第65話 候補生たち
魔国幹部となって一週間。
無事、魔国版聖書魔導書──黒癒の書の試作本は完成した。
物語部分は天狗種のイナサが、そしてギミック部分については魔女の魔導研究結社に所属する魔女たちが、それぞれノリノリで作ってくれたのだと聞いている。
……やはり、創作意欲や研究意欲にあふれている者のフットワークは軽くて助かるな。だが……
「なぜ私の話なのだろうね?」
黒癒の書を読み終わっての第一の感想はそれだった。
読了時間は約十五分ほど。
その短編にまとめられた内容は、あのエルデン奪還作戦において俺が収容所を解放したところから勇者を退けたというところまで。
それが、本当に聖書チックに……
具体的に言うならば神話のようにまとめられていた。
「ですが……おおむね事実であるようには見受けられますが」
そこは魔王城の一室、俺へとあてがわれた魔国幹部用の専用執務室だった。
俺の隣には、正式に俺の部下となってくれた使い魔のミルフォビアが、黒癒の書に目を通しつつ、フフッと含み笑いをしていた。
「私はこの第三十八節が好きですね──『この聖女を生かしてなるものかと、イナサは拳を振り上げた。しかし救世主はおっしゃった。『暴力をもって何を為すか』だが怒りのイナサは耳を傾けぬ。『お退きになってください』イナサは救世主を押しのけた。すると救世主は受け身も取らず後ろへと転がってしまった。自分勝手な暴力が自らの救世主をも痛めてしまったのだ。それを知ったイナサは猛省した』」
ミルフォビアはその一節を読み上げると、抑えきれない笑みを隠すように口元を覆い、肩を震わせた。
「良い話ではあるのですが、想像できてしまいます……現地の様子が……。アラヤ様はお体が弱いからきっと後ろにコロンッてきれいに転がって……プフッ……!」
「まあ確かに事実ではあるが……こんなこと言ったかな?」
ところどころ、教訓のようなものを交えるために俺の行動や言葉を美化しているような気がする。
なにせその章のタイトルからして " 白衣の救世主 " なのだ。
「というか、私はこれからこの自伝まがいのものを、部下となるかもしれない候補生たちに配ることになるのかね? それってかなり頭のおかしいヤツなのではないか……?」
「それは今さらですよ、アラヤ様」
ミルフォビアはため息混じりに言った。
「アラヤ総合医院でのご活躍とともに、アラヤ様の奇行は知れ渡っていますから」
「奇行? いったい何のことだ?」
「飛龍の胃袋に入ったり、デュラハンの首を繋げてしまったり、待合室に飾ってある霊槽内でナイトメアを飼っていたり……」
「おかしいかね?」
「少なくとも一般的な魔族の視点では」
そうだったのか。
なんだかんだこれまでの医療行為は結局のところ感謝されていたし、ナイトメアに関してもちゃんと飼育できているし、何も問題はないと思っていたんだがな。
「まあ、今さら書き直してもらうのもな。時間もないし、それに物語はなんでもいいからと任せたのは私自身だ。責任も私にある。今はもうこれでいくしかないか」
「みなさん別に気にはしないとは思いますよ。今回エイセイ様が集めてくださった候補生たちはほとんどがみな、アラヤ様のエルデンでのご活躍を聞いて立候補した者たちであるとのことです。むしろエルデンでの出来事を知ることができて喜ぶのではないでしょうか」
「そんなものかね」
「そんなものかと」
ならヨシとするか。
……とはいえ、これだけは今後書き直してもらわなければという点もある。
それは第四十九節のこの一文。
『救世主はその身の前に目もくらむような偉大な闇の柱を立て、勇敢なる屍者の復活を為した』
つまり、死者蘇生の文言。
こればかりは広く知られるのは避けたい。
なにせ、エルデンにおける聖女の反応を見るに、旧医院に残してきた俺の落書きレベルの論文でさえ、王国教会に与える影響は相当のものだったようだ。
それが、このような実話がベースとなった物語として魔国に広まってしまったらどうなるか。死者を復活させることができると知った魔族たちが、いったいどのような行動に出るか。
──俺の身柄を狙う者が現れる可能性。
「……まあ、考えすぎだとは思うが、念には念をだ」
「アラヤ様? どうなさいました?」
「いや、なんでもない。それより、そろそろ時間だったな?」
「はい、そうですね。そろそろ──」
ミルフォビアが壁にかけられている時計を見て、応じた。
それと同時に執務室の戸が外からたたかれる。
聞こえたのは、魔国軍軍医総監エイセイの声だった。
「アラヤ様、ダークヒーラー候補生の計二十一名をお連れしましたでッチュウ!」
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次のエピソードは「第66話 【Side:候補生】Dr.アラヤの第一印象は」です。
それでは、明日もよろしくお願いします!




