第64話 【Side:王国】聖女アルテミスが…
目を覚ました勇者アレスの視界に飛び込んできたのは、白。
清潔に保たれた純白の天井だった。
「……いったい、なにがどうなっている?」
まさか、自分が生きているなんて思わなかった。
上体を起こすと、即座に側に控えていたのだろうナース服の女が病室を飛び出していった。女は人間だった。
……俺は、病院にいるのか?
それから慌しく病室に入ってきた何人ものヒーラーやナースたちがアレスへと向かって、『ご自分が誰だかわかりますか?』『どこか痛むところは?』『視界がボヤけるようなことはありませんか?』などとわずらわしいまでに聞いてくる。
「俺は俺だ! 王国勇者アレス・イフリート、それ以外の誰に見えるっ!」
群がるヒーラーたちへと一喝すると、アレスはベッドから立ち上がる。それを止めようとしてくる者たちを振り払い、辺りを見渡して自分の武器──聖剣を探し始めた。
生きているならば、やるべきことがある。
「救わなければならない仲間がいる! どこだっ!!! 俺の剣は、いったいどこにあるっ!!!」
「──あまり無茶をなさらないでください、勇者様」
アレスの言葉をさえぎるように、低く、感情を感じさせない声が喧騒を縫うようして耳に届いた。病室の入り口の方からだ。それは、聞き覚えのある声。
「おまえ……確か、シュワイゼン!」
「はっ。王国軍情報部のシュワイゼン中佐であります」
敬礼をするその中年に差し掛かった男は、確か自分とともにあの戦地──エルデンにいたはずの軍人だ。肩から腕を吊っていて、顔にも痛々しい赤い傷跡が見える。
「シュワイゼン! 何からなにまで説明しろっ! いったい俺の身に何が起きたっ!? 俺は……聖鎧に込められていた自爆術式を使ったはずだ。なぜ今、俺は生きているっ!?」
「もちろん、全てご説明する準備はできております。なので、まずはどうか落ち着いて」
焦るアレスと対照的に、シュワイゼンの対応はこれ以上ないくらいに落ち着き払っていた。まるでもう、何も急ぐ必要などないとでも言わんばかりに。
アレスは一つ息を深く吸ってから、問う。
「俺はいったいどれだけの間寝ていた?」
「三日です」
シュワイゼンは静かに口を開いた。
「エルデンの戦闘は終わりました。ここは王都の中央病院なのです。順を追ってお話しますので、まずはどうかベッドへとお戻りください」
──それから、人払いをおこなった病室でアレスが聞いたのは、アレスが意識を失った後のこと。
どうやらアレスはシュワイゼンを始めとする " 決死隊 " の活躍で、魔国軍に捕虜にされそうなところを救われたらしい。ただし、生きてアレスを連れ帰ってこられたのはシュワイゼンのみとのことだ。
「自爆が " 不発 " に終わった理由は私には分かりかねますが……アレス様のお話を聞く限り、聖鎧は魔国幹部に大きな損傷を負わされていたのでしょう? それが自爆術式に影響を及ぼしたのではないでしょうか?」
「……それはもうよい。それよりもシュワイゼンよ」
「はっ。なんでしょう?」
「俺の仲間たちはどうなった」
その問いに、シュワイゼンは神妙そうにメガネの位置を直す。
なんと言ったらいいのかわからない、そんな様子にも見える。
「先ほどおまえはこう言ったな、生きて俺を連れて帰ってこれたのは自分だけだと。それはつまり、俺の仲間たちは……アルテミスは……」
「……アレス様。聖女アルテミス様はいま、魔国の " 捕虜 " となっていると考えられます」
「──え」
目を見開き息を飲むアレスへと、シュワイゼンは言葉を続けた。
「私は、アレス様を連れて行こうとする魔族たちを軍用車で弾き飛ばし、その身柄を奪還したのですが……その際、別の一団に連れられるアルテミス様を見ました」
「生きて……いるのか……!?」
確かに、アレスはアルテミスの生死を直接確認したわけではなかった。
あのキウイ・アラヤとかいうダークヒーラーがアルテミスへと何かした様子であり、気を失っている様子ではあったが、それ以降のことはわからない。
「……」
シュワイゼンは一呼吸を置くと、
