第85話 どうやって触ればいいだろうか
「俺が何回死んだかだと……? 貴様はいったい誰に向かって口を利いている?」
マロウは鋭い目つきで俺をにらんでくる。
どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
……いけないいけない。気が逸ったな?
力や意識の継承ができるらしい " 取り憑き " という神話級の術式。そんなものが存在するというのなら、幾多もの体を渡り歩いてより良い個体へと取り憑き日々を過ごしているのでは? なんて思ったから聞いたのだが。
「いや、すまない。私としたことが、憑依という未知の現象を前にしてつい結論を急いで断定的な問い方をしてしまった。真実の追求には不適切な態度だった」
「何を……」
「まずはしっかりと今の君の状態を見定めてからでなくてはね」
検証は段階を踏んでおこなうべきだろう。
つまり、診察という過程が必要だ。
まず必要なのは問診。俺はマロウの目を見て、
「お名前は?」
「は?」
「君のお名前は何というか、と聞いているのだよ」
最初に基本的なコミュニケーションがどれだけ取れるかの調査から。
返答内容や、その返答にかかった時間からもわかることはある。
しかし、マロウはフンと鼻を鳴らして、
「名乗ってやる名前などない」
「おや……? 名前がない、だと?」
まさかまさか。
意外な回答だ。
「忘れてしまったのかね? では年齢は?」
「わざわざ数える意味などあるものか。俺がエルフの歴史そのものだぞ?」
「……ふむ」
なんたることか。
自分の名前も歳も言えないとは。
「これは健忘症、いや、それにしてはあまりに誇張的な自己認識の傾向……じゃっかん解離性同一症の病状に類似しているな」
「この俺の言葉を誇張だと……? 腹立たしい……」
「易怒性も認められるようだ。であればアルツハイマーの初期症状である妄想の疑いもアリ、か」
憑依というスピリチュアルな神術の謎は魅力的ではある。だが、スピリチュアルを鵜呑みにし過ぎてはならない。それが憑依に類似した他の既知の現象である可能性を常に頭の片隅に置いておくべきだ。
なにせ、誰かが誰かに取り憑かれたと感じる状況は精神疾患……例えば解離性同一症、一般的には広く " 多重人格 " と呼ばれるものの症例としてよく報告されているものである。
人によっては『私は神だ』なんて話す者もいる。
ならば自分のことを『俺がエルフの歴史そのもの』と思い込む者がいても不思議ではないし、あるいはマロウが使っている神術の正体が実は " そう思い込むように洗脳する聖術 " である可能性も否定できない。
つまり、その点を明確にするためにも、
「なあ君、過去に精神疾患などの病歴はないかね?」
まずはそういった質問が必要になる。
この東の賢者マロウ (仮)は、自分が東の賢者マロウだと思い込んでしまっているただ強いだけの精神疾患エルフの恐れがあるわけだから。
なので、その疑いを晴らしてもらえれば診察も次のステップに進めるのだが、
「──わかったぞ、つまり貴様、今すぐ死にたいんだな?」
返ってきたのは答えではなく、マロウ (仮)の周囲に立ち昇る聖力から何の脈絡もなく射出された幾本もの鋭い光線だった。
しかし、それが俺の体をとらえることはない。
「大丈夫ですか、キウイ様」
「おかげさまで」
光線が俺へと触れる前に、シェスが俺の体を抱えるようにして別の場所へと逃がしてくれていた。
危ないところだ。さすがに予測できないタイミングでの攻撃に対応できるほど俺の動体視力は高くない。
「小癪な小僧めが……!」
「なんでだ? いったいなぜそんなに怒っているのだ……?」
意味がわからない。ここの理由なき怒りっぷりはやはり、精神疾患の影響によるものなのか……?
「キウイ、彼女は別に精神を病んでるわけじゃない。正真正銘、本物のマロウの依り代だよぉ」
その言葉は俺の背後から。ジッとマロウ (仮)を観察していたキンセンカのものだった。
「だって、彼女がいま使っている光線はマロウの持つ神術の一つだもん」
「神術だって?」
「僕、マロウがそれを同胞のエルフたちの死刑に使ってるのを見たことがあるよ。名前は確か " 万物を貫く聖術 " 。威力や速さ自体は本物のものよりもだいぶ下がってるみたいだけど、その術式が使えるのはマロウだけのはずだもん」
「……なるほど」
本人以外が使えるわけのない聖術を見たからこそ、アネモネたちは姿かたちの違う彼女をマロウと断定していたわけだ。それが事実なのだとしたら、確かに現状ではこれ以上ない憑依の客観的証明となるだろう。
「では精神疾患の疑いはいったん保留かな。彼女を実際に憑依されていると推定して、触診の方に移ろうか」
俺は正面に広く盾のようにダークヒールを展開。そして、推定マロウ本人である彼女へと歩を進める。が、しかし。
「下等生物ごときが俺へ触れると……? つけ上がるなよっ!」
万物を貫く聖術が、まるでサブマシンガンが作る弾幕のように絶え間なくこちらに向けて放たれ始める。
それは俺の展開していたダークヒールの盾に当たってやはり別方向へとズラされるものの、その圧倒的な物量によって与えられる瞬間的な圧力が俺の体を後ろへと押しやってきた。
「むぅ、近づけんな。これでは触診できんぞ……!」
「キウイ様、私が前に出てかく乱をいたしましょうか?」
「無理はよせ、シェス。いくら君でも一発喰らったらグロッキーだろう」
シェスやゾンビ・ソルジャーを後ろへとやり、俺はひたすらにダークヒールの出力調整をおこなって無数の光線を逸らし続ける。
「ハッ! いつまでも防げると思わぬことだ。貴様がダークヒールの出力をどのように調整しているかが分かればそんな薄盾ごとき容易く貫けるっ! そうでなくとも俺の聖力よりも貴様の魔力が尽きる方が早い……!」
マロウは勝ち誇ったようにニヤリとほくそ笑む。
……いや? しかしそれについては問題ないだろう。
ダークヒールの出力調整にはランダムな乱数を用いているので論理的に考えて突破は不可能だし、" 誠に残念ながら " 俺の魔力が尽きるよりも先に決着がやってくる方が早い。
「──オォォォンッ!」
唐突に響くのは、雄叫び。それは俺たちの後ろに控えていた魔熊種の兵士のものであり、そして " 合図 " であった。
「そうか。やはり、時は満ちてしまったか」
やはり俺の魔力が尽きるよりも断然早く、決着の時は来てしまったらしい。まだ触診の一つもできていないというのに、だ。
誠に遺憾ではある。だが、本来の目的を忘れてはならない。
致し方ないのでいったん診察は中断。占星術のかたわらで続けていた第二作戦の遂行へと移ることにする。
「ゾンビ・ソルジャー!」
俺はダークヒールの盾を構えたまま、後ろに控えるその巨躯の戦士の両腕へと乗る。
そして、
「遠慮なく放りたまえ──アラヤ砲、発射だっ!!!」
ゾンビ・ソルジャーは槍でも投げるように大きくふりかぶって、俺の体を空高くへと勢いよくぶん投げた。
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次のエピソードは「第86話 アラヤ空を飛び、オオカミ地を駆ける」です。
明日もよろしくお願いします!




