第92話 酒という暗喩《あんゆ》
人型魔族たちの往来で賑わう魔都デルモンドの市場通り、そのメイン通りからは少し外れたうす暗い路地に俺の目的地はあった。
「え、薬局?」
オトガイは目を丸くして、目の前の店の看板と俺とを交互に見る。
「キ、キウイっちさぁ……ウィンドウショッピングするって言ってなかった?」
「うむ。言ったぞ?」
だから来たのだ。
俺はさっそく店内へと入って店主の魔族を捕まえると、
「摂取した者へと気づかれることなく、摂取者に不調をもたらす魔力を流し込む効果、ないしは副作用のある薬に心当たりはないかね?」
そう聞いた。
あいにく、店主は首を横に振る。加えて、
「魔力を流し込む薬なんてあるわけないじゃないか。だいいち、薬に魔力を練り込むなんて不可能だろう? どうやってやるんだい?」
なんて逆に聞かれてしまった。
もちろん、俺にも心当たりはない。
だが、俺の想定通りの答えが返ってきたことに幾分満足はできた。
「そうだろうね。私も聞いたことはない。それを確認しにきただけなんだ」
俺はそのまま店外へと出ると、
「ちょ、ちょいちょいちょいっ!?」
オトガイが首を困ったように眉を下げて俺の肩を掴んでくる。
「待って。え? 終わり?」
「終わりではない。次の薬局に行くつもりだ」
「待って。説明して? 意味不明なんですケド」
オトガイは首を傾げて、
「ていうかキウイっちさ、ウィンドウショッピングの意味知ってる?」
「もちろん知っているとも。商品を買う気もないのに店先をブラブラして回ることだろう?」
「言い方! まあ、実際やってることはその通りだけど……でもそれにしたって普通はさ、もっとキラキラしてたり、おしゃれなお店をのぞいたりするものじゃんっ?」
「? そうなのか?」
「そういうお店を見て、『これカワイイ!』とか、『これ美味しそう!』とかおしゃべりして楽しむものじゃんっ!」
「薬にカワイイも美味しいもないと思うが」
「普通はデートで薬局とか来ねーからっ!!!」
オトガイは素っ頓狂な声で叫んだ。
というか、なんだって?
「デート???」
「お見合い! いまっ、あーしらお見合い中!!!」
「そ、そうだったのか……?」
てっきり、お見合いは暗黙の内に流れていたものだとばかり。
オトガイは大きなため息を吐いて、
「なんか変だと思ってたらそゆこと……? なんだよ、キウイっち、あーしのこと眼中にナシかよぉ……!」
「いや、すまない。魔女料理専門店からクラブへと行先が変わった時から、私はてっきり君もそれほどお見合いには乗り気でないものだとばかり思ってしまっていた」
「なんだよそれ。あーし、やりたくないことは死んでもやらない主義なんですケド」
唇を少し尖らせて、オトガイはシルクのような髪をクルクルと指に巻きながら、
「お見合いも普通にノリ気だったしっ。だから、あーしのこと知ってもらおうと思って、クラブに誘ったんじゃんっ」
「……フム。そうだったのか。しかしなぜだい? 私は今日まで君のことを知らなかった。君だってそのはずだが……どうしてそこまで乗り気に?」
「そりゃ、キウイっちがあーしのパパを助けてくれた恩人だからっしょ」
何を当然のことを、と言わんばかりにオトガイは言う。
「パパってマジ最強だからさ、いつも誰かを助ける立場じゃん? あーしさ、いつも思ってたんだよね。『じゃあそんなパパを助けてくれる魔族って誰なの?』ってさ。でも全然いないじゃん! ってガチ絶望してたら、キウイっちが現れた」
「ああ、捕虜にされていたアギト殿を助けたときの……」
「エルデン奪還戦でもっしょ? もうさ、興味出ないわけないじゃんね。最強のパパを助けてくれる人が、どんだけ強いのかって」
「フッ……だとしたら期待外れだったろう?」
俺は肩をすくめてみせる。
なにせ俺は、すさまじく非力なのだから。
「ご覧の通り、私はまったく強くない。女性にも老人にも負けるほどの腕力の持ち主でね」
「いや、それは違うっしょ」
