第62話 【Side:執務室】結婚とか
その落ち着いた青色を基調とする部屋、エメラルダの執務室の中では二人の女がソファ席で向かい合って座っていた。
一方は長い青髪に背中に生えた六枚の翼が特徴的なエメラルダ。そしてもう一方は大きな胸が邪魔で永遠に前が閉じられることのないスーツジャケットを羽織った赤髪サキュバスのミルフォビアだ。
「それにしても二ヶ月で一人前のダークヒーラーをだなんて、キウイも大きく出たわね」
「そうですね。今までの常識から考えればありえないことです。でも……」
「でも?」
「ああ、いえ。アラヤ様なら本当にやってしまいそうだなと思えてしまって」
ミルフォビアは呆れたような息を吐きつつも、しかしその表情には確信にも、あるいは信頼にも似た色が混じっている。それに気が付いたエメラルダはニヤッと薄く笑った。
「さすが、よくキウイのことをわかっているようね」
それもそのはずで、そもそもそうなるよう仕向けたのがエメラルダだ。
ミルフォビアであればどんな堅物も変人もたやすく心身を明け渡してしまう……エメラルダが彼女を直属の部下にしたのは、その天性の男たらしの才能を買ってのこと。
キウイとも体で深く通じ合い、その心を虜にしていることに疑いの余地はない。
「まあもう早いもので、アラヤ様の使い魔を務めて二ヶ月が経とうとしていますからね」
「そうね。ところでミルフォビア、あなたをこの場に残した理由についてだけど」
「はい、なんでしょう?」
「人事の件で相談があるの」
ミルフォビアの表情が引き締まった。
エメラルダは立ち上がって執務席へと行くと、そこから資料を取り出してミルフォビアの前へと置いた。
「昇格よ、ミルフォビア。よくキウイ・アラヤの使い魔を果たしてくれたわね。あなたの活躍で物事は非常に円滑に進んだと思っているの。だから、私の部内の補佐長に任命したいと思っているわ」
「……! 本当ですかっ、ありがとうございますっ」
「補佐長になったあかつきには、私の仕事のいくつかを手伝ってもらうわ。あなたにも部下を数名つけることになる」
「えっ……あの、ということは……」
ミルフォビアのその表情から次第に笑みが消えていく。
「私の、アラヤ様の使い魔をするという仕事についてはいったいどうなるのでしょう……?」
「昇格をするならば、使い魔としての業務はなくなるわ」
「っ!」
「……そして他にもう一枚、あなたには渡すものがあるわ」
スッと。差し出された書類に記載されていたのは、 " 転属希望書 " だ。
「エメラルダ様、これって……!」
「キウイ・アラヤが新たな魔国幹部となったのは聞いての通りよ。だから、あなたには彼の配下へと転属を希望することができるわ」
「で、ですが……」
おずおずと申し訳なさそうな瞳をするミルフォビアに、エメラルダは悟る。
どうやら虜になっているのはキウイの方だけではないようだ、と。
「構わないわ。自分の心に正直になりなさい、ミルフォビア。あなた今は、キウイの側で働きたいと思っているのでしょう?」
……それがきっと、愛というヤツなのだろう。
エメラルダは正直その手の感情には疎い自覚があった。
無論、多くの者から言い寄られてしまう性質もあるため、他者が自分に向けている好意というヤツには敏感ではある。しかしそれでも自分の内面からそういった想いが湧き出す感覚はいまひとつ心当たりがない。
「そう、ですね……」
ミルフォビアは深く深く考えていた。
ジッと机の上の転属希望書に目線を落としつつ、目をつむり、また開きを繰り返し。そうして顔を上げたかと思うと、
「そう──なんでしょうかね……?」
最終的には首を傾げてしまう。
エメラルダは思わず目を見開いた。
「えっ? 違うの?」
「アラヤ様の元で働きたいから迷っているのかと言われると……それはなんというか……んん?」
