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身代わり令嬢は二度死に、最愛の幸福を掴む  作者: 桃緑茶


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新しい家族の輪

ローズマリー達がファインブルク王国に移住して1年後。

教会の鐘が鳴る。

ローズマリー・シモンズと彼女の家に婿入りするトリスタン・オールスの婚姻を皆が祝福した。

「おめでとう~!」

「う゛お゛お゛ん゛っ!おめでどうぅぅぅぅぅううううう」

…何か、隣国の王子ヴィルヘルムが大号泣しているが。

そういえば、この王子。友人の結婚式でも酒を飲んで大号泣していたらしい。

酒は飲んでいない筈だが、新婦父より泣いている。

いや、リコリスやオールス卿…いや、トリスタン殿の友人ミューラーとリコリスも大号泣だ。

「ロージーお嬢さま゛ぁぁあああ゛!!おめでどうぅぅぅぅぅううううう!!!!!!」

「うおおおおんっおめでどうぅぅぅぅぅうううううっゲホッごほっうわあああん!!!!!」



結婚式の喧騒の中、ゼラはローズマリーの晴れ姿を見つめていた。純白のウェディングドレスを纏い、緊張と喜びが混ざった表情でオールス卿――今はトリスタン・シモンズ殿か――と並ぶ姿は眩しかった。周囲の熱気も相まって、胸がじんと熱くなる。


(賑やかすぎやしないか)


苦笑いがこぼれる。隣国第三王子ヴィルヘルム殿下の号泣は特に豪快だ。

「う゛お゛お゛ん゛っ!」という叫びが何度も教会に反響している。王子の名誉に関わるので止めるべきか迷ったが、本人があまりにも本気で泣いているので止めにくかった。

まあ、こういう気質なので、領民たちも委縮せずに居られるし、参列者の子供を両肩に乗せて花嫁を見せたりしている。…号泣しながら。


「ロージーお嬢さま゛ぁぁああ゛!!おめでどうぅぅうう」


リコリスの泣き声も負けず劣らず大きい。ハンカチを握りしめすぎて端が破れている。それにオールス卿の友人ミューラー殿まで顔をくしゃくしゃにしているのが滑稽だった。

「おいミューラー!眼鏡が……ふふ」

彼の同僚は思わず吹き出した。ミューラーは手探りで顔を擦っているが、眼鏡のフレームで越しに涙を拭こうとしても意味がないのに必死だ。結局ハンカチごと顔全体を覆い隠してしまった。


「くくっ……」


笑いを噛み殺すが腹筋が痙攣しそうになる。ローズマリーの友人たちも泣きじゃくり、父のシモンズ男爵も涙腺が崩壊している。

リコリスの膝にはバッグが置いて在り、そこから人形リリーがちょこんと顔を覗かせている。

来客が多いのでローズもリコリスの膝の上でぬいぐるみとして動かずにいるが、どこか嬉しそうにしている。


その賑やかさに比べて、ふと過去の婚姻式を思い出した。

レイナルド・コールデン侯爵との婚姻は酷いものだった。ローズマリーが傷つく原因となり、挙句の果てには新郎不在の儀式だ。


(あの頃のローズマリーお嬢様は……)