しかし、俺の言葉にオトガイは手を横に振って、
「あーし、頭バカだからうまくは説明できないケド……強さって腕力だけじゃなくねって思う」
オトガイの言葉へと、ずっと無言で俺たちの後を護衛してくれていたシェスがウンウンとうなずいていた。
「ご慧眼ですね、オトガイ様。その通り。わが主キウイ様の力は純粋な力ではありません」
「あ、シェスちぃもそう思うんだ? じゃあもうあーしらダチじゃん!」
「しぇ、" シェスちぃ " っ?」
新たな呼び名に困惑するシェスに、しかしオトガイは気にした様子もなくその肩を組むと、それから俺の方を向きニッと微笑んで、
「だからさ、今日はキウイっちを知りたいと思って来たんだよ、あーしは。キウイっちが好きなこと、やりたいことを知りたいって思ってる。だから薬局巡りがしたいっていうなら付き合うよ。ケドさ、その目的が全然わかんないんだよね」
「……フム。わかった」
オトガイはオトガイなりに、真剣に俺のことを考えてくれているらしい。
知りたいと言ってくれるのならば、お言葉に甘えて知ってもらおう。
「私は、知らないことを知ることが好きでね。特に謎の現象を目の前に提示されては、解き明かさないと夜も眠れないほどだ」
「へぇ。あーし、わからんことあったら秒で寝ちゃうな」
「健康的で良いことだな。だが、私はそうはいかない。出会ってしまったからね。今日このままだと私の安眠を妨害しそうになる謎の現象……先ほどクラブでトリップしていた患者たちの症例に」
「アル中だか薬中でトリップしてたヤツらの?」
「いや、あれは急性アルコール中毒でも薬物中毒でもない。脳に魔力を送られて強制的に催眠状態か何かにさせられているようだった」
「え……そんなん、できるの?」
「できない。普通は脳に対して害のある魔力が送られてきたら抵抗するはずだ。自分からそれを求めない限りね。だから私はこう考えた」
俺は薬局の看板を指さして、
「薬ならば自分から求めて飲むものだ。その中に脳へと魔力を流し込むような種類のものがないかとね」
「ああ、そういう。じゃあ、同じことを他の薬局にも聞き回ろうって魂胆なワケ?」
「そうだ。トリップしていた連中も、あのクラブのオーナーも、ヤツらは " 酒 " を飲んで気持ち良くなっているというようなことを言っていたが……私にはその酒が、薬か何かの暗喩にしか聞こえん」
「でも、さっきの店主が言ってなかった? 『薬に魔力を練り込むなんて不可能だろう』って」
そうだ。オトガイの言う通り。
薬に聖力や魔力を込めるなんていう試みがこれまで成功したなんて話は聞いたことがない。しかし、それは裏を返せば人知れず成功した者がいるかもしれない、ということでもある。
「もし、従来では不可能とされていた技術を可能にする手段が生まれているのだとしたら……それは素晴らしいことだとは思わんかね? そして、知りたいとは?」
「……あーしはよくわかんないケド、キウイっちは『知りたい』と思っちゃってんだね?」
「ああ、知りたいとも!!!」
思わず声を大きくしてしまった俺へと、オトガイは小さく笑って、
「わかったよ。じゃあ付き合う。キウイっちのことはよく知りたいからね」
「ありがとう。うれしいよ」
そんなわけで、俺たちは薬局デート (?)を続けることとなった。
魔都デルモンド内のいくつかの薬局をめぐっていると、唐突に。
クイクイと俺の服の袖を静かに後ろから引っ張る者があった。シェスだ。
「すまない、そろそろ休憩を挟むべきか?」
「いえ、そうではなく」
シェスは頭を小さく後ろへと動かして、俺へと告げた。
「薬局を渡り歩く私たちを、尾行している者がいるようです」
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次のエピソードは「第93話 罠がある=宝がある」です。
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