第98話 【Side:黒癒の書】取材が大事!
「──あの、キウイ・アラヤ魔国幹部直属軍医のスワン・ヴァイステール氏と約束があるのですが」
その日、天狗種の中年男性であり小説家のイナサは、魔王城を訪れていた。きれいに整えた身だしなみで、魔王城の屈強な警備兵たちが脇を固める外賓用の応対窓口をのぞき込む。
「はい。軍部へのご用件ですね。取次いたします」
それから窓口の女性の指示に従い、待合室へ。するとそれから五分と経たない内に、
「お待たせいたしました、イナサさん」
姿を現したのは白衣をまとった軍医。背中に空いた二つの穴から大きな翼を出している、美しいハーピー種の女性だ。
雰囲気は柔和そのもので、とてもじゃないが戦場上がりには見えない。だが、左腕にしている少しすすけたような軍章が生々しく、彼女が軍属なのだということを証明している。
イナサは立ち上がって、頭を下げた。
「こちらこそ、本日は貴重な時間をありがとうございます。それに常日頃、われわれの暮らす魔国のためにご尽力いただいて感謝しております」
「いえ、私なんてまだ全然ペーペーですから。こうして誰かのお役に立てる機会があるのなら、いくらでもお声がけいただければと」
そう慎ましげに微笑んだスワンは、そのままイナサを会議室へと案内した。
進む通路が延びるのは西に建てられた大きな居館。魔王城の本城……玉座の間が存在する建物とは異なる別館だ。
六魔ほどが入れるであろう小会議室に到着すると、すでにスワンとイナサの分の飲み物が用意されていた。
「それでイナサさん、本日のご用件ですが」
「ああ、はい。事前にお伝えした通り、魔国幹部キウイ・アラヤ様について " 取材 " をさせていただけたらと」
今日訪れたのは他でもない、イナサとその息子コチの命の恩人であるキウイからの再びの仕事の依頼があったからだ。
「ではっ、本当にイナサさんが黒癒の書をご執筆された方なんですね……!」
取材、という単語を聞いたスワンの顔が少し色めいていた。
「実は私たち、ドクター・アラヤの下で黒癒の書を使って任務に就いたのですよ」
「ああ、そういえばキウイ様がおっしゃっていましたね……この本は何か仕事に使うのだと」
「はい。今も肌身離さず持っております」
スワンは白衣の内ポケットから黒表紙のその本を取り出した。
イナサが執筆してからまだ三、四ヶ月程度だというのに、それはもう何年も使い込まれたかのようにくたびれていた。
「この本のおかげでどれだけ助けられたか。イナサさんには感謝してもし切れませんね」
「いやいやいや、私は頼まれて物語を書いただけですから。魔導書の形にしたのは魔導研究結社の魔女の方々で……」
「それでも、こうしてエルデン奪還戦でのドクターの活躍をイナサさんが物語として興味深く書いてくださったからこそ、私たちはその一節一節を噛みしめながら覚えることができたんです」
「そ、そうですか……? そう言っていただけるなら力を入れて書いた甲斐があります」
イナサは頬をほころばせる。
やはり自分の仕事や努力が、こうして真正面から意味があったと言ってもらえるのはうれしいことだ。それに、成果が上げられたのであれば、恩人へと少しでも借りが返せたということになるだろうから。
「とはいえ、これはノンフィクションですから。私の小説家としての想像力を働かせた部分はほとんどないので、全てキウイ様の実際の言動によって生まれたノンフィクションのストーリーです」
「えっ……」
スワンは目を丸くして、
「じゃっ、じゃあっ! 黒癒の書の一節の、『まず救世主は車を走らせ兵士を轢きなさった。』からの話も実話……誇張や物語に当てはめるための創作ではなく、本当にあったできごとなんですかっ?」
「ですね。実際に乗っていましたから、私。その車の後部座席に」
「さ、さすがはドクター・アラヤ。どうりであのエルフとの激戦においても、微笑みを絶やさずにいられるわけですね」
「おおっ、エルフとの激戦ですか……!」
イナサは目の色を変えて身を乗り出した。
そう、まさにそれなのだ。今日イナサが取材しに来た理由は。
「スワンさん、そのエルフとの激戦! あなたもキウイ様とともにその地へと向かわれたのですよねっ? ぜひ詳しくおうかがいしたいっ! 黒癒の書の " 新章 " を書くためにも!」
なんでも、再びイナサの家を訪れたキウイによると、
