安心できない景況感報告ー6
《サンクチュアリ》のリーダー聖園・ジゼル・由美香は、その日も不機嫌だった。
世界を股にかける、正義の大組織は、その大きさゆえに各国の政界・財界人と交流する事が多い。ましてや、由美香が日本を代表する企業、聖園コンツェルンのトップであればなおさらの事である。
その日は、朝から財界人と世界の主だった正義の組織のリーダーやサブリーダーなどが集まったレセプションに出席すると、沢山の男たちと歓談してきたのだ。
先日、悪の大組織を征伐したことも当然、彼らの話題に上った。
自分でも、よく辛抱したものだと思う。
「いやー。素晴らしい業績ですな。たった三年で、あの悪の世界的大組織を征伐するとは」
「元々、弱っていたとはいえ、たいしたものですなぁ」
「一年前の事件のあおりを受けた形で、思ったよりも怪人数が少なかったのが勝因でしょうか」
彼らは、一事ワイドショーやゴシップ記事で騒がれた、商店街のアドバルーンについても、ジョークのつもりなのか、馬鹿の一つ覚えの様に話しては笑い合っていた。
「本当に、さすがグレイスフルエンジェルです。世界を救うだけじゃなく、商店街までお救いになるとは」
「あの商店街も、由美香君に広告を頼んでくるんじゃないかね」
「それはいい。夕凪駅前天使通り商店街なんて改名したら客が入りそうなものです」
などと、口々に言いたい事を言い合った。
普段なら、そんなこと言う者の口は捻りあげるところであるが、そうはいかない。
由美香は、必死に笑顔を作りながら耐えたのであった。
握手を求められた手が気持ち悪い。引き攣った笑顔のまま、固まってしまっているのではないかとも思う。
夕方、ようやく解放された由美香は、聖園コンツェルンの執務室帰ると、近くのクッションを手に取り、床に叩きつけた。
「なんですの!あの方々はッ」
「お帰りなさいませ、お嬢様」
先んじて執務室に入っていた、家令の斎木が恭しく一礼する。
「あの方々は、わたくしの業績は出来るだけ小さくしておきたいのですわ。商店街の事で笑うのも《トータル・ディプロヴァリー》が弱っていたですって?」
「その様な事はございませんでした。我々は十全の状態の彼奴らめを相手にし、勝利したのでございます」
斎木が、由美香の言葉に丁寧に答える。
「そうです!!……それに商店街での失態も、もうウンザリするほど聞かされたのですっ」
「お察しいたします。お嬢様」
由美香の年齢は今年の誕生日が来れば、ようやく二十歳になるという若さだ。今日会った、正義のリーダーなどからすれば、まだまだ若輩である。それが、目覚ましい業績を残したのが気に入らないのだろうと由美香は思う。
「今日は、もうこれで終わりでしょうね?」
「いいえ。お嬢様。この後、二十時から政界の方々を招いての晩餐会がございます」
まだあるのか。由美香は気が滅入る思いだった。
「わたくし。すこし休みます。十九時までは誰も入れないようになさい」
「しかし、それでは晩餐会に間に合いませんが」
「構いません。何年、持つかも分からない与党の議員など、少しぐらい待たせても構わないでしょう?」
「はい、お嬢様。」
仮眠をとるとしても、一度さっぱりとしてから眠りたかった。
「ああ、一つだけご報告しなければならない件がございます」
「後にならないの?」
「御不快な事は、一度に纏められた方が宜しいかと……」
斎木は、まだこの上、不快な報告をするつもりだったらしい。
「なにかしら」
「例の、商店街の一件にございます。《スターライツⅤ》なる正義の味方の資料をお持ちいたしました」
ああ、あの忌々しい要因を作った組織か。そう言えば、資料を纏めておくようにと命じておいたのだった。
「みせなさい」
斎木から渡された資料を読む。
『《スターライツⅤ》に関する報告―――二十年前、天地大輝、天地佳津子が創立。主要構成メンバー五名、サポートメンバー三名。現在の主要敵対組織』
