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復讐者のM&Aー2

土曜日。

弥栄鋭一の朝は早い。

彼は素早く身なりを整えると、最寄の池神線の駅へと急いだ。

彼は美青年である。そのいささか特殊な趣味のインパクトに負けて、忘れられがちだが、顔は俳優、スタイルならモデル、佇む姿はダビデ像と言われている程だ。

土曜の彼には、使命があった。

《サンクチュアリ》から云われのない恨みを買い、作戦を受けてくれる組織がいない今のような危機的状況でも、やめることの出来ない重要な使命である。


人通りの少ない道を、薄手のブルゾンにジーンズという出で立ちで、颯爽と走る様は実に涼やかだった。

鋭一が駅に着くと、まだ駅は閑散としていた。

「よかった、間に合った」彼は、電光掲示板で次の電車の発着時間を確認すると、安堵の笑みを浮かべる。

数分後、彼がいそいそと乗り込んだ電車は、異様な風景だった。


平日ならば、通勤客でごった返す朝の電車。

しかし、今日は、鋭一にとって『天使の楽園』と化していた。

その小さい体に、明らかに不釣り合いなランドセル。紺を基調に彼らの無垢さを引き立てる制服。

彼は、幼い子供たち特有の無邪気さ、数年で失われてしまう儚さを愛しているのだ。昨今のゆとり教育の影響で、土曜の朝、通学する必要のある学生は、私立学校の生徒だけである。さらに、中学生や高校生は、土曜の通学時間は遅くなりがちだ。その結果、土曜の朝早い電車の中は、鋭一の愛する小さな天使たちが占拠することとなる。

彼の天使たちは、電車の中であることなどお構いなしに、走り周り、歌い、語り合っている。

(し、しあわせだ……)

