第93話 罠がある=宝がある
何者かに尾行されている、だと?
思わず後ろを振り返る俺に、しかし。
「いえ、キウイ様……空です」
斜め上を見上げるシェス。俺もまたそちらを見ると、小さな影が俺たちの上に滞空しているのがわかった。
「あれは……魔鳥種か?」
「近づいてきますね。ご注意を」
シェスは俺を背にするように身構え、そして聖剣の柄に手を添えた。
そのとき、
「ああ、これは失敬。つけ回すようなマネをしてしまい」
空から翼を羽ばたかせながら降りてきたその男は、頭部がサギの魔鳥種。男はカチカチとその長く黒いくちばしを鳴らすようにして笑うと、
「私は新水薬開発研究所に所属しております、フロウドと申します」
「新水薬……?」
「ふふふ……やはりご興味をお持ちになりますか、魔国幹部キウイ・アラヤ様ならば」
ニンマリと目の形を歪ませるフロウドに対し、冷たい金属音が響く。
「魔国幹部と知ってキウイ様をつけ回していたか。用件の如何によっては容赦せん……!」
その腰の聖剣を抜きかけて、シェスはキッとした鋭い視線を向けていた。
「よ、用件ならございますよっ!? それはもう、とびきり素晴らしいご提案を持ってきましたとも!」
命乞いにも似た切羽詰まった物言いで、そのフロウドは俺へと懇願するようなまなざしを向けると、
「アラヤ様、ぜひわが研究所を視察なさいませんか?」
揉み手をしながらそう聞いてきた。
「……研究所の視察というと?」
「新水薬の製法について、きっとお気になっているかと思いまして。ホラ、今しがた薬局をめぐっていろいろと聞き回っていらしたでしょう?」
「……ほう?」
まさかまさか、俺たちが探している先から声がかかるとはね。
「しかしいいのかい? 君、自ら関係者だと告白してしまっても」
「もちろんです。私たちにやましいところなどありませんから」
フロウドは、ニッコリとした満面の笑みを作る。
「私たちはただ、魔国民へと新しい快楽体験を提供しているだけ。しかし大量に服用しては副作用が出てしまい、先ほどのクラブでのように倒れる者もでてきます。そこで、」
フロウドは言葉に一度区切り、そして俺の目をのぞき込むようにして、
「われわれはその問題をクリアしたいのですよ。ですから、新水薬の製法をアラヤ様だけにお教えします代わりに、アラヤ様の類まれなる医療知識をお貸しいただけないかと考えているのです」
「ふむ。新しい知識を得たくば新水薬の副作用を抑える改良に協力せよ、という取り引きか」
「端的に申し上げるならば、そういうことになります。ですが、さすがにこんな口頭のみのやり取りでは私どもを信用してはいただけないかと思います。ですので、お日にちを改めまして、われわれの研究所の視察だけでもされてみるのはいかがでしょう?」
フロウドは両翼を広げて言った。
「そこで改めて研究所所長から説明の場も設けさせていただけますと嬉しいのですが」
「ふむ、それはありがたいね」
ほうほう。これはこれは。
研究所にお招きいただけるとは願ってもないことだ。
俺が相槌を打っていると、
「キウイっち、コイツ怪しくね?」
これまでずっと成り行きを見ていただけのオトガイがその沈黙を破った。
「何を考えてんのかはわかんないし、ウソを吐いてるわけでもないかもしれないケド、こいつはゼッタイなんか企んでるって」
「企んでいるなど、そんな滅相もない」
「そんな簡単に教えていいレベルの情報ってワケ? その薬の製法ってのは」
「いえまさか。私どもとしても打ち明けるお相手は選んでいるつもりですよ」
突然の疑いにもフロウドは笑顔を崩さず、それから俺の手を握ってくる。
「魔国の英雄、アラヤ様のことを信頼しているのですとも。あなたなら新水薬をさらなる高みへと導けると! ですから、われわれはアラヤ様へといつでも門戸を開きお待ちしております。お気が向きましたら、いつでも……」
「ああ、ありがとう。ぜひ視察をさせてもらおうじゃないか」
考えるまでもない。知りたいことが知れるチャンスがあるのなら、全力でそれを掴みに行く。それが俺なのだから。
「おおっ、本当ですかっ!」
「うむ。製法が気になって夜も眠れなさそうなのでね」
「ありがとうございます! それでは、私どもの方からアラヤ様の医院へと改めて遣いを出しますので、少々お待ちいただければと……!」
フロウドはなんとも丁寧にのちのちの連絡手段などを告げると、羽ばたいて去っていった。
* * *
「キウイっち! マジでアイツの言うこと信じる気っ?」
魔都のメイン通り。そこに並ぶ喫茶店の一つに入って腰を落ち着かせるなり、オトガイは憤慨したように眉を寄せる。
「さっきも言ったけど、あの男ゼッタイ信用ならないから! 典型的な口だけは達者なタイプだって!」
「ふむ。そうなのかね?」
「あーしにはわかる! なぜならあーしは男を見る目がある女だから!」
オトガイは指で作った丸をのぞきつつ、
「ねっ、シェスちぃもそう思うっしょっ? アイツ、いけすかないよねぇっ!?」
シェスへと同意を求めるようにして尋ねた。
シェスはその腕を組みつつ、
「まあ、確かに異様なほどに饒舌な男ではありました。それに何より……クラブでの一件を知っていたというのも引っかかります。裏がありそうだなとは。ですが、」
シェスは俺の方へと向き直り、
「それくらいのことはキウイ様なら百も承知、折り込み済みでしょう。何かお考えが?」
「いや、別になにも」
シェスは肩透かしでも食らったように意外な顔をする。だけど、本当に俺には何か腹案があるわけではない。
ただ、
──スッと。
俺の背後に、何者かが立って影を作る。
わざわざそんなことをするのは、俺の知る限り一人しかいない。
「おかえり、ゾンビ・シーフ」
振り返った先にいたのは、フードを被った長身のゾンビ。包帯で顔の覆われたゾンビ・シーフだった。
「場所はわかったかね?」
コクリ。ゾンビ・シーフは無言で深くうなずいた。
よしよし。
「キウイ様……? いったいゾンビ・シーフに何をさせていたのです……?」
「ああ実はね、フロウドの後を追わせて探ってもらっていたのだよ」
「い、いつの間に!」
「ゾンビ・シーフが帰ってきたということは、研究所と思しき拠点が見つかったということだ。さて、」
コーヒーブレイクは終了。俺が立ち上がると、
「キウイ様、まさか今からその拠点に行くなどとおっしゃいませんよね……?」
「もちろん行くとも。大人しく遣いが来る日を待って、重要な研究成果だけ隠される……なんてことは避けたいからね」
当然のことだ。
場所がわかった以上、行かない理由がないのだから。
「彼はいつでも『門戸を開いている』と言ったのだ。なら、別に今からでも構わんだろう?」
企みがあろうが気にもしない。むしろあってくれた方が助かる。なにせ、企みという罠があるということは、つまり罠を仕掛けるに値する本物の宝──新水薬に関する情報があるということだ。
たとえその情報が俺を陥れるために用意されたものだとしても問題ない。何をもってしてでも踏破して手に入れよう。
全てはこの知的好奇心のおもむくままに!
「さあ、オトガイ君。次はコッソリと研究所見学デートと行こうじゃないか」
一度医院に戻ってスーツから正装に着替えよう。
研究所にお邪魔するなら、きっと白衣は必須だろうから。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第94話 【Side:研究所】白衣の襲撃者」です。
明日もよろしくお願いします!