なんという少ない人数の正義の組織だろうか、斎木が「ささやかな」と表現したのにも頷ける。
『半年前に創立者が引退、息子の天地航輝および、妹、悠里が後を継ぐ。四か月前、主要構成メンバーのうちブラック「永原周明」とピンクの「九条紗理奈」が引き抜きに合い、メンバーを脱退。現在唯一残ったイエロー「弥栄鋭一」と三人で活動。サポートメンバー三名は逃亡』
ボロボロではないか、既に組織の形を成していない。
『二か月前より、悪の組織との戦闘を停止。詳細は不明。十日ほど前より活動再開』
報告書には、他にもいろいろと書かれていたが、由美香は読む気を失った。
こんないい加減な正義の組織が、世の中に存在していたとは驚きの事実である。
「ヒドイものね」
「そうでございますか」
「ええ、ようやく分かりましたわ。この組織のリーダー天地航輝なる人物は『やる気がない』のです。」
世に悪は尽きず、悪の組織など、この世界に星の数ほど存在するはずだ。
それなのに、戦う相手も見つけずに二か月間も作戦を行う事もしないなど、怠惰にも程がある。
「私など、亡くなったお父様から組織を継いで五年、ひと時たりとも休んだことは無いでしょう?」
「仰るとおりにございます。お嬢様」
「だのに、このリーダーときたら、二か月も作戦を遂行しようともしなかったのでしょう?しかも、ようやく遂行した作戦は失敗しているのだし」
「左様でございますな」
「やる気がないに違いありません」
「……なるほど」
引き継いで早々メンバーからは見限られているし、人望も無いのだろう。
資料にも、―――これは学生手帳か何かの写真だろうが、口をへの字に結んだ三白眼の底意地が悪そうな写真が写っている。
確かに、斎木の言う通り、嫌な事を先に見ておいてよかった。風呂に入った後に、この報告を聞いたら、リラックスした気分が台無しになる処である。
「お嬢様」
「なに?」
「いま一つ、この組織についての情報がございます」
これ以上何があるのだろう。彼は懐から金の鎖のついた懐中時計を取出し時間を確認しながら言った。
「現時刻……十七時半でございますが、《スターライツⅤ》が作戦を遂行しているとの連絡が入りました」
「へぇ」
作戦活動は、行っていたようである。
「途中からですが、地元TVの中継も入っているようです。ご覧になりますか?」
「小さい所の作戦に、あまり興味が無いけれど、いいわ繫ぎなさい」じかに見てやろうではないか。
斎木がモニターを操作する。斎木の話では、戦場は百貨店の屋上らしい。どこをどうすれば、そんな場所が戦場になるのか?一般人を巻き込んだら、どうするつもりなのだろう。
「お嬢様、準備が出来ました。繫ぎます」
「……なっっっ!!!」
モニターに、映った映像には、スターライツレッド……すなわち天地航輝が放った斬撃が、屋上の大看板を斜めに切り裂いた瞬間であった。
そして、この瞬間、由美香は天地航輝を、はっきり『敵』と認識した。
大看板―――其処には、にこやかにほほ笑む聖園・ジゼル・由美香の顔が写っていたのである。
あれはたしか、聖園コンツェルンの宣伝の為に撮影したものであるが、自分の写真が切り裂かれ、崩れ落ちてゆく様を見せられるのは、非常に気分が良くない。
「……斎木」
「はい、お嬢様」
「この放送は、どの地域で見ることが出来るのです?」
努めて冷静に聞いた。
「夕凪地域テレビは、ローカルエリアですから、夕凪市とその周辺の四つの市町村ぐらいまでが視聴区域でございます」
「ということは、わたくしの顔が真っ二つに両断された映像を、その範囲の方々がご覧になったという事ね?」
「視聴率にもよりますが、左様な事になります。お嬢様」
「い、一度ならず、二度までも……わたくしに恥を……!!」
由美香達が、どんなに頑張っても、こうやって、足を引っ張る奴が出て来るのだ。やる気のないやつらは、人が懸命に積み上げた名声や評判に、いつも簡単に泥を塗る。
「斎木、各方面に電話なさい!」
由美香は、机を両手で叩いたのであった。




