第82話 とてもうれしい
「──やあ、ローズにキンセンカ。何だか騙すみたいになってごめんよ」
真っ暗闇の森の中、目の前の樹上に向けてアネモネの緊張感のない声が響く。
「とりあえず私は魔国に行くことになったので、二人にも投降してほしくってね?」
「……な、なんだって?」
朱色の髪のエルフが、後ろを気にしながらもアネモネへと視線を向ける。背後に立っているのはゾンビ・シーフ。左右の手に持った短剣を、エルフ二人の首元へと当てていた。
──こちらからエルフを探し始めること、一時間。俺たちが最初に遭遇したエルフはアネモネの友達の二人だった。大変幸運なことだと思う。
ただしどうやら、その二人のエルフの方もアネモネを探しに来ていたようだ。そうなるとアネモネと彼女らが巡り会うというのは必然の要素も強いかもしれない。
ああ、友達というのはいいものだね。
俺には居たことはないけれど。
「──ほ、捕虜になるだとっ?」
アネモネが二人へと詳細を説明し終えたらしい。案の定、ローズと呼ばれている方のエルフが奇想天外をそのまま絵に描いたような顔になっている。
「魔国の捕虜になどなったら、いったいどんなひどい目に遭わされるか……!」
「命と身の安全と研究の自由は保障してくれるらしいよ?」
「ウソに決まってる! 第一なんだよ研究の自由って! エルフにとって都合がよすぎる待遇じゃないかっ!」
「怪しいと思う?」
「これで疑わない方がどうかしてるだろっ!」
ローズはそう言って、物凄い形相で俺のことをにらみつけてきた。
当然、信頼など得られるはずもないらしい。
そんな様子にシェスが心外とばかりに前に出ようとするが……こじれそうなので、それは制した。
……最初から最後まで武力で脅して意思決定をさせるのは、この場においての収まりはつくが後々の裏切りにつながる可能性がある。
こちらから選択肢以上のものを押し付けるのはデメリットの方が大きい。
交渉はアネモネへと任せるべきだ。
俺はせめてその交渉が上手くいくように願い、後ろで友好的に微笑んでいよう。
──ニッゴリ。
「アレを見ろアネモネッ! あの邪悪な笑みと、私たちを見る泥沼のごとき瞳を! きっと私たちを捕らえたあと、何の実験に使うかの算段を立てているに違いないっ!」
「うーん、確かに酷い笑顔ではあるね……」
どうやら逆効果だったらしい、ローズとアネモネがこちらを見る表情が引きつっている。
普通、口角を上げれば笑みなるものだと思っていたのだがね。
私はいったいどんな表情になっていたというのだろう。
誰か手鏡をくれ。
「あのっ、お言葉ですがっ」
唐突に俺の背後から声が上がる。
それは、これまでエルフたちの動向を固唾を飲むようにして見守っていたスワンのものだった。
「確かに、一見しただけではドクター・アラヤの微笑はとても怪しげで、信用し難いものかもしれません。ですが、エルフさんたちの心配は杞憂だと言い切れます! ドクター・アラヤは命を大切になさるお方ですっ!」
「それを鵜呑みにしろと? 魔国の者の言うことを?」
朱色の瞳をしたローズの、鋭いまなざしがスワンを貫く。
息を飲んだスワンだったが、しかし。
「そうです。だって、信じる他ないではありませんか。現にドクターはあなた方の誰も殺してはいないのですから!」
負けじと、目つきをキッと強くしてローズを見返した。
「兵士の方たちからは、アネモネさんを殺した方がいいのではないかという案もありました。実際、そのようにして聖杖も破棄してしまえばあなたたちと接触することなく、私たちは隠密的な行動を続けられたでしょう。ではなぜ、ドクターはそうしなかったのか」
「……どうしてだっていうんだ」
「先ほども言いました通り、ドクター・アラヤが敵も味方も関係なく、命を大切にするお方だからです」
スワンの微笑みが、そしてローズたちエルフのまじまじとした視線がこちらへと向く。
……ふむ。演技派だな、スワン君は。
俺は単にせっかく確保したエルフや聖杖を手放したくなかっただけなのだが、どうやらそれを上手く誤魔化してくれようとしたらしい。
確かにその理由だと心証もよくはないだろう。
命を大切にするというアピールの方が好印象を残せるのは間違いない。
「うん。確かに私を始末した方がいいという案があったのは事実だよ。それを止めたのがこの人間……キウイ・アラヤであるということも」
そのアネモネの裏付けもあり、ローズは少し言葉に詰まった様子で、
「……だが、だとしても捕虜だなんて」
そう言って、頭痛でもするかのように頭を押さえた。
悩んでくれるだけ進歩だ。
「ローズはまだ納得し切れないか。しょうがないね。キンセンカの方はどう?」
「え、僕?」
キンセンカと呼ばれた薄黄色のウェーブ髪をしたエルフの方は、数秒ボーッとしたように斜め上を見上げていたかと思うと、
「まあ僕は別にいいかなぁ。魔国に行こうが捕虜になろうが、研究ができるなら」
「えぇっ!?」
叫んだのは、この世の終わりのような顔をしたローズ。
「な、なんでそんなすぐに割り切れるんだっ、おまえはっ!」
「えぇ? だってアネモネはもう行くって決めてるみたいだもん。あと実際、いまここにいても戦場で使い潰されるだけだよ?」
「それは……そうかもしれないが」
「それに、今日のことでローズもわかったでしょ。僕たちはさ、もうこれ以上離れちゃダメなんだよ」
「……」
ローズは少し押し黙った。
かと思うと、頭を押さえた手でその髪をかきむしり、アネモネへと向き直る。
「……わかった。おまえの言う通り、おとなしく投降する」
「よかった。ありがとうね、ローズ。それともう一つ、二人ともありがとう」
「なんのことだ」
「命令に逆らってでも、私のことを探しに来てくれたんだよね。心配かけてごめん。でも、とてもうれしいよ」
「……フン」
ローズは鼻を鳴らしてそっぽを向く。
キンセンカの方は緩く微笑んでいた。
そんな二人を見てニコリとしたアネモネは、それから得意げに俺を振り返って、
「ね、言ったでしょう? 私の友達は投降してくれるって」
「うむ」
俺の記憶だと『たぶん』というワードがついていた気がしたが、まあそれについて追及はするまい。
結果として交渉は上手くいったのだ。
俺としてもとてもうれしい。
無事に魔国に帰り着いたあかつきには、エルフとたくさん共同研究ができるかもしれないのだから。
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次のエピソードは「第83話 万物を貫く聖術」です。
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