悲劇としか言いようのない幕開け。あの時が遠い昔に感じる。


今は違う。


「トリスタン様……。あなたに出会えて幸せです」

ローズマリーが微笑むと、涙ぐんだ新郎の顔が一層歪んだ。


「あぁぁぁローズマリーさまぁぁぁ」



「まったく……」



ゼラは小さくため息をつくが、口元は緩みっぱなしだった。

式場の隅で煙草を取り出す。


「おや、禁煙は継続中ですか」

弁護士クラウスも招待されており、ゼラの持つ東方の茶葉を使った禁煙グッズを見て告げた。

「…お嬢様に頼まれてね。もしも子供が生まれたら、私に祝いの品を頼みたいって。

今から禁煙しておかないと、煙草臭い状態でお嬢様に会えないし」

元々、侯爵家の婚姻生活での仕打ちで、ローズマリーのトラウマを思い出させないようにと禁煙を始めたものの、長期で禁煙が決まったらしい。

「あんたのくれたコレも中々いいしね」

「それは良かった」

クラウスは微笑み、自分も一本貰った。

「ゼラ殿、火を貰えますか」

「ん?あるじゃん」


ゼラは手に持っていた自分の火の付いた禁煙シガレットを軽く揺らした。

ちょいちょいと指で指す。

二人の間で交わされる視線は言葉より雄弁だった。あの修羅場を共にくぐり抜けた者同士の暗黙の了解がそこにあった。


「……では失礼して」

クラウスは自分のシガレットをゼラのものにそっと寄せた。先端と先端が触れる刹那――まるで互いの吐息が交わるような、ほんの一瞬の接触。シュッと乾いた小さな音とともに、茶葉の芳醇な香りが立ち昇る。


「火が付いたかな?」

ゼラは口元に運んだシガレットを浅く吸い込んだ。本物の煙草とは異なる温かな香りが肺を満たす。クラウスの方を見ると……


「おや?」

思わずゼラの口元が緩んだ。クラウスの白い肌に浮かぶ端正な輪郭線の下方――つまり耳朶が、鮮やかな赤に染まっていた。平然とした表情と裏腹のその変化はあまりにも分かりやすく、そして可愛らしかった。

「……どうしました?」

クラウスはゼラの視線に気づくと、眼鏡の位置を無意識に調整した。その指先まで微かに震えている。


「いや、別に」

ゼラは喉元まで出かかった笑いを噛み殺した。目の前の弁護士は普段は岩のように泰然としているくせに、こういう時だけ妙に初心だ。思わず目尻が下がる。


「……禁煙は順調ですか?」

話題を変えようと試みるクラウスの声が僅かに上擦っている。


「おかげさまでね」


+++


ヘルムート・コールデン先代侯爵は、家紋の付いていない馬車でその結婚式を見つめていた。妻により呪殺され掛けた体調は随分と回復した。

愚息レイナルドの所為で不幸な婚姻となったローズマリーが皆に祝福される姿を穏やかな顔で見ていた。

馬車をノックする音がした。

「はあ…ひっそりと眺める気持ちは分かるが、勾配のある場所は歩くのが面倒だわ」

死の聖女ベアトリスがそこにいた。


何時も黒のドレスを着る彼女は、珍しく灰色の大人しい出で立ちだった。

「夫が新郎新婦の祝福をしているの。祝いの邪魔はしないわ」

「‥‥‥聖女様、申し訳ございません。直ぐに立ち去りますので」

「ローズマリー以上に、コールデン前侯爵夫人に痛めつけられたのはお前だろう。

身も、心も。

保養地に居たとして、お前だけがあの家であの娘の味方だった。気兼ねする必要も無いだろうに」

自身は病床に着き、彼女に何もできなかったというのに。

「どうせお前は気を使って参列しないだろうと、新婦両親と新郎新婦からこれを預かっている」

渡されたのは、新婦ローズマリーが持つブーケの花一輪だった。


「……これは」


ヘルムート・コールデン先代侯爵の手が震えた。死の聖女ベアトリスが差し出すそれには、ミモザの花が一輪包まれていた。


『どうか、お体を大切にしてください』


「ローズマリー嬢が特別に用意したもの。お前の為に」


ベアトリスは目を伏せた。

「記憶を失った今も……お前がかつての屋敷で唯一の良心であったことを彼女は感じている。彼女か知るお前は、病み上がりの中、彼女に瑕疵の無い婚姻無効や名誉を守った、善良な紳士だ」