『もっとたくさん組み込みたい術式があるのでね。追加で数章、物語の作成を頼みたいのだよ』
とのことだった。
提示された金額も相場以上の申し分ないもので、依頼を受けない理由などなにもなかったし、それに加えてイナサ自身、黒癒の書というキウイ伝の続きの話を書いてみたいとずっと思っていたのだ。
「ええ、もちろん。私でよければ」
スワンはコクリとうなずいた。
「ただその、作戦行動の詳細などは魔国軍の機密に含まれてしまうので、どこまでお話しできるか……」
「そうでしょうね。ですので、そういったことはお聞きしません。ただスワンさんの主観で、その目にキウイ様がいったいどのように映ったかをお伝えいただければ。それを元にして私が物語を再構築しますので」
「は、はい。それでいいのであればわかりました。ではいったいどこから話せばいいでしょう?」
「まずは、断片的にで構いません。スワンさんにとって一番印象的だったキウイ様の行動はなんだったでしょう?」
「印象的、ですか……」
スワンは記憶をたどるように天井を仰ぎつつ、
「一番は、やっぱり命を救っていただいたときかなぁ……」
「命を?」
「エルフの夜襲で、魔国兵たちもほとんど全員が命を落としたり動けなかったりする中で、ドクター・アラヤが私に迫る光線をかき消してくれたんです。そして私に『君たちに手出しはさせない』、と」
「おおっ! それは確かに印象的……まるで英雄ですな!」
「はいっ! ドクターは私たち部下にとって真の英雄であり、これ以上ない師匠ですっ!」
スワンは満面の笑みを向け、そのニンマリとした口からは続けて「あっ!」と、
「他にも印象的なことはありましたっ。重大な作戦行動中、すごくビックリした出来事がありまして……ドクターは敵の強力なエルフの注意を引き付けるために自ら飛んだんです」
「飛んだ? どこをです?」
「空ですね」
「空をっ!?」
一度話し始めたら、堰を切るようにしてスワンの口からは記憶の氾濫が止まらない。イナサもイナサで、次々と出てくるキウイの新エピソード一つ一つに耳を凝らし、あっという間にその取材用のメモは黒く染まっていく。
──そして、四時間が経つ。
「……これはっ、大作ができる予感がするなぁ……!」
スワンと別れたあと、イナサは満足げにメモを見返しながら自宅への帰路に着くのだった。
* * *
「ふぅ……」
スワン・ヴァイステールはイナサを見送った後、軍本部の自席へと歩きながら満足げに大きな息を吐いた。
……ちょっと饒舌すぎた、かな?
軍の機密には触れなかったが、それでもあの戦場でのキウイのことをあれもこれもと話過ぎてしまった。黒癒の書の新章が完成したあとで取材元が伝わって、キウイに変に思われなければいいのだが。ちょっと心配だ。
「──あっ、スワンさんっ!」
物思いに更けていたスワンへと、走り寄って来る者がいた。それは後ろにゾンビ・ソルジャーを引き連れたキウイの秘書、ミルフォビアだ。
「ああよかった、すぐにスワンさんを見つけられてっ!」
「ミルフォビアさん、どうなさったんですっ? そんなに急いで……」
「実はちょっとアラヤ様のことで至急お伝えしなければならないことが」
「えっ……ドクター・アラヤは、今日は非番ですよね?」
「そうなんですっ、そうなんですがっ……!」
ミルフォビアは唇を噛み、眉間にシワを寄せ、理解に苦しむようにキツく目をつむりながら、スッと一枚の折りたたまれた便せんを手渡してくる。
「こ、これをゾンビ・ソルジャーから渡されまして」
それはどうやら手紙のようだった。
ゾンビ・ソルジャーはキウイの忠実な配下。であれば、手紙を託したのはキウイということになるはずだが……。
まあいい。読んでみれば分かることだ。
スワンはとりあえず受け取って便せんを開いた。
『
ミルフォビア君へ
ちょっと誘拐されてくる。
身代金などを要求されても無視するように。
明日の夕ご飯までには帰るよ。
部下たちにもよろしく
キウイ・アラヤより
』
「……えっ?」
……誘拐? 誘拐って……誘拐???
「えぇっ!?!?!?」
素っ頓狂なスワンの声が、軍本部へと響き渡った。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第99話 潜入作戦開始」です。
それでは、明日もよろしくお願いします!




