第81話 投降すれば命と安全は保障する
「イベリスは何か言っていた?」
肩を落としていたアネモネが、ポツリとこぼすように聞いてくる。
俺は少し思い返して、
「確か戦争にはもうウンザリだとか、あとは積み上げた知識を失いたくはないとか」
「……ウンザリ、ね。やっぱりそうだったんだ」
「あと、光線に星を一周させたいという研究はなかなかに興味深かったな」
「へぇ。けっこう喋ってたんだね?」
アネモネは少し微笑みさえ返してくる。
不思議だ。
イベリスは友達だと、先ほどその口で言ったばかりだというのに。
「私のことが憎くはないのかね?」
「もうイベリスが死んでしまっているなら、憎んだって仕方ないさ」
アネモネは小さくため息を吐く。
「それに、イベリスは志願兵だ。『サッサと戦争を終わらせてくる』なんて言ってね、自ら望んで最前線へと行ったんだよ。彼女は私の集落で一番の実力者だったし、きっとこれまでたくさんの魔族を殺してきたんだろう。だから……逆に魔族に殺されたって、何の文句の言いようもない」
「志願? 彼女は戦争にはウンザリしていると言っていたはずだが……」
「ああ、うん。だから私はそれが聞けてよかったよ」
そう言って、アネモネは呆れたように笑った。
「イベリスは私らの前では一言もそんなことは言わなかった。でもね、あの研究好きが自分の研究を放ったままで戦地を望むわけがないって、私たちはずっと思ってたんだ」
「では、どうして?」
「徴兵組の私や集落の他のみんなが前線に投入される前に、戦争を終わらせたかったんだと思う。イベリスは最年長で、そういうヤツだったから」
「そうか。だとすれば立派な信念だね。惜しいエルフだった」
本当に残念だ。俺としても、イベリスとは話が合いそうだとは思っていたし。
結局、あのときは殺し合うしか道はなかったわけだが。
……さて、
「イベリスのことは非常に残念だったが、今はそれは置いておいて、だ」
「私の友達の死を『置いておいて』って。君、けっこう図太い性格してるね?」
「気を悪くしたら申し訳ないが、しかしだアネモネ。われわれが置かれているこの状況というのは、私たち魔国側にとっても、そして君自身にとっても危ういものなんだ。できるなら早急に協力し合いたい」
「危うい? 協力? 話が見えないな」
「まず私たちにとっての問題は私と君の持つ聖杖だ。これがあると君が勘違いしたように、他のエルフからも接触されてしまう危険がある」
「まあ、仲間がいると思って様子を見に来るのは確実だね?」
「次に君にとっての危険についてだ。仲間がいると思って様子を見に来たエルフは、その多くが次々に " 死ぬ " ことになる」
「っ?」
目を見開くアネモネへと説明するにあたり、俺は言葉を選ぼうとして……
いや、無理だな。
「率直に言うと、今、イベリスを斃した兵士を周辺の警戒へとやっているんだ」
事実を伝えた方が早い。
配慮に欠けているのは承知の上だが、その方が危険度は伝わるだろうし。
俺は頭上の木を見上げつつ、
「彼は潜むことに長けていてね。われわれのことをエルフだと勘違いし油断して近づいてきたエルフの首を搔っ切るなんてことは朝飯前だろう」
「……」
「そこで聞きたいのだが……アネモネ、今こうして君がわれわれに身柄を確保されたことで、君を探しに来るような " 友達 " が他にいたりはしないかね?」
「……ああ、チクショウなるほど。そういうことか」
アネモネは苦々しそうに顔をしかめた。
「仲間の命が惜しければ言うことを聞け……そういうことだね?」
「いかにも」
理解が早くて助かる。
せっかくおもしろいギミックがあることが明らかになったこの聖杖を手放す気が起きない今、申し訳ないが手段を選ぶつもりはない。
生きて、さらにはこの場で得られる最大の成果を持って帰るために、利用できるものは利用させてもらう。
「君に協力してもらい、私たちへと近づいてくるエルフを察知する。そうすればこちらで先手が打てるのでね、捕虜にさせてもらう」
エルフに見つかって後手に回るのがマズいのならば、この状況を利用して先に捕まえてしまえばいいのだ。
エルフに見つかる心配が減り、なおかつさらに多くのエルフが手に入る。
これを一石二鳥と呼ばずしてなんと呼べるのか!
「捕虜って……魔国へ連れていかれるということかい?」
「ああ、さすがに解放はできないから、戦争が終わるまではそうなるな。捕虜待遇についてだが、全員の身の安全と自由な研究を保障しよう。これでも私は魔国でそれなりに融通の利く立場になっているのでね」
「それを信じる信じないはさておき、他に選択肢はなさそうだね」
アネモネは少し考えたのち、肩をすくめた。
「わかった、いいよ。協力する。ただし友達のエルフを確保するときはできる限り傷つけない方法でお願いしたい」
「ありがとう。可能な限りで配慮しよう」
「あと、情報共有と忠告をしておくよ」
「なんだね?」
「まず情報共有。私の同郷の友達は二人いる。彼女たちへは私からも投降を呼びかけよう。たぶん、応じてくれるはず……たぶんね」
「それはありがたいね。それで、忠告の方は?」
「その二人の友達以外のエルフの何人かは世界樹の集落の出の者のはずだ。彼らを捕虜にするのは諦めて、最初から首を搔っ切った方がいいよ。きっとどんな交渉も無駄だから」
アネモネは冷酷にさえ思える口調で続けた。
「東の賢者マロウのことは知っているよね。彼の集落の者たちは、みんな恐怖で支配されているから……死にもの狂いで戦闘を仕掛けてくるはずだよ」
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次のエピソードは「第82話 とてもうれしい」です。
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