第76話 新たな魔国幹部
「──" ウルクロウ様救援作戦 " へと、軍医二名ほどに同行していただきたいのです」
その命令は、突然に別の師団からやってきた男──栗の毛並みのケンタウロス種である魔国軍旅団長から下されたものだった。
それを聞いた俺は、目下両足を失ってしまっているリザードマンの魔力診察を継続しつつ、考えを巡らせる。
ウルクロウ様救出作戦……?
「ウルクロウ……その名は確か、」
「はい。アラヤ様と同じく魔国幹部であらせられます魔狼種のお方のものです」
ケンタウロスの旅団長は神妙に俺と治療中の負傷兵を交互に見て、心配そうな表情をしていた。まあ負傷兵のことなら問題ない。
「失礼、もう終わりますので」
診察は終えた。種族ごとではなく、個体ごとに存在する身体的特徴の把握を完全に済ませたことで、ダークヒールの速度は爆発的に上がる。
一気に魔力を流し込むことで、
「──おひょっ!?」
リザードマンの負傷兵から、おかしな声とともに勢いよく新しい両足が生えた。
「よし、これで問題ない。行きたまえ」
「あっ、あっ、あぁっ!? 俺の両足が生えてるっ!?」
「うむ。頭さえ残って生存さえしていればまた全部治してやれる。さあ、戦線へと戻りたまえ」
「あっ、あざまぁぁぁすっ!!!」
「うむ……それで?」
話の続きを聞こうと旅団長へと振り返ると、ポカンとした表情でリザードマンの背中を見送っていた。
「旅団長?」
「……っと、失礼いたしましたっ。ウワサには聞いていたのですが、まさかあそこまで強力なダークヒールだとは思わず。話を戻しましょう」
コホンと咳ばらいをし、旅団長はその表情を引き締めた。
「ことの発端は十時間前、ここより北にある第二師団の戦線を押し上げる作戦が失敗したことにあります」
「失敗ですか」
「詳しくご説明いたします」
旅団長は東西に魔国と西方エルフ国家が大きく描かれた地図を取り出すと、その真ん中、いま俺たちのいる係争地ウェストウッドへと大きな赤丸を描き、そこから一本の太い矢印を西方エルフ国家側へと食い込ませるように伸ばした。
「この矢印が戦線の押し上げを意味しているのですね?」
「ご推察の通りです。そしてこの矢印の先頭へと立ち、最前線で猛威を振るってらしたのがウルクロウ様でした」
魔国幹部というのは魔国において魔王に準じる立場にいる魔族だ。そう聞くと魔国軍において重要な上官的な立ち位置に思え、もっと安全である後方にいるのが普通なのではと感じるが、しかし魔国においてはそうではない。
魔国幹部とはそれぞれが何かしらに特化した一騎当千の魔族。エルデン奪還戦でアギトが自ら最前線で勇者部隊と戦っていたように、彼らに求められるのは戦況を変えるための一つの超兵器としての役割なのだ。
「ウルクロウ様がエルフたちの相手を引き受けてくださる間、後方部隊で陣地構築をするはずだったのですが……」
旅団長は地図の矢印、その後方の傍線へと×印をつける。
「ウルクロウ様が通り過ぎたこの部分、左右からエルフたちの挟撃がおこなわれました。われわれはエルフたちの戦略にはまり、あえて前進させられてしまっていたのです。結果として新しく構築中だった陣地・後方部隊は共に壊滅、そしてウルクロウ様が最前線で孤立することになってしまったという現状です」
「なるほど。救出部隊は?」
「すぐに派遣したのですが、途中でエルフの強い妨害に遭っています。向こうもウルクロウ様を倒すことの重要性を理解しているのでしょう」
「とすると、現時点でのウルクロウ殿の安否はわからない状況ですか」
「確認できてはいませんが、生存していないことはないでしょう」
旅団長はおかしな言い回しをした。
俺が首を傾げていると、
「あの " 女傑 " と呼ばれるウルクロウ様は、たとえエルフが十体かかっても殺されることはありません。なにせ彼女は、この魔国で " 最も生命力あふれる " 魔族。純粋なフィジカルであればあのアギト様をも越えます」
旅団長はそう捕捉した。
ウルクロウは魔狼種だ。それは魔獣種族の中の一分類であり、端的に特徴を現すのであれば全身が灰色の毛に覆われた二足歩行の狼人間である。
確かに魔獣種は通常の魔族に比べても体が頑丈ではあるが、しかし無敵というわけでもなければ、聖術もてきめんに効いてしまう。
それでもなおこのように生きていると信じられ、さらにはあのアギトと並べて語られるあたり、実際に相当な実力者なのだろう。
「ですが、補給も回復もなければいずれ窮地に立たされるだろうことは事実。早急にウルクロウ様を支えるための救援体制を整えなければなりません」
「なるほど。救出ではなく救援……ウルクロウ殿の力を十全に出せる環境さえ整えてやることができれば、後は彼女の力で帰還が可能というわけですな? それで、そのサポートができるダークヒーラーも所望していると」
「ご理解が早く助かります」
救出のために兵士の数をそろえるのではなく、ウルクロウへのサポートが手厚くなることを考えるべきというわけだ。軍医を複数名必要とする部隊をするのはそのためか。
……魔狼種の雌か。だいぶ珍しい種だ。まだ診たことがないな。
「よし、では私が行きましょう」
「えっ? いやいやいやっ、それはいけませんっ!」
旅団長に即答されてしまう。
なぜだ?
「アラヤ様は魔国幹部ですよっ? 最悪の事態……救援失敗の折に魔国幹部を二名も失うようなリスクは冒せませんっ!」
「えぇ、そんな……」
なんたることだろうか。
この身分がダークヒーラーとしての活動を妨げることがあろうとはっ!
「あっ、あのっ! 私に行かせてもらえないでしょうかっ?」
バッと手を挙げたのはどうやら負傷兵の治療にいそしみながらも話を聞いていたらしい候補生の一魔、ハーピー種のスワン・ヴァイステールだった。
「私、魔犬種の方の治療をしたことがありますっ! なので、魔狼種のウルクロウ様が相手であればその経験から応用が利くのではないかと考えますっ!」
「おおっ、それは素晴らしいっ!」
旅団長が目を輝かせてスワンを見て、それから俺へと向き直る。
「アラヤ様の配下を引き抜く形となって申し訳ございませんが、何分緊急事態でして。あのハーピー種の彼女をお貸しいただいてもよろしいでしょうか?」
「ふむ……」
俺はスワンを見る。
力強いうなずきが返ってくる。やる気は充分らしい。
それに、適性も問題ないとあれば。
……仕方ないか。
「ええ……わかりました。軍医としてスワン君をお貸ししましょう」
「本当ですかっ、大変助かりますっ! 誠にありがとうございますっ! あともう一名ほどお貸しいただきたいのですが……」
「ええ。もう一名の軍医は私ですね」
「ええ、はいっ…………はいっ?」
「スワン君の指導教官を兼任する形でついて行きます」
「はいぃっ!?」
旅団長のその反応の中に『何言ってんだコイツは?』という意味合いが含まれている気がしないでもないが、でも気にしない。
「私はスワン君の育成を任された " 魔国幹部 " として、その成長過程を見守る使命がありますので」
俺は魔国幹部として授かった裁量権をフルで利用することにする。
でもこれはきっと権力の私的濫用には含まれないだろう。
うん、きっとそうに違いない。
だって魔王ルマクが直々に俺に任せた仕事なのだし。
経過観察は重要だろう?
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次のエピソードは「第77話 【Side:エルフ】東の賢者」です。
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