目じりから涙さえ浮かべて、微笑む鋭一の姿は、どこから見ても気の良いお兄さんである。

そう、土曜の朝、わずか3駅の間だけの天使たちの園を見ることが彼の楽しみ、彼が『数分間の至福』と呼ぶ時間なのだ。


「相変わらず、趣味が悪いわね」

至福の時間が不意に破られた。

ある女が、鋭一の座る座席の右隣に座ったのだ。

普段ならば、こんなに接近するまで気が付かないことは無いのだが、今は『数分間の至福』の間である、隣に座られるまで気が付かなかった。

「朝っぱらから、気味の悪い男だわ」

女は、鋭一にしか聞こえない小声で言った。

「あ?!俺の至福の時間を邪魔しやがって……」

信じられない暴挙である。

まさに万死に値するが、周りに天使たちがいるこの状況で、こいつをブッ飛ばすわけにもいかない。

それに隣に座る女は、鋭一の見知った女だった。

つい数か月前まで、《スターライツⅤ》でスターライツピンクをやっていた女だ。

名前を、九条紗理奈という。

「何か用か?」

「用が無ければ、アンタみたいな変態に近づかないわよ。子供たちに見とれて、私が近づくのにも気が付かなかったみたいだし」

「ふん、俺は、年増に興味は無いからな」

油断したのは事実だ。この女が、鋭一の寝首をかく気でいたら、今頃やられていただろう。九条紗理奈にはそれだけの実力がある。

鋭一よりも三歳ほど年上だが、スターライツⅤに入ったのは、ほとんど一緒であった。

以来、紗理奈が他の正義の組織の、ヘッドハンティングに応じて《スターライツⅤ》を去るまで一緒に戦ってきた相手である。

「言ってなさい、で、話を聞くの?」

「まぁ、待て。次の駅で『天使』達が降りてからな」

これだけは譲れないのだった。


「えらく良い、身なりだな」

電車を降りた先で入った喫茶店で、二人は机を挟んで話していた。

スーツ姿の紗理奈を見て言う。彼女が纏っているのは、高級ブランドのスーツである。確かイタリアかどこかの有名デザイナーが手掛けている者だったはずだ。

着けているアクセサリーも高級品であり、紗理奈の羽振りの良さが見て取れる。

「また誰ぞ、男にでも貢がせたか?」

「自分で買ったのよ」

「そりゃ豪勢だ」

注文していたコーヒーが来る。鋭一は少し口をつけてから紗理奈に聞いた。

「で?毛嫌いしている俺のところに来た理由は?」

「アンタの性癖なら、ほぼ全ての女が、毛嫌いすると思うけどね」

「俺のは性癖じゃない。ポリシーだ」

実に重要な事を正しく訂正したのだが、頭の固い紗理奈には伝わらなかったようである。

「まぁ、どうでも良いわ。今日はアンタに良い話を持ってきてやっただけなんだから」

「良い話?」

「ある正義の組織がね、アンタの力を見込んでウチに来ないかって言うのよ」

思った通り『引き抜き』の話だ。

最近の正義の組織は、実力のある正義の味方を『引き抜く』事で、メンバーを増やす傾向がある。

組織としては、見習いの頃から育てるより、遥かに効率が良い。

見習いを教育する、費用を考えれば、既に成長し実力のある者を『引き抜いた』方が安上がりなのだ。

「引き抜きか……」

「ええ、そうよ」

紗理奈はあっさりと認めた。

「あんな貧乏くさい正義の組織にいても、儲からないでしょ。そっちに行きなさいよ」

そこまで言って、紗理奈は注文したアイスティーを飲む。

「航輝君もそろそろ限界なんじゃない?アンタが焚き付けるから。――デビューと同時に正義の組織のリーダーなんて無理なのよ」

「と、言う様に頼まれたってわけだ。そういえば、お前がヘッドハンティングされて行った所、確か《サンクチュアリ》の下部組織だったよな?」

「わ、わるい?アンタの所より、条件も待遇も良いのよ」

紗理奈は、鋭一の言葉に狼狽したようだ。

やはり《サンクチュアリ》から言われて、自分を引き抜きに来たらしい。まぁ、そうでなければ自分を目の敵にしているこの女が、わざわざこんなところまで出向いては来るまい。

この女は、その昔、鋭一が自分に気があるのではと考え、逆にモーションをかけてきた事があったのだ。『幼い天使』のみを奉じる鋭一が、これを素気無く断ると、今度は目の敵にして来たのだ。以来、なにかと突っかかってくる。迷惑な事この上ない。

「アイツは、よくやってるよ」

鋭一は、航輝を思い浮かべて言った。

実際、航輝は良くやっている。

失踪した先代の跡を継いで、小さな正義の組織を何とかしようと必死に『大人』になろうしているのだ。

実力も、経営も、言葉遣いも随分と背伸びをしているのが解るだけに。鋭一は何とかして手助けしてやりたい。

「よくやってても、もう《スターライツⅤ》には、仕事が回ってこないわよ?」

「《サンクチュアリ》が相手じゃ、そうなっちまうんだろうなぁ……」

鋭一は、つぶやく。

「航輝君も悠里ちゃんも馬鹿よね、《サンクチュアリ》が圧力をかけなくても、近いうちに潰れそうだった組織を必死になって護っちゃってさ。聞いたわよ。仕事一個とるのに、このあたりの悪の組織ほぼ全部に、泣きついてたんですって?」

「なぁ」

「なに?」

得意げに話す紗理奈に、一言、言ってやらねば気が済まない。

「俺もお前も、いつから作戦を『仕事』って言うようになった?」

「なんのこと?」

紗理奈は、聞き返した。

「いつから、境遇や待遇を気にし始めるようになった?」

「なにが言いたいのよ?」

「正義の味方が行う『正義』は『仕事』なのか?条件の良い悪いって言うけどさ、『正しい事』を行うのに条件がいるのかぃ?」

「……私のやったことが間違ってるっていうワケ?」

 紗理奈の言葉に苛立ちの色が混じる。

「いや、別にお前が条件の良い方を取った事を責めているんじゃない。だが、俺は正義の活動を『仕事』と言い切るヤツの助けが欲しいとは思えないだけだ」

すくなくとも、そんな相手に鋭一は、助けて貰いたくはない。

「そんな訳だから、お前の『助け』は要らないよ」

紗理奈は、怒りで顔を真っ赤にしている。いい気味だ。

ここで反論するのも大人げないと思ったのだろう、紗理奈は、テーブルに自分の分の代金を置くと立ち上がろうとする。

用が無くなったから退散するつもりだろうが、そうはいかない。

「おい、話につきやってやったんだ。ひとつ教えろ。《サンクチュアリ》の聖園・ジゼル・由美香は、なんで俺達にこだわる?」

「ハッ!そんな事も知らないの?いいわ、昔のよしみで教えたげる。呆れる様な馬鹿らしい理由よ」

 紗理奈が話した内容は、本当にバカらしいものだった。全国で流れた映像に、アドバルーンが映っていた事。航輝の斬撃が、聖園由美香の顔の写真を切り裂いた事が、放映された事。

「そいつは……ガキなのか?」

 世の中は不思議な事がいっぱいで、大抵の事は、信じることが出来ると思っていた鋭一にもにわかには信じられない。

「ええ、おそらく精神構造はね。お金と権力を兼ね備えてはいるけれど……ああ、でも、外見は大人のしかも、美女よ」

そんな情報はどうでも良い。幼女なら話は別だが。

「じゃぁ、私は行くわ」

 いう事は行ったと、紗理奈は今度こそ立ち上がった。

「沈んでく船に乗り続けるほど、馬鹿だとは思わなかったわ」

一言そう言うと、立ち去っていった。

鋭一は、すっかり冷めきったコーヒーを啜ると、一つ大きなため息をついたのだった。

さて、航輝達にどうやってこの事を教えてやるべきか。

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