助けたい一心で奔走した日々。だが結局は何もできなかった無力感。

「私には……償いきれない過ちがあまりにも多い」

声が震える。

「ローズマリー嬢があのような……」


喉が詰まり言葉にならない。

溢れ出しそうな激情を堪えるヘルムートの横顔をベアトリスはじっと見ていた。


「本来なら……お前も参列すべき。新婦の父親たるシモンズ男爵夫妻も、『ヘルムート殿さえ許せば式に招待したのに』と嘆いていた」


「わ、私は……愚かな息子を止められなかった……愚鈍で……臆病で……」

「人は死の淵に本性を現す。だから、ローズマリーを救って欲しいと鏡の聖女デイジーに乞うたお前を、誰も非難したりしない」

滂沱の涙が皺に刻まれた頬を伝う。



馬車の陰で二人は無言だった。ヘルムートの嗚咽だけが小さく続く。

「あなたが生きている限り」

ベアトリスは初めて彼に真正面から向き直った。

「あの子の幸福を誰よりも願いなさい。それが償い」


彼の背にそっと掌を添える。

「……あの子のために」

震える唇が言葉を紡ぐ。

「もっと……長く生きねばならん」


ベアトリスは頷いた。

「来月の収穫祭には必ず出席しなさい。あの子の手料理を食べに」

その厳しい口調はどこか優しさを孕んでいた。

「出なければ、夫に口添えして強制的に参加させる。

知っているか?ローズマリーの門出を祝う神官は教皇だ」


丘の上で鐘が三度鳴る。新郎新婦が退場する合図だ。

「私は行く」

先代侯爵は立ち上がり、ベアトリスに感謝の言葉を述べた。

ミモザの枝を抱きしめながら呟く声は驚くほど明朗だった。



ひと月後。


門扉の前でシモンズ男爵が笑顔で出迎える。

「お待ちしておりました」

隣に立つアカシア夫人は静かに手を差し伸べた。

「あの子の幸せを……どうか見届けて下さい」

二人の言葉にヘルムート先代侯爵は深々と頭を下げた。

「ありがとうございます……シモンズ夫妻」

シモンズ男爵が固く握手する。

「次に来る時は馬車を玄関まで着けて下さいよ」


「ええ、もちろん」



先代侯爵の顔には久しく見なかった笑みが浮かんでいた。


ホールの中央。白いテーブルクロスに彩られた皿の上に盛られたのは――。

「あ!それはお嬢様の手作りですよ」

若い召使いが興奮気味に告げる。オレンジピール入りのパウンドケーキだ。表面にはローズマリーの葉が刻印のように飾られ、焼き目が美しく浮き上がっている。


「今日は特に力作でしたよ!」



「これはローズマリー嬢が作ったのですか?」

ヘルムートは震える手で皿の上のパウンドケーキを見つめた。オレンジの爽やかな香りと甘い焦げ目の匂いが鼻腔をくすぐる。

「はい! 今日は朝早くから焼いていましたよ。『絶対に美味しくできてるはず』って自信たっぷりで」


キッチンからローズマリーが現れた。エプロン姿で頬に小麦粉の跡が残っている。

「あ……コールデン先代侯爵様!」


彼女は一瞬驚いたが、すぐに笑顔になった。

「お忙しい中、いらしてくださってありがとうございます!」


「ローズマリー……嬢…」


ヘルムートの声が詰まる。目の前にいるのは別人のように健康的で明るい女性だった。

「お久しぶりです。ミモザの花をありがとうございました。大切に飾っております」


「おお……」

先代侯爵は涙を堪えきれず俯いた。その肩にゼラがそっと手を置く。

「ほらほら。ここで泣いたらせっかくの収穫祭が台無しだよ」

ゼラは彼の手にフォークを握らせた。

「さあ。あの子の料理を味わってやってよ」


震える手でケーキを一口切り分け、口に運ぶ。

「……美味しい……」

オレンジの酸味と蜂蜜の甘さが絶妙なバランスで調和している。口の中で広がる幸せの味。

「なんて……素晴らしい味なんだ」


「良かったです!」

ローズマリーが跳ねるように喜ぶ姿に、彼女の夫トリスタンが苦笑する。

「妻の料理の腕前は日に日に上がっていましてね。この間なんか新作パイを作ったら村中の子供たちが行列を」

「やめてよトリスタン! そんなこと言ったらまた先代侯爵様が……」


ローズマリーが慌てて夫の口を塞ごうとする仕草に会場から笑いが起こる。ヘルムートも思わず微笑んだ。

「素晴らしい妻殿だ。……本当に」

先代侯爵様の目から涙が零れる。今度は悲しみではなく感動の涙だった。


形は違えど、此処には確かに家族の輪があった。


読んでいただき、ありがとうございました。

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