「──はい」
確かに、そう言って首を縦にする。
「アルテミス様は私どもに向かって手を伸ばし、こう言っておられました。『私のことは気にせず、どうかアレスを連れて早く逃げて』と」
「……! それで、おまえはアルテミスを見捨てたのかっ!?」
アレスは怒った。
血の昇ったその顔は朱を通り越して赤黒い。
ベッドの上から身を乗り出して、アレスはシュワイゼンの胸倉をつかみ捻じり上げていた。
シュワイゼンがうめくが、そんなことに構ってられもしない。
「なぜっ、なぜその時に助けに向かわなかったのだっ!!!」
「……申し訳ございません」
「これがっ、謝って済む問題かっ!? アイツは聖女だぞっ、どうしてアルテミスのために戦わなかったのだっ!」
「本当に申し訳ございません……戦いたくは思っていたのですが……」
「ならっ! どうしてっ!!!」
「……」
シュワイゼンはウッとしたような表情で、吊り下げている腕を押さえていた。
ハッとして、アレスはわれに返る。
自身がつかみかかっているその軍人は、どこからどう見ても満身創痍のいでたちだ。
「すまない。カッとなった……おまえは、いやおまえたち決死隊は俺のために命を賭して戦っていてくれたのだったな……」
「……はい、いいえ。私の方こそ、力不足で大変申し訳ございません」
「そんなことはない。感謝している。シュワイゼン、おまえは俺の命の恩人なのだ。もしもおまえに救われずに魔国捕虜になっていれば、今頃いったいどんな目に……」
アレスはそこで言葉を止める。
膝の上、力いっぱいに握る拳が震えた。
今まさに、その立場にいるのがアルテミスなのだと知って。
「王国軍は、現在アルテミス様の奪還に向けて軍事作戦の準備を進めているところです」
「ッ! それには無論、俺も参加できるのだよな!?」
「もちろんです。ただ、そのためにもまず、アレス様に今後率いていただく新生勇者部隊にはある特別作戦をお任せしたいと考えております」
「なんだっ?」
「この王国が生んでしまったバケモノ……異端のダークヒーラー、キウイ・アラヤの抹殺作戦です」
* * *
王国軍情報部中佐、ヤコフ・シュワイゼンは勇者の病室を後にした。
とたん、
「ククク……名演技だな、シュワイゼン」
「ッ!?」
後ろから聞こえた声に、シュワイゼンは弾かれたように振り返った。
その場所、壁に寄りかかるようにして立っていたのは、白いミニスカートのナース服に身を包む子供のような外見の女。しかし、人間ではない。そのキャップの下から突き出る耳は鋭く尖っていた。
「メリッサ様……!? いったい、なぜここに……!?」
「王国は紛れやすい。オレにとってこの国の聖術結界は無に等しいからな。それに、怖い怖い大魔王様の目もないから気楽なものだ」
西方エルフ国家を代表する神術の使い手たる三賢者が一人──西の賢者メリッサ。
その女エルフがシュワイゼンを眺め見ながら、
「それにしても、」
その口元をニヤニヤと歪めて笑う。
「ツラの皮が厚いとはこのことだなぁ、シュワイゼン。私は笑いをこらえるので精いっぱいだったぞ? まさか死体が『アレスを連れて早く逃げて』なんて喋るとは……そんなの聞いてしまったら、勇者アレスは助けに行かざるを得ないよなぁ?」
「……私とて、こんなウソを……吐きたくて吐いているわけじゃ……!」
シュワイゼンは吊り下げた方の腕、その手の甲をひっかくようにしてなぞる。その手の甲に刻まれたメリッサとの契約の証──聖印を。
「まあ、やり方にケチをつけはしないさ。キウイ・アラヤに再びあの " 神話級ダークヒール " を使わせるという目的が叶えばそれでいい。やりたいようにやれ。力は貸してやる」
「……ありがとうございます」
シュワイゼンが軽く頭を下げ、そして顔を上げたときには、すでにメリッサのその姿はなかった。
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次のエピソードは「第65話 候補生たち」です。
それでは、明日もよろしくお願いします!