「ええっ?」
「なんというか、違うんですよ。動機が。普通の仕事とはぜんぜん」
「どういうこと?」
「アラヤ様は……目が離せないんです」
ミルフォビアは肩をすくめ、困ったように笑って言った。
「あの人は放っておくと、いつも興味の赴くままにフラフラと歩いて行ってしまうんです。そこが危険かどうかなんていっつも二の次で。魔族とは違ってぜんぜん頑丈な体をしていないのに」
「はぁ」
「それに研究に熱中しているとご飯も食べ忘れるし、ご飯も任せきりにしてしまえばいつも同じものしか食べないから、バランスを考えて作ってあげないといけないですし」
「もうそれお母さんじゃない?」
「あと、聞いてくださいエメラルダ様っ! アラヤ様ったら、私が『シェスさんのお洋服どうしますか』って聞いたら、『シェスが白衣でいいと言うから白衣でいいんじゃないか』って! デリカシーのかけらもないんですっ! シェスさんがかわいそうで!」
「やっぱり夫婦かしらね。会話が子どもの話題を出してる夫婦そのものだわ」
「そんなわけで私は『あり得ないです!』ってシェスさんとお洋服を買いに行ったんですがね、彼女ショップに行くのが初めてだったみたいで……たくさん置いてある服を前にして目をキラキラさせていましたよ。幼い頃の自分を見てるみたいで、なんだか微笑ましかったです」
「娘に過去の自分を重ねるお母さんかしら?」
「まあその、ともかく、なんといいますか……」
ミルフォビアはフゥと一つ、決意するように息を吐くと、
「エメラルダ様、自分で言うのもなんですが、アラヤ様たちには私がいた方がいいと思うのです。ですので、」
深く丁寧に頭を下げる。
「魔国幹部キウイ・アラヤ様の配下へと、私を転属させてください。よろしくお願いいたします」
「……ええ。わかったわ。今までご苦労様。新天地でもがんばってね」
愛や恋の感覚それ自体には疎いエメラルダだったが、しかしなんとなくだが、ミルフォビアの言わんとしていることはわかった。彼女はきっと、恋愛がどうこうなどという理由とはまた別に、彼女が必要とされる場所を見つけられたのだ。
ミルフォビアという優秀なサキュバスを送り出すのは痛手だが、それならば仕方あるまい。
「しかし、どうしたものかしら……」
「エメラルダ様? 他に何かご心配事が?」
「いえね、キウイも魔国幹部として正式に私たちの同僚になったことだから、彼にふさわしい相手をお世話しなければ、とね」
「……! そ、それってまさか……」
「ええ。もちろん " 結婚相手 " よ」
──魔国オゥグロン。それはお見合い結婚率が七割越えの国。そして子どもをガンガン作っていくのが素晴らしいことで、番いで増える種ならば結婚は誰しもがして当然というのが常識だ。
ミルフォビアがキウイへと恋愛感情を向けてくれていれば話は早かった。そこの二人をくっつけてしまえばいいだけだ。でも、そうでないのなら無理にさせることもできない。
「でっ、ですがアラヤ様は人間ですよっ!? 私たち魔族と結婚だなんて……」
「あら。この魔国統一からの百年で異種族間結婚のケースはとても増えているわ? それにキウイは魔国幹部。引く手はそれなりにあると思うけれど」
「そ、それはそうですが……」
「キウイはどうせ時間があれば研究研究の連続で、きっと相手なんか自分で見つけてこないでしょう? ふさわしそうな相手をコチラで探しておいてあげないと。ミルフォビアも誰か見つけたら気軽に教えてちょうだいね」
「は、はい……」
ミルフォビアは少しためらいがちにうなずいた。
こうしてキウイ・アラヤの知らぬ場で、キウイ・アラヤの妻探しの幕が上がる──。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第63話 黒癒の書」です。
明日もよろしくお願いします!




