐える。
それに、子煩悩なおじさんの事だ、めちゃめちゃ金をかけてチューンナップされているに違いない。
「それにそれ、戦闘サポートシステムもついてるんだろ?」
「うん、一応ねー。なんか二年ぐらい前、お父さんが付けてくれた」
やっぱりだ。
戦闘サポートシステムは、そのアイテムの使用方法の履歴にアクセスし、その中から、着用者が現在置かれている状況に最も効果的な対応法を検索・提示してくれるという便利な機能である。
高価なものなら、着用者の選択に合わせて、体の動きまでサポートしてくれるものもある。
都のは、もちろんそれだ。
「じゃぁ、大丈夫だ。悪の組織と正義の組織が沢山あった時代からの経験が蓄積されているからな。『死神の靴』に記憶された、戦闘技術に任せちゃっても充分戦えるはずだよ」
実際、初代バイラオーラ……つまり、都の母レベルの戦闘をされたら、航輝など一瞬でやられてしまうだろう。
都が何処まで先代の技術を引き出せるかにもよるが、航輝だって余裕であしらえるというものではないのだ。
「むしろ俺の方が、やられないか心配だよ」
気休めでは無く、そう言った。
「でもさぁ、あんたの武器だって、パーソナルウエポンじゃない」
それでもまだ思う所があるのだろう。それとも緊張を紛らわせたいのか。
都は、不安を口にする。
航輝は、ちらりと腕時計をみる。
作戦開始まであと一五分という所だった。
もう少し、付き合おう。
そう考えると商店街を二人で歩いていく。
「俺の剣は、そこまで改造していないよ。戦闘サポートシステムも付けていないしな」
航輝は戦隊系の正義の味方の嗜みとして、『スターライツソード』と『スターライツガン』という名前の剣と熱線銃をパーソナルウエポンとして所持している。
熱線銃の方が強力だが、熱線銃は都との戦いで使うつもりは無かった。
剣だけで、戦うつもりだ。
他に、『スターライツイーグル』という飛行機があるにはあるのだが、五体合体して巨大ロボットになる機構が壊れており、秘密基地の倉庫に眠ったままだ。あれは燃費もかさむし、ずっと倉庫にしまったままだろう。
「それに、変身後のコスチュームも、幹部級だろ?」
「う、うん」
都が変身後に纏っている、バイラオーラのコスチュームは、悪の幹部クラスが装備する高性能のものである。
首領級程の防御力は無いが、スターライツレッドの武器の一撃程度で、実際に切り殺されてしまうことは無い。肌が露出していると見えるところですら、ある程度の防御力があるのだ。
そうだとはいえ、当たればやっぱり、すごく痛い。
その点について、航輝は黙っておくことにした。
商店街にカスタードたい焼きの店があったので、二つ注文する。
「ほい」
「わたしに?」
都にひとつ渡すと、少し驚いた顔をする。
「この前のジュースのお礼ってことで」
「あ、ありがと」
二人でたい焼きを食べながら歩いていると、商店街の入り口、夕凪駅前広場に出る。
広場といっても、案外狭い。よくて、サッカーコートの半分程度だ。
この広場に、商店街の特設会場が設営されていて、その奥には大きなアドバルーンが設置されていた。
アドバルーンとはヘリウムガスを注入した大きな風船(気球)に、宣伝文句を書いた布を吊り下げ、飛んでいかないよう何処かに係留しておくものだ。
通常は、ビルの屋上などに設置されるものだが、ここでは広場に土台を設置し、そこに?ぎ止めていた。垂れ幕には
『夕凪駅南口商店街、タイムセール。お肉・お魚3割引き』
などと書いてある。
「こんなのまで用意したのか」
「すごいわねぇ」
二人ともつい呆然と呟いてしまう。
商店街の人たちは、自分たちの戦いに乗じて、セールまでやるつもりなのだ。
たくましさに、頭が下がる思いである。
「まぁ、気負うな、最初はパーソナルウエポンに任せていれば何とかなるよ」
運動神経が良い都なら、直ぐにものするはずだ。
「後は台詞だな。お前、昔からあがり症なところがあるから、それが心配だよ」
「それは大丈夫。四日間、悠里ちゃん付っきりでセリフ回しも大体覚えたから。いまならアドリブでバイラオーラ風に喋ることだってできるよ?」
都が笑いながら言う。
悠里がこの数日、志摩家に通っていたのはそういう訳だったのか。
「そっか、ありがとな都」
航輝は、都に礼を言った。
「いや、嫌だったハズなのにさ、俺が頼んだばっかりにセリフまで練習させちゃってさ」
今まで武器の性能や、コスチュームの安全性を聞いても、不安の色を隠せ無かった都は、航輝の感謝の言葉を聞いた後、なぜか安心した表情をみせた。
そして、うーんと伸びを一つすると、航輝の方を見て言った。
「うん、わかったよ航輝。私、なんとかやってみる」
「そうか?」
「うん、頑張ってみる」
もう大丈夫そうだ。
初めての戦いの前に緊張するのは、航輝にも覚えがある。
自分と話をすることで、それが和らいだのならば良かった。
航輝はほっと一息ついた。
そろそろ作戦の時間だ。戻らねばならない。
駅前の広場では、商店街のキャラクターなのだろうか。
耳が長く鏡餅のような顔をした、犬だかウサギだか解らない謎の着ぐるみが、数体、でべでべと歩きながらチラシを配っている。
そのチラシを持っていけば更に1割引きなのだそうな。
都を見ると
「あ、やすい、買っていこうかしら」
などと、真剣に悩みこんでいる。
慌てて都を引っ張って戻ることにした。
航輝だって、片手に買い物袋を下げた悪の女幹部とは闘いたく無いのだ。