第75話 目指せ、ダークヒーラー協会設立
「置いてみるものだな、戦場に」
陣地拡張によって新たに必要となった医療キャンプを立ち上げて二週間が経過した。
万能型ダークヒーラーの育成訓練が始まってちょうど一ヵ月である。
相も変わらず負傷兵が飛び込み続けてくる毎日が続き……そして、今日まで残った九名の候補生たちの成長は著しかった。
……予想外に伸びたな?
今も目の前で治療をおこなっている候補生たちを見て、そう思う。
かたわらに俺の配った黒癒の書を置いてはいるもののその使用回数は目に見えて減っていた。自前のダークヒール技術が向上しているのだ。
そこで一つ疑問が生じる。
……王国においては聖書が聖職者自前の技術を腐らせてしまう要因となっていたが、魔国でそれは起こらないのか?
文化の違いかもしれない。
魔国において、魔導書はあくまで参考書であり便利ツールとしての扱いは受けていない。その習慣があったからこそ、黒癒の書にも頼り切らない姿勢ができた……そう考えるのが自然だろうか。
まあ何にせよ、自分の頭と体を使って成長していけるというのは素晴らしいことだ。
「予想外の成果ではある。だが、予想に収まらないことが起きるからこそ実践は楽しいものだよ、本当に」
「……あの、ドクター?」
「ん?」
気付けば目の前に翼を生やした白衣姿の候補生……ハーピー種の少女スワン・ヴァイステールが立っていた。
「どうしたのかね?」
「いえ、そろそろ勤務交代の時間でして、お声がけを」
「む、もうそんな時間かね」
置時計を見ると、確かにそろそろ仮眠テントから他のゴリアテたち候補生がやってくる時間だ。俺やスワンなどは引き上げて休息を取る必要がある。
「ところでスワン君、魔力欠乏は最近どうだね?」
「……! いいえ、おかげさまでもう全くございませんっ!」
ハキハキと強い語気でスワンは返してくる。
フム……『おかげさまで』ときたか。
それが皮肉なのだとしたら、もしかして少し怒っているのかもしれない。
……黒癒の書を使わせることで毎日魔力を限界まで使用させ、苦痛を伴う形で無理やり魔力保有量を広げさせる試みだったんだが、気づかれてしまっていたかな。
俺も幼い頃から孤児院のあった田舎の森でモンスターを捕まえてはダークヒールなどの魔力操作を自身の限界まで使っては魔力欠乏に陥っていたからわかる。あれはけっこう辛い。
ただしその恩恵は多少あって、魔力を限界まで使えば使うほど魔力保有量というものは増えていくものなのだ。
……だから本来のこの実践訓練の狙いは、二ヶ月間休むことなく魔力保有量の拡張にいそしんでもらい黒癒の書を普段使いするにあたって魔力欠乏を起こさずに済むようになることだったんだが……
「まあ、ヨシとしよう」
「はい?」
スワンが首を傾げているが気にしない。こういった真っ当な形でダークヒーラーとして成長してくれるというのは、それはそれでありがたいことだ。
より多くの " 優秀な " ダークヒーラーが必要になる瞬間は、きっともうすぐそこまで来ているのだから。
* * *
仮眠テントの隅で、俺は羽ペンを手に取った。
「キウイ様、お休みになられた方がよいのでは?」
俺の身辺を常に警護してくれているシェスが、心配そうに俺の隣へと正座してくる。
「最近ほとんど眠っておられないではありませんか。体を壊してしまいますよ」
「む、そうだったかな」
「研究に没頭されているのはわかりますが……」
シェスはチラリと、俺の手元にある文字のビッシリと書きこまれた羊皮紙を見て、
「それは、例のエルフの……」
「うん。彼女の最期の言葉でな。『杖を持っていけ。そこに私の全てが在る』と。なら、受け継ぐしかあるまいよ。そこに詰められていた彼女の英知を」
「……なぜ彼女は敵に自らの研究を託したのでしょう」
「知識の探求には敵も味方もないのさ。そして、決して途絶えさせてはならないものだ」
痛いほどに理解できる。
何百年と積み重ねできあがった英知の結晶がまったくの無に帰されるその恐怖を。
それはきっと死より忌避すべきものだ。
「そういうものですか……私にはわかりかねますが」
「そういうものなのだよ。私もつい考えてしまった。今死んでしまえば、この身に宿した知識や技術は全て失われてしまうのだよな、と」
「ご安心を。そんなことは私がさせません。この命に代えてもキウイ様をお守りいたしますので」
「それは頼もしい」
とはいえ、万が一のことはある。だからやはり、俺も俺で何か残しておくべきなのだろう。
黒癒の書というのはそういった意味でも役立つかもしれない。だが、それだけでは足りない。
……あのエルフが俺に託したように、英知は誰かの記憶にこそ残すべきものなのだ。
「ダークヒーラー協会を設立しようと思う」
「協会……ですか?」
「そう。ダークヒールにまつわる全ての英知が集まる機関だ。言わば、不特定多数で勉強会ができる場所かな。王国にもそういった機関があってね……幼い頃は私もよく利用していたよ」
王国ヒーラー協会での研究発表は自分でするのも他者のを聞くのもとてもいい刺激になり、自らの成長の糧となったのを覚えている。過去文献を漁るのも、昔の優れた人々の英知にこの手で直接触れている実感があり心が震えたものだ。
「しかし、この魔国においてはそれに類するものはない。仕方ないのだ。なにせ種族ごとに専門のダークヒーラーしかおらず、別種族のダークヒールの知識を持ち寄る意味がなかったのだから」
「なるほど。ですがキウイ様の万能型ダークヒールがある今なら……!」
「その通り。万能型ダークヒーラーの育成という実績を知らしめることができれば、その知識を求めて多くの優秀なダークヒーラーたちが集まってくれるだろう」
そうすれば協会の英知の一端として俺の知識を残すことができるほか、俺のまだ知らない種族に対してのダークヒールの知識も集まるだろう。一石二鳥とはまさにこのことだ。
「ククク……楽しみじゃあないか。さらなる未知の知識が、もう目の前に……」
「確かに、そんなチャンスを逃すキウイ様ではありませんね」
「……」
「キウイ様?」
「……zzz」
「やりたいことをやりたいだけやって眠るとは……」
ミルフォビア様の苦労が知れます、と。
シェスは眠りこけたキウイの体を担いで寝袋まで運んでいった。
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次のエピソードは「第76話 新たな魔国幹部」